第236話 各々の戦場

相変わらず嫌な感触だ。



人の肉を断ち骨を斬る感覚、思い出したくも無かった。



異国の傭兵という事で最前線に送られ周りは敵だらけ、この状況を脱するには殺すしか方法は無かった。



「流石に腕が疲れて来たよ」



身の丈程の大剣を構えオーフェンは周囲を睨みつける、50を超える仲間が殺され敵は迂闊に飛び込む事が出来なかった。



「一人相手に人員を割き続けるのは……」



一人相手に殺され過ぎた、そして殺せる未来が見えない……それ程に彼らから見てオーフェンの強さは人智を超えて居た。



だが皮肉にもそのオーフェンから見てさらに化け物がこの戦場にまだ何人も散らばっている、どう足掻いても彼らの勝ち目は無かった。



天災でも起きぬ限りは。



時間にして数十秒、だが体感数分にも感じる睨み合いを終わらせたのは戦場に落ちた巨大な影だった。



「なんだ、急に雲か?」



常に生死が隣り合わせにあるはずの戦場に居る兵士達は突然現れた巨大な影に自然と空を見上げていた。



オーフェンも同様、そして目を疑う光景を目の当たりにした。



空を悠々と舞う赤黒い巨体、地鳴りがする程の咆哮……ドラゴンだった。



「ドラゴン……ドラゴンだ!!!」



兵士の一人が叫び出す、どちらの軍が用意したドラゴンなのか……答えはすぐに分かった。



オーフェン達が居る地帯に向けて放たれた火炎、それは敵味方関係なく全てを焼き払った。



「ドラゴンなんて久し振りに見たね」



死を覚悟したオーフェンを包み込む光の球体、声のする方向にはリリィが立って居た。



「助かった、ありがとよリリィ」



「礼は要らないさ……とカッコつけたい所なんだけどそんな余裕は無さそうだね」



先程まで居た数百を超える兵士は全て焼き払われ、残ったのはリリィとオーフェンの二人だけだった。



ドラゴン……確かにこの世界に存在するし珍しくも無い、だが此処まで……体長30mは超える巨大なドラゴンを目にするのは両者ともに初めての事だった。



「取り敢えずリリィ、倒す算段はあるか?」



「そうだね……」



周囲を見回すが先程のブレスで地面が燃えている以外に情報は無い、幸いにも此処は戦場から大きく離れている故に敵味方共に先程殺されたのが全員……とは言え裏を返せばアルラ達も遠く離れた場所にいると言う事だった。



