第235話 何が真実か
「世界は広い……此処まで強い人が居るなんて」
剣を地面に刺し杖代わりに男は立ち上がる、彼ははっきり言って弱かった。
自身が強くなった、それもあるが彼にならウルスと特訓する前の自分でも勝てる自信があった。
彼は弱い、万に一つ負ける可能性も無かった。
「もう諦めてくれ」
「それは出来ない相談だよ」
男は立ち上がり剣を構える、こんなにも苦しい戦いは初めてだった。
「俺は家族を守らねばならない……この命に変えても」
男の顔つきが変わった。
常に笑顔だった彼の顔は真剣そのもの、死を覚悟したその表情に隼人は知らぬ間に一歩後退りをして居た。
今思えば不思議だった、勝てる相手と思い多少の油断はして居た、彼に非は無いと殺さぬ様に手加減もして居た……だが倒そうと5分ほど格闘をしているが彼にまだ決定打を与えられて居なかった。
確実に傷は負わせている、だがそのどれもが彼を戦闘不能にする物では無い……全て致命傷を交わして居た。
「もう一度だけ聞きます、魔力のコアを渡して下さい」
彼とは戦いたく無い……だが答えは沈黙だった。
隼人は決意を固め刀を握る、だが刃を逆さまにし、腹の方で構えを取った。
「優しい人だ」
男はその言葉と共に距離を詰めて来る、彼は恐ろしく目が良い、隼人の筋肉の動きを見て何処に攻撃が来るかを予測し、通常なら反応出来ない攻撃も辛うじて交わす事が出来る……常人の技では無かった。
だが隼人もウルスとの修行で人の域を大きく超えて居た。
「許して下さい」
隼人はそう呟くと雷装がより一層強い雷を纏う、そして地面を蹴ると同時に雷が落ちた様な轟音と稲光を放ち、次の瞬間男は壁まで吹き飛ばされて居た。
何が起きたか理解出来ない、気が付けば背中に激痛を感じ壁にぶつかって居た。
「何が……」
何も見えなかった、男が隼人と先程までやり合えて居たのは目のおかげだった、異常に発達した視力で筋肉の動きなどを見て動きを予測し、攻撃の軌道を最低限の動きで逸らす……だが今の攻撃は何も見えなかった。
神速、その言葉がピッタリだった。
「理不尽……だなぁ」
勝てる訳も無い、世の不条理に男は天井を仰ぎながら笑って居た。
「マール、クレアと一緒にコアを探してくれ」
「隼人様は?」
隼人の視線は男へ向いた。
「彼と話がしたい」
その言葉にマールは頷くとクロアに伝え、二手に分かれてコアを探しに向かった。
「そこまでして何故魔力のコアを守るんだ?」
「時期に分かりますよ」
意味深な言葉を残し壁にもたれ掛かる、男はそれっきり口を閉ざした。
それ程苦労する事もなくアジトを制圧出来たが違和感が多く残って居た。
まずアジトを守る者が少ない事、そして男が必死に守ろうとした家族と魔力のコアと言う存在……そもそも何故奪ったのだろうか。
「なぁ、あんた達は魔力のコアを何に使ってたんだ」
隼人の言葉に男は何も言わず指を差した。
指の先に視線を向ける、そこには胸に少し小さめのコアを埋め込まれた少女がクロアに連れられて立って居た。
「あの子は?」
「アスタ国の前国王の娘、つまりは王女様です」
王女、男が言った言葉に再び少女に視線を向ける、そう言われると何処か気品を感じなくもないが何故王女がこんな所に居るのか……複雑な話しの予感がした。
「見ての通り魔力のコアが姫様を生かして居ます、それを奪えばどうなるか……分かりますよね」
魔力のコアが埋め込まれていると言う事はつまりそうしなければならない程に彼女の身体は弱っていると言うこと、マリスが半分機械で生きていけている様に殆どの機能をコアに託している筈だった。
完全な悪……そう言い聞かせて此処まで来た、だが彼女を目にして隼人は刀を鞘に収めた。
「無理だ……俺には奪えない」
絞り出した言葉がそれだった、大切な仲間のマリスを救えなくなる……そんなのは分かっている、だが彼女の命を奪う事はどうしても出来なかった。
「クロア、その子を彼の元へ行かせてやってくれ」
マリスを救えない、その事実に隼人は絶望を感じて居たその時、王女の悲鳴が聞こえた。
「ルナリア様!?」
男が王女の名を叫び立ち上がる、ふとクロアの方に視線を向けるとナイフが首に突きつけられて居た。
何故クロアがルナリアと呼ばれた王女を人質に取る様な形になっているのか理解不能だった。
「クロア、何をしてるんだ?」
「私は主人の命令に従うだけです」
「主人の命令?」
クロアの主人はアルブス、つまり彼がルナリアを攫う命令を出した……だが何の為に?
