裏二

エリー.ファー

裏二

 町から出ることができない。

 分かってはいるのだ。

 そういう選択をしたのだから、そうなのだけれど、今更外に出ることもできない。

 一生、この中にいるのだと分かる。

 何も知らないまま、この品のいい鳥かごの中で成長していく自分が見える。

 悪くないのだ。

 何も欲さずに生きていくことさえできればこんなにも楽な町はない。

 分かっている。分かってはいるのだ。

 選んだのだから、この何の波も起きない人生を選んだのだから、嵐も来なければ雲もそこまで大きいものは来ない。

 そういう世界を選んだのだ。

 そういう町に住み続けると決めたのだ。

 いつか、この町を出ていくことがあるかもしれないと何となく思っていたのに、気が付けばこの町から出ていく足の筋肉すら失っている。そういう自分の生き方を少しずつて遅れになっていくと分かっていたのに、とうとう立ち上がらなかった。

 両足で立つ機会を、あれが奪った。これが奪った。

 あたしが一人だちする機会をみんなが邪魔をする。

 そう心の中で叫んでいるうちに、誰も邪魔しないのに町を出ていく選択肢を自分で放棄した。

 強い風の吹かない、穏やかな町は。

 海に浮かべるとどこにも進むことはできなかった。

 いつまでもいつまでも。

 ずっとそこにあり続けた。

 私は知っているし。

 私以外の人も知っている。

 こんなにも安らぎを与えてくれる、かぐわしい底なし沼に両肩まで沈ませてしまった。

 もう。

 無理だ。

 遠くで雷鳴がとどろいている。

 間もなく、この町にも嵐が来るだろう。

 大丈夫だ、と言い合って仲間同士肩を組むのに、誰一人としてアイディアは出さない。誰も経験していないから何の発言力すらない。ただ、美しい見た目で声が大きくて事なかれ主義のリーダーが、大丈夫だと叫んで笑っていた。

 口の端をひくつかせながらそれでも叫ぶ姿が。

 とても勇気があって素敵だからみんなで信じよう。

 実力ではなく、そういう所でしか最早、人の能力を測ることしかできなくなっている自分たちの無能さになんとか目を瞑りながら、間もなくやって来る雷と、風と、雨を見つめ続けた。

「死ぬかもね。」

 誰かがそうつぶやいた。

「いやいや。死ぬよ。」

 分かっていたのに、最後まで、ここから立ち上がることができなかった。

 哀れだった。

 

 嵐が過ぎると、そこにあった町は何もなくなっていた。

 もしかしたら、嵐に巻き込まれて上手いこと高く飛び、どこかに着地したのかもしれないし、嵐が急に進路を変えてそれはそれは素晴らしい幸運のおかげで助かったのかもしれない。

 町の残骸と、そこにいた町の人々の肉片や、助けて、と書かれた板が何枚かあったがたぶん大丈夫だろう。

 町の人々は特に証拠もなくその町が生き残ると信じていた。その町の中で幸せな生活が続く意味を誰かが代わりに誰かが犠牲になってくれていたからだということを知っていたのに、無視をし続けるくらいの根性があった。

 根性で嵐はやまないだろうし、最後はみんなでお互いを盾にしあって生き残ろうとしたが、それをチームワークと呼び合える仲だったようなので、皆満足だろう。

 笑顔で死んだであろう町の人々は、今後も永遠に語り継がれることになったのだった。

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