第五話 「五形」
「すっかり陽も暮れてしまいましたね」
「ああ、そうだな」
二人が図書館を出たのは閉館を司書に告げられ、誰も居なくなった頃。辺りは街灯の光が僅かにある程度で薄暗い。
「この学園とやらはやけに暗いな」
「ええ、何故か夜は殆ど明かりを消してしまうので」
「まあそれはどうでもいいが、お前、アレだけの本をよくもまあずっと読めたものだ」
ディルムスは意外そうに言う。半分称賛も混じっていない訳でもない言い方だ。
「元々、本は好きなんです。ただ、魔術書を読んでもどれだけ理解しても……」
「あー、それ以上言うな。辛気臭くなる」
「あぅ」
「今日のお前の読書量は想定外だったんでな。俺も基本は理解した。今日からでも術を磨く事はできるがどうする?」
「! え、それは……」
彼からの提案、それはヒナに驚きと喜びを
「早すぎるとでも思ったか? 生憎と数百年戦い続けた俺にしてみればあんなもの大した事はない」
「数百年戦い続けた?」
うっかりと――いや別に隠していた訳ではないだろうが――自分の長きに渡る戦いの一部が彼の口から出た。
「気にするな。お前らよりも経験があるだけの事だ。それよりも今日からやるのか? やらないのか?」
「あっ、いやそれは当然やってみたいです!」
「じゃあさっさと帰るぞ。変われ」
「うわわ」
「
朝と同じく指を鳴らすと瞬時に二人は姿を消した。目撃者は暗闇ばかりである。
「おっと、家に到着」
「いきなり変わっていきなり翔ばないで下さい……うぅ、変な感じです」
「その内慣れる。滅多に無い術なんだぞ、有り難く思え」
「それはもう、転移系は難しい術ですが……」
ヒナの言う通り、この世界に於いて転移系の術は難度の高い部類であり、発動には大掛かりな魔法陣を組む必要がある。それを指鳴らし一つで発動させてしまうのだからディルムスは相当なのだ。
「だから目立たんところでやっている。悪目立ちはしたくないんでな。それよりさっさと始めるぞ」
「わあぁ! またいきなり……それで、何をすれば?」
「先ずは『シルド』を出せ」
「は、はい。『シルド』!」
そう唱えると昼間と同じく身体とほぼ同じ大きさの正方形の盾が出る。
「本を読んだ限りではその状態が『シルド』の完成された形だとされていた。級が上がっても強度が変わるだけ、ともな。だが俺はそうとは思わん」
「え? 盾なんですからこれ以上どうしようもない様な」
「阿呆が。その盾を形成している物はなんだ?」
「それは魔力ですけど」
「何故そこまで分かってその先が分からんのだ。この世界の魔術は属性の変化を魔力の性質変化でやってるんだろう? その盾を形成する魔力の性質を変えてしまえ」
「それが出来たら私だって基本六属性の攻撃魔法が出ますよ……」
「ど阿呆め。誰が基本六属性に変えろと言った。性質の変化先など幾らでもある。俺に変われ、見せてやる」
そう言ってディルムスはヒナと変わる。
「『シルド』!」
「! 私のシルドより遥かに強力……」
現れた盾はヒナの倍ほどもある大盾で、黒い紋章が幾重にも走っている。
「基礎魔力が違うからな。だがこれからが本番だ。『
「た、盾が小さく……いえ、そうではなく密度が上がっている!?」
「まだだ。『
「今度は薄く伸びて……! でも最初の盾と全体合計強度は殆ど変わっていない!?」
「魔力を凝縮、伸展すれば盾は幾らでも姿を変える。何故か知らんが本には書いていなくてな。俺程とは言わんがお前にも出来る。粘土細工みたいなものだ」
「確かに凄いです。でもこれだと攻撃には程遠い……」
「はぁ……見てろ。『
「!」
ヒナの目の前には細かく分裂した盾が無数に浮かぶ。更にディルムスは続けて……
「『
そう言い放つ。すると浮かんでいた盾は無数の槍に姿を変えた。
「盾が槍になるなんて……」
「そして『
その言葉と共に掌を枕へと振り向けると無数の槍は枕を突き刺した。
「攻撃出来ただろう? これも性質変化だ。常識と思い込みで可能性を潰してどうする。お前にはこれしかないんだぞ?」
「うぐぅ、何も言えません……」
「とにかくこれが出来るようになれ。『
「は、はい!」
こうしてヒナの特訓は幕を開けた。
――一時間後
「っ! はぁ、はぁ……」
「まぁ、初日はこんなものだろう」
ずっと「
「け、結局……ほんの……少ししか、『
「当たり前だ。初日でここまで出来ているなら上等と言っていい」
「も、もう少し」
「疲れた状態でやっても無意味だ。今日は休め」
「は、は……い」
それだけ言ってヒナは倒れた。当然といえば当然の事だが。
「……『
ディルムスはヒナに入り、そう呟く。
「努力は認めてやる。特別に回復と風呂はやっておくぞ。さっさと俺に相応しい身体になれ」
それだけ言って眠りに就いた。
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