「クロア……名を聞いて思い出しました、あの壊れた研究者の創り出したイカれた殺人兵器……お前のことだったのか!!」
先程までずっと丁寧だった男の言葉は荒れ、表情は憎悪に満ち溢れて居た。
イカれた殺人兵器、それが当てはまるのは消去法で行くとこの場では彼女しか居ない、だが何故そう呼ばれて居るのか分からなかった。
「ルナリア様を返せ!!」
男は怒りに身を任せ突っ込もうとするがナイフが足元に刺さり動きを止めた。
「この人は諦めることね」
その言葉を残しルナリアを連れてクロアはアジトを去る、何が起こったのか全く理解出来なかった。
アルブスがルナリアを狙って居た……理由は王女だからなのかコアが目的なのかは分からない……ただこの戦争、きな臭くなって来て居る事は確かだった。
「一つ聞きたい、ルナリアを守って居たあんたは一体何者なんだ?」
ルナリアを連れ去られた事で絶望して居る男に尋ねる、恐らく彼らが盗賊団と言うのは嘘なのだろう。
「俺は……ルナリア様専属の護衛騎士、名をクロード……だが連れ去られてしまった、俺は騎士失格だ」
何度も地面に頭を打ちつけ後悔を叫ぶ、護衛騎士……となれば恐らく今外で戦っている人達もアスタの兵士、鎧を身につけている者が混じって居たのはそう言う事なのだろう。
だが生粋の盗賊も混じって居た……彼らがどう言うグループなのかまだ検討が付かなかった。
「クロード、何であんた達はアスタの国と戦ってるんだ?」
隼人の言葉にクロードは地面に頭を打ちつけるのをやめると流れる血を拭き視線を隼人へと向けた。
「全ての始まりは前国王様、つまりはルナリア様の父上が死去した事が始まりです、次の王座は唯一の娘であったルナリア様の物、それを良くないとした現国王であり元大臣のスフレスがあらゆる手を使いルナリア様を暗殺しようとした、それから逃れるには国を捨てるしかありませんでした」
「国を捨ててそれからどうしたんだ?」
「恥ずかしながら私は生粋の騎士では無く元盗賊、その人脈を使って盗賊団に匿って貰いました、そこから2年間、どうにかして国を取り戻そうと同志を集い、今のレジスタンスが出来たのです」
「けどその話からすればどうやって盗賊団の奴らを仲間にしたんだ?」
盗賊団は自由気ままに自分達の好きな事だけをするイメージ、国を奪還した後に財宝の約束でも取り付けたのだろうか。
「ルナリア様の人柄に惹かれたんですよ、あの方は誰にでも優しい方ですから」
そう笑みを浮かべるクロードの表情は悲しげだった。
もう何が真実か分からなかった、ルナルドの嘘から始まり今度はアルブスが嘘をついて居た……何を信じれば良いのか、何をすべきなのか分からなかった。
「俺は……俺達は何の為に仲間を殺してまでルナリア様を守り続けて居たんでしょうね……こんなにもあっさりと奪われるなんて」
悔しさで握る拳は震えている、彼の悲しみはどれ程深いかは分からない……少し可哀想だった。
「隼人様、魔力のコアは見つからなかったです」
何も知らないマールが無数の扉の内一つから出て来る、彼女にも一から説明して置いた方が良さそうだった。
「えーっと……つまりアスタの国はルナリアって言う王女様を殺す為だけにこの戦争を起こしたって事ですか?」
「まぁそれに近いですね」
一気に色々な情報を得たマールは混乱している様子だった。
「それでこれからクロードはルナリアを助けに行くのか?」
隼人の言葉に彼は酷く悩んでいる様子だった、何を悩むのか、事態は一国を争うはずだった。
「正直……俺ではクロアに勝てる気がしません、彼女は数百を超える私の仲間を殺して来ました、一度対峙した時も俺は何も出来ず……仲間に逃がしてもらうのが精一杯、そんな俺が助けに行っても……」
完全に弱気になって居た。
此処でクロードに手を貸すべきなのか隼人は分からなかった。
ルナリアを助けてもマリスは助けられない……彼らに手を貸す義理もない、正直な話しこの国のゴタゴタから早く抜け出したかった。
どちらに味方しても戦闘は避けられない、それに利点も無い……もう何をして良いか分からなかった。
「なんだか複雑化してますね隼人様」
「だな、俺達には関係ない……そう言えるが俺達も片足突っ込んでる状態、アスタの兵士は悪く無いしとは言えクロード達も悪くない、どちらに味方をすれば良いのか分かんねぇよ」
どちらに味方をしても恐らく良い結末は訪れない筈だった。
「隼人、クロアを止めよう」
突然聞こえて来る第三者の声、その方向に視線を向けるとそこには何故かマリスが立って居た。
「マリス!?何で此処に居るんだ?」
「こっそりついて来た」
「こっそりって……それじゃ一部始終見てたのか?」
隼人の言葉に頷く、あの様子だとコアが手に入らない事は分かっている様だった。
「マリス……俺は」
「大丈夫、私は長く生きすぎたんだと思う」
「どう言う事だ?」
「本当はあの時、あの瞬間に私は死んでた、それをこうして生きる事が出来て皆んなと旅が出来た……一つやり残した事はクロアを救ってないこと」
いつも以上によく喋るマリス、だが言っている事が何一つ分からなかった。
「クロアを救ってない?どう言う事なんだ?」
「そのうち話す、それより早く行こう」
そう言い歩いて行くマリスの背中を首を傾げながらも追い掛ける隼人、終わりの時が近づいて来たからなのか、マリスの記憶が少しだけ蘇って居た。
蘇ったと言ってもほんの断片、何故こうなったのかは分からない……ただ、マリスレスティアと言う名の人間だった事は思い出して居た。
クロアに何故此処まで親近感を感じるかは分からない……ただ、アルブスは何かを握っている様な気がした。
「死ぬ前に……真実だけでも」
周りに聞こえない程度の声で呟くとマリスは歩くスピードを早めた。
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