オーフェンを助ける時に通信魔法でアルラ達に増援を頼んだがどれ程で来れるかは分からない、ドラゴンも悠長に待ってくれるわけ無かった。



「流石にこれは絶望を覚えるぜ」



第二波、口から溢れんばかりのブレスを蓄え空で方向転換するドラゴン、オーフェン自身には身を守る術が無い、全てリリィ頼みだった。



「取り敢えず魔力を節約する為に引っ付かせてもらうよ」



そう言いリリィはオーフェンに密着する、その表情は少しばかり嫌そうだった。



「悪いな、完全に守ってもらうことしか出来ねぇ」



不甲斐無い……それしか無かった。



「仕方ないさ、君が死ねば隼人さんは悲しむからね……それに私も多少ね」



そう言いリリィは再び光の球体を自身とオーフェンの周りに何層も展開する、その直後ドラゴンの咆哮と共に炎のブレスは辺りを包み込んだ。



「化け物じみた威力だね」



バリアを張ってても熱さを感じる、蒸し焼きにされそうだった。



「一先ず第二波も凌いだね」



展開して居たバリアを消すとリリィはいつもの笑みで空を見上げる、だがバリアを押さえて居た手の火傷は笑えないものだった。



広範囲のブレスであの威力、一点に絞られれば流石に不味かった。



とは言えドラゴンにそこまで知能があるとも思えない……ただこのまま防戦一方では埒が開かなかった。



「オーフェン、君はこの結界の中から動かないでじっとして居てくれよ」



そう言いリリィは神々しい羽を出現させ空へ舞う、何も出来ない無力感……オーフェンの中にあるのはただそれだけだった。



「改めて見ると凄いデカさだね」



フワリとドラゴンの前に飛び上がるとその場で静止する、今まで色々な化け物と対峙して来たが間違い無く過去最強だった。



巨大な身体に強固な鱗、的はでかいが傷一つ与えるにも苦労しそうだった。



「ドラゴンにも話しが通じれば楽なんだけどね」



『どう楽になるのか教えて貰おうか?』



独り言のつもりで吐いた言葉に返って来た予想外の返事、この場に居るのはドラゴンと私だけ……となれば喋ったのは消去法でドラゴンになった。



「驚いた、まさかドラゴンが喋れるなんて」



『死んでしまっては話せぬからな、殺す前に少しだけ会話してやろうと思ってな』



「聞きたい事は一つ、この戦場に現れたのは気まぐれかな?」



答えによっては大ごとになる。



『気まぐれだな、今日は大量に殺したい気分だったのでな……だが奇遇かな、まさか天使に出会うとは』



気まぐれ……となればシャルティンは関係無さそうだった。



だが本格的に関係無いと決まった訳ではない、少なくとも隼人さんが狙われている訳では無い様子だが油断は出来なかった。



「天使を見るのは初めてかな?」



『いいや、過去に喰った……まぁ味はそこそこと言った所だがな』



過去、その言葉に記憶を辿ってみるが天使が殺される事などざらにある、それに今更同胞が殺された事実を知っても何とも思わなかった。



ただ面倒臭い、それだけだった。



「なんだか私ばかり強敵と戦ってる気がするよ」



『喜ぶが良い、その苦労も我で最後……貴様の死をもって幕引きになるだろ』



巨体に似合わないスピードでリリィへとドラゴンは突進する、流石にスピードでは負けないがドラゴンが通り過ぎた直後、信じられない突風がリリィを吹き飛ばした。



「まだ羽には慣れないね……」



耐えようと踏ん張ってみたが上手くまだ操れない、早いところ地面に叩き落としたいが攻撃が効くかすら怪しかった。



元々治癒魔法が得意な私に爆発的な攻撃力は備わってない、今出来るのはアルラが来るまでドラゴンを此方に注目させつつ削る事だった。



連絡を入れたのは1分前、彼女の居る場所からここまではおよそ5分ほど……体力が持つか心配だった。



「とは言え、温存なんて許してくれないよね」



色々と思考していると急にリリィの周りに影が落ちる、上を見上げるとドラゴンの腕が振り下ろされて居た。



『我相手に余所見とは舐められたものだ!』



完全に油断した、吹き飛ばされた時にドラゴンと出来た距離を見誤って居た……まさか数秒で距離を詰められるとは思っても居なかった。



「ちょっとまずいね!」



咄嗟に何層もバリアを展開するがドラゴンの腕は薄氷を割るかの如く楽々とバリアを破壊する、そして重々しい一撃がリリィを地へと落とした。



隕石が落ちた様な衝撃で地面が抉れる、凄まじい威力、原型を留めて居るのが奇跡な程の一撃だった。



『強者の風格など出しおって、雑魚では無いか』



あっさりと終わった事に落胆しながらも次の標的を探す為空からドラゴンは地上を見下ろす、すると最初に焼き払った時守られて居た男のバリアが解けて居ない事に気がついた。



『不自然な……術者が死ねば解除される筈』



不可解な出来事にドラゴンの注意はオーフェンへと向けられる、そして次の瞬間、ドラゴンの頭上に巨大な光の矢が出現した。



『これは!?』



20mはあろう光の矢がドラゴン目掛け落とされる、これ程の巨体、全てを焼き払う火炎のブレス、あらゆる戦いを一方的な蹂躙で終わらせて来たドラゴンにとってこれ程強大な攻撃をされた経験は無い……故に守る術を知らなかった。



本能的に致命傷を避けようと回避行動を取るが矢はドラゴンの身体を片方の翼ごと貫く、飛行状態を維持出来なくなったドラゴンは勢い良く地面に叩きつけられた。



『まさか我が地に落とされるとは思いもせんだな』



巻き上がる砂埃を翼で吹き飛ばすと悠然と4本足で立ち上がる、思ったよりもダメージは無さそうだった。



「でもまぁ、天使如きが天下のドラゴンにダメージを与えたってだけで大金星だね」



リリィは叩きつけられたクレーターからのっそりと這い上がって来る、余裕を一応見せては居るが正直死にかけて居た。



女神の力で回復魔法がパワーアップして居なければ間違い無く死んでいた。



『中々に面白い相手だ、名を聞いておこうか』



「リリィアクターズ」



『リリィ、特別に我の名を教えてやろう……暴炎龍アヌシア、それが我の名だ』



自信満々の声色で暴炎龍は告げる、だが生憎俗世に疎い私にはドラゴンの名を言われても分からなかった。



それに今の私にはかなり余裕が無い、回復魔法でかなりの魔力を消費した上に先程の大規模な光魔法も放って居る……正直力尽きそうだった。



女神の力は強大だがその分デメリットもある、様々な天使の力を掻き集めてあるとは言え元々は女神の力、天使如きの器に収まる力では無かった。



故に扱える時間は長くても5分、それを超えるとどうなるかは私にもわからない。



『空は……飛べぬか、翼の代償は高くなるぞ』



貫かれた翼を動かし飛ぼうと試みるが肩翼では重すぎる