第四話 欠点の可能性

『それで? お目当ての品は売り切れ、という訳か』

 学園の売店、ディルムスが呆れた様に呟く。

『今日は限定品の発売日だったんです……あぁ寝坊しなければ』

 外の陽気とは裏腹にすっかりと意気消沈し、見るからに落ち込んだ様子でヒナは適当なサンドイッチを買って売店を出る。購買で人気の焼きそばパンを取りこぼしたかの如くだ。

「あーあ……」

『そこまで落ち込む事でもないだろう? それよりため息ばかりつくのはやめろ。辛気臭くて敵わん』

『そんなぁ』

『何が悲しくて限定サンドイッチ一つが為だけに知らん世界で辛気臭くならねばならんのだ』

「ごめんなさい……」

 そう言いながらヒナとディルムスは学園裏手の人目につかない場所に出た。猫の額程よりほんの少し大きいくらいの庭はそこにだけ陽光が差し込んでいて、青々とした芝生と小さな白い花たちを優しく照らしている。さながら秘密の庭といったところだ。


「ふぅ、やっぱりこの場所に来ると気分も晴れますね」

 庭のベンチに腰掛けてヒナは静かに言う。

「不思議だな。他にもこんな場所はあっただろう? 何故こんな遠くに来た?」

「私にとってはこの場所以外では居心地が悪くて」

(あの事と関係は大アリと見ていいな。聞いて……)

彼がそう思ったあたりでヒナは自然と口を開き始めた。


「……私は、落ちこぼれなんです」

 

「落ちこぼれ、だと?」

「あの授業を見てもらった貴方にはもうバレているかと思いますが、二年生なのに一年生の最初の授業をいるくらいに、私は出来損ないなんです」

 風が一つ流れてからヒナは続ける。

「丁度一年前、一年生の最後の最後に受ける実技試験で私は二年生に上がれなかった、上がらせてもらえなかったんです」

「解せんな。攻撃魔法が出ない程度で留年だと? この世界には攻撃魔法しか出来ん能無しばかりだとでもいうのか?」

「そうじゃないんです。んです。ちょっと練習すれば、です。私はそれすら出来ないから……」

 ヒナの口から語られる事実。それは最下級攻撃魔法なら一年生になって一ヶ月もすれば出来る様になるのが当然だと言う事。それ故、最下級攻撃魔法が出来ない様では他に何が出来たとしても進級は絶望的だという事。そして……

「私は最下級魔法の『シルド』『プロテ』しか使えないんです」

 ヒナは防御魔法しか使えなかったのだ。

「……」

「なんでだろう、貴方には話してしまいました……誰にも話したことなんてないのに」

 僅かに震える肩。それは少なくともにわかに吹き抜けた風の肌寒さのせいではないだろう。

「ごめんなさい……私みたいな能無しが貴女の身体で……」

 ポツリと落ちた一雫は、口より言葉を紡ぐ。

「……」


 静寂が秘密の庭を支配する。風が抜け、陽光が輝いても尚その沈んだ空気は動かなかった。だがそれを、



「使ってみせろ。防御魔法が使えるなら上等だ」



 彼の真剣な声が切り裂いた。


「! で、でも……」

「いいから使え! 馬鹿にされたままでいいのか!?」

「う、分かり……ました」

 ディルムスの気迫がこもった声。それに半ば気圧けおされてヒナは立ち上がる。


「じゃあいきますよ……『シルド』!」

 ヒナが言い放つと同時、正面に開いた掌の先に半透明で表面にはクロスの紋章が描かれた正方形の壁の様な物が浮き上がる。

「ふん、上出来だ。コイツの効果は?」

「『シルド』は魔法を伴わない攻撃や物を防ぐ事が出来ますが……」

「魔法主体のここでは役に立たんと言いたいのか?」

「はい……」

「だからお前は阿呆だ。こんなもの幾らでも応用できる」

「!」

「『プロテ』とやらは?」

「あ、えっと! 『プロテ』!」

 掌の前に円が現れ、六芒星が描かれていく。

「……どちらも身体の大きさ程度の盾か。ふん、何とでもなる」

「ほ、本当ですか!」

「嘘ついて何になる。だがあの催眠術では情報不足もいい所だ。書物の類はあるか?」

「それなら図書館に……」

「なら行くぞ。さっさと済ませる」

「わわっ! いきなり変わらないで下さい!」


 こうしてヒナはディルムスに引っ張られる形で図書館に向かう事となった。


――図書館にて。

『まあまあの蔵書量と言ったところか』

『そこそこ大きいんですよ、ココ』

『まあいい、とにかく行くぞ』

 ディルムスは歩を進めて司書に話しかける。まあまあの蔵書量とは彼の談だがそれは彼から見たらの話で、普通の人間からすれば天衝くばかりの本棚が所狭しとそびえるそれは明らかに広大な文字の大海原なのだから司書の案内は必須だ。

「すみません、魔法体系に関する本を探しているのですが」

「それでしたら三階の階段右側3の12の開放書架に纏まっております」

「どうも」


『貴方が私を演じていても不自然じゃないのがなんというか』

『お前と口振りが違うと面倒くさいんでな。仕方なくだ』

 外からみると静かに階段を登っていくヒナだが内側では色々と言い合っている。ディルムスの声はヒナには聞こえるが周りは聞こえない為、声に出してしまうと変人に見えてしまうのだ。


『っと、到着か。これだけあればまぁ二、三日である程度理解出来るだろう』

『え、結構な量ですよ……この世界の文字は大丈夫なんですか?』

『ああ、それは

『え?』

『お前が読むと自動的に俺には文字が翻訳されて見えるみたいでな。それを使って覚えていくから気にするな。それじゃあ変わるぞ』

「わわっ、えーっと基本が多分これと……あ、これもかな? よいしょ、っと」

 書架の本を幾らか抱えて窓際の机へと運び、腰を落ち着ける。

「ふぅ……読むだけでも凄く大変そう……」

 ヒナの前にあるのは分厚い本が五、六冊。普通に読むだけでも最低一日はかかりそうだ。だが彼からは意外な事を言い出した。

『お前は理解しなくていい。ザッと全部構わん』

『え? 眺めるだけでいいんですか?』

『ああ、見開き一ページに五秒だ。とにかくさっさとやれ』

『は、はい』

 言われた通り、本当にザッとだけ――それにしても早すぎるが――読み進めていく姿は超が付く程に優秀な学徒に映るか、或いはただ眺めているだけで理解などしていない愚者に映るか、といった様だ。大体は後者の意見だろうが幸いにしてこの机は隅にあり人目につきにくい。これもヒナが無意識に選んだものだ。


『一つ聞くがお前、昼から授業はないのか?』

「あ、えっと……ない、です。今日の一年生の授業はあれで終わりですから……」

 黙々と本を読むヒナに彼が不意に問うと彼女は少し落ち込み気味に言う。

『……なら出来る限り今日は本を読め。閉館まで張り付くんだな』

「分かりました。頑張ってみます!」



 それから二人は何も言わずに黙々と本を読み続け、窓から差す光が暗くなり始める頃まで図書館に居座った。

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