第六話 落ちこぼれクラス

 朝日が昇り、部屋に光が満ちていく。そんな朝、先に目覚めたのはディルムスだった。

「朝か。今日は静かでいい。時間は……六の刻か」

 一から十二の数が記された円盤の針は丁度、十二と六を一直線に繋げている。昨日の時間を考えれば登校までには十二分の余裕がある時間、だがヒナも起きた方がいい時間であるのは間違いない。朝の時間というのは流れが早いのだ。そして彼もそれを分かっているらしい。

「起きろー。朝だぞ」

「ん……」

 彼の呼びかけも虚しくヒナは完全に夢の中、いや夢を見ない深い眠りに就いて、気持ちよさそうな寝顔を浮かべ寝息を立てている。どうやってもすぐには起きないだろう。

「はぁ。昨夜の事を考えれば仕方あるまい。代わりに動いてやるか。よっ、と」

 ヒナの身体に入って起き上がり軽く身体を伸ばす。

「グッ……と。これだけ身体を動かされて起きないあたり本物の寝坊助だな。ここまで来ると才能だ。さて、着替え以外はひとしきりやってしまおう」

 それから彼は朝の支度全部を瞬く間に彼は終わらせていく。数百年戦い続けたとはいえこういう事は忘れていないらしい。だが……

「こんな事、何時ぶりだろうか……あの時は以来か? 忘れたな……いや、そうではないが」

 ふと立ち止まり彼はほんの少し悲しげな顔で呟く。忘れていたが忘れていない、思い出せないし思い出さなかった、そういうものが彼にはあるのだろう。


「考えるだけ無駄か。おい、そろそろ起きろ」

「んんっ、おはようござい……あ、あれ?」

「朝の支度は代わりに終わらせた。後は着替えだけだ、外向いてるからさっさとやれ」

「は、はい……あの、先にお風呂に入りたいのですが」

「一応、『浄化ピュリファイ』で身体は綺麗にしてある。不服か?」

「えっ! 本当だ、スッキリしてる……あれだけ汗かいたのに」

「どうするんだ? と、いっても入浴する余裕はないと思うが」

「わっ、着替えてそろそろ出ないと。その……色々ありがとうございます」

「朝からバタつかれては敵わんだけだ」


 とにかくもこの日は順調に始まった。


『しかし呆れ返るほど平和だな。ここは』

 アパートから大通りに出て、学園へと歩を進めるヒナにディルムスが言う。彼がそう言うのも無理はない程この街は明るく輝いて見える。丁寧に石とレンガで舗装された道の両脇には花壇に花が美しく、街路樹は柔らかな木陰を作り、通り沿いの店の従業員は開店準備にいそしんでいる。理想的な街の大通りと言っていい。

『ええ、とても平和ですよ。学園の中でもこれくらい居心地が良ければいいのに』

『……ああ、その左手の紋章は何だ? 聞きそびれていてな』

『これですか? えーっとですね……』

 歩きながら、この紋章についてヒナは説明を始めた。


 言ってしまえばこれは「学園での階級」を表すものだ。入学と同時に左手の甲に丁度アルファベットの様な形をしている紋章が浮かび上がる。


F FF FFF

E EE EEE

D DD DDD

C CC CCC

B BB BBB

A AA AAA

S SS SSS


 Pが最も高く、次いでS、生徒は基本的にAクラスまでしか上がらない。

Sクラスは「SSS」と「SS」と「S」で違いがあるものの、A以下はあまり変わらずちょっとした飾りのようなものになっている。

 入学時は一律でFであり、一年後の試験で最初のクラスが決まるが、大抵はE以上になっていき、その後の試験などで昇格するかどうかが決まっていく

 ヒナは攻撃魔法が一切使えないという理由で二年生であるにも関わらず「FFF」にしかなれていない。


『……以上がこの紋章の正体です。階級を示す以外に身分証や通行証にもなりますね』

『なるほどな』

『ごめんなさい……大した階級じゃなくて』

『ふん、俺からすればFとPに毛ほどの差も無い。階級などお前が強くなれば勝手に付いてくるだけのお飾りに過ぎん。気にするな』

『は、はい……あっ』

 ヒナの説明が終わると同時、学園の正門付近に着いたヒナは人目に付かない横道へいそいそと隠れる様に逸れる。

「はぁ、危なかった……」

『何が危ないんだ』

『うぅ、この時間にはエリザベラさんが通るんですよ……』

『なんだそいつは?』

『実は私、エリザベラさんにいつも色々と言われてて、その、怖いんです』

『虐げられでもしてると?』

『いっいや、そこ迄では無い、と……』

『なら何故そこまで怯えるんだ』

『う……』

『まぁいい。怖いのは分かるがそろそろ行かないと遅刻だぞ』

「ひぇ! わわ、遅刻はもっと嫌ですー!」

(はぁ、沈んだり焦ったり忙しい奴だ)


――


「間に合ってよかったぁ……」

 ヒナが行き着いたのはまだ人もまばらな少し大きめの教室。明かりの点いていないそこは窓からの自然光がぼんやりと差し込むものの薄暗さすらある。

 と、教員らしき人物が入ってきた。が、


「……出席を確認しました。後はご自由に」


 驚くべきことにそれだけ言って教員は出ていった。

『おい、あれはどういう事だ?』

『どうもこうも今日は自習ってことです。まぁほぼ毎日ですけどね』

『呆れたな……出欠確認が為だけに来てるのかお前は』

『落ちこぼれクラスの私に、出席は唯一大事な記録ですから』

『……』


――教室の外。

「あのヒナって子は毎日毎日よく来てるよ、ホント。進級絶望的なのに、ねぇ」

 冴えない白衣の男は煙草を咥えてボヤく。

「ああも毎日来るもんだから向こう一週間分は出席に印付けちゃったし」

 どちらかと言えば良い顔立ちは軽く笑いながら紫煙を吐く。

「でも目から光は消えてない。あの子はきっと何かを持ってる。遅咲きだろうけど」

 再び煙草に口をつけ一言。

「何かきっかけさえあれば私も……」

 不意に吹き抜けた風に揺れる彼の名札には「リークス・ホワイトロッカー」と記されていた。



『自習ということは何をするも勝手、で間違いないな』

『ええ、まあ。私はいつも本を読んでいますが……』

『なら、教室から出て「ジツ」の練習でもしろ』

『はい!』


 言うが早いか外に出て、人目に付かない秘密の庭に足を運ぶ。その顔はどこか嬉しげで溌剌はつらつとしていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る