#4 熱を孕む文明の赤(メタについて)
「……彼女は誰だ? あなたの娘か?」
見慣れた金の髪に聞き慣れた声。数ヶ月に渡る入院生活から戻ってきたメタは、モルフォを見るなりそう言った。
「えっ、ああ、まぁ……」
アズールは調子を合わせて曖昧に肯定する。クローンの親子関係に通常『作成者』の名前は入らない。複製元本人もしくは育成者、場合によっては後見人や法律上の管理者が事実上の親に当たるが、そのあたりを明確にすると殺されるので黙っておく。煮え切らない態度にメタはなんらかの事情を感じ取ったようで、様子をうかがうようにモルフォを一瞥し、それから、声を潜めてアズールへ尋ねた。
「あなたによく似ているな。それで……母親はどこに?」
「それが、その、言いにくい話なんだけど……いなくてね」
嘘は言っていない。顔を寄せたままのメタはわかりやすく眉をひそめた。色素の薄い硬質な顔が歪み、赤い眼はアズールを咎めるように細められる。刺すような視線にアズールはどきっとする。
「……仕方のない人だ。あなたはよくよく人間を造るのが好きだな……いや、なんでもない。彼女に兄弟姉妹は?」
怪訝な顔のままメタは聞いた。一切の酌量なしに怒られるものだと思っていたアズールは少し驚き、首を振った。
「い、いない。間違いなく一人もいない。保証しよう。誰かが彼女の親戚だと言い出してもそれは嘘だ」
「わかった……それ以上は聞かないからな」
メタが嫌悪の滲んだ表情を崩さず、呆れたように言うので、アズールはドキドキしながら手を組み合わせた。
「……た、助かるよ、メタ」
「それで、ここで育てようっていうのか?」
腕を組み、メタは尋ねる。メタの赤い目が変わらず責めるようにじっと見るので、アズールは内心冷や汗をかきながら首を数回縦に振った。
「わ、悪いとは思っている。だけど、他に連れて行く場所がない。僕には親戚もいないし、彼女一人で放っておくわけにもいかない」
「……だろうな。設備に触らないようにしてくれよ」
「もちろんだ、きみの手を煩わせないと約束しよう」
謝意を述べたアズールを一瞥し、メタは鼻を鳴らした。
「どうだかな」
「ところで、彼女の名前は? ……まさか知らないってことはないよな」
髪をくるくると指に巻きつけて遊んでいるモルフォを遠巻きに眺め、メタは尋ねる。ここで知らないなどと言ったら最後、軽蔑のまなざしと最大級の罵倒、長期にわたる説教を受け続ける羽目になるのだろう。
「……モルフォだ。……今年でちょうど十四になる」
十四、と心の中で反芻する。少女が十四歳だというのは全くのでたらめだ。生粋のS型第二世代として生を受けたアズールは、本来の機能としての生殖を知らない。腹から生まれた人間がどうやって成熟していくのかを知らない。この根拠のないでまかせが『生身の子宮で育つ』文化圏の人間相手にどこまで通じるのか、人生のほとんどをS型の中で過ごしてきたアズールには掴めない。引っかかりを覚えないと良いが、と思って目をやったメタは見返してただ一言、『そうか』と言った。反応を見る限りは違和感なく受け入れらたようだった。
「しかし『モルフォ』か、良い名前だ。十四ということは、一通り基礎学習は済んでいるわけだな?」
赤い目がじっと見つめてくる。毎晩の教育の甲斐あって、メタが帰ってくるまでの間に基礎学習項目はすべてクリアしていた。アズールは過度な疑いを持たれないよう、平静を装って頷く。
「うん、そうだ。ただその、恥ずかしい話なんだが、どうも学校に行かせていなかったらしくて、その、世の中のことを何も知らない」
ああ、とどこか納得したようにメタは頷いた。
「本当に私生児なんだな、恥ずかしくないのか。今まで一体何をしていたんだ……いや、言わなくていい、知っている。隣で見ていた」
メタは首を振り、呆れたような目を向けた。事実、後ろ暗いことのあるアズールは、蔑むような視線を受けて赤くなる。
「だ、だから恥ずかしい話なんだってば……」
「まあいい。測定結果を見せてくれ、どんなだ」
「あ、ああ。そう言うだろうと思って出力しておいた。ええと、そう、これだ」
アズールは印字済みの測定用紙を手渡す。紙を覗き込んだメタは目を細めた。
「…………ボイド? 本当に何も知らないじゃないか。初等教育から先は受けてないのか? 学校に行っていないと言っていたな、圧縮脳髄テープ入れたらどうだ。早いぞ」
「メタ……好きだね、圧縮テープ」
圧縮テープと聞いて、アズールは困ったように眉根を寄せた。メタはアズールの様子を見て少し怒ったような口調で言った。
「好きも何も、あれによってどれだけ時代が進んだと思っている? 生の脳を集めて喜んでるあなたにはわからないことかもしれないが」
研究室の『コレクション』のことを揶揄されたアズールは口を尖らせ、恨みがましくメタを見つめた。
「い、いいだろ別に。好きなんだよ、人間の臓器……」
「わからないな。相変わらず気味の悪い趣味をしている。絶対見せるなよ、わかってるだろうが」
低い声でメタは言う。視線でモルフォを示したメタに、さしものアズールもぎょっとした。
「あ、あたりまえだろう…… 何を言っているんだ……」
「『あたりまえ』ときたか。言ったな。その言葉、忘れるなよ」
メタは念を押す。完全置換サイボーグのメタには臓器はなく、アズールは体内に存在する臓器とは別にいくつもの内臓を保持している。二人の感覚はどこまで行ってもずれていて、衝突はいつものことだった。アズールは取りなすように手を振る。
「情操教育に悪影響があることくらいはわかっている。……それとは別に、コレクションのことは誰に迷惑をかけてるわけじゃない。文句を言われるような謂れはないはずだ」
顔をしかめ、メタは苛々と言った。
「本気で言っているなら就業規則をもう一度読み直せ。あなたの使ってる設備は施設のものだ。確かに俺は勝手にしろとは言ったが、延命装置を私的な収集物の維持に使うなんてどうかしている」
「待ってくれ、あれを維持してるのには正当な理由がある。申請だって通した。止めるわけにはいかない」
「偽造だろ。いや、わかってる。申請を出した以上止めるわけにはいかないのは百も承知だ。俺がしたいのは止める止めないの話じゃない。反省して少しは人間らしく罪悪感を持てと言っているんだ、この人でなしめが」
不機嫌そうなメタの声が一段と低くなったので、アズールは俯いたまま曖昧に肯定の意を示した。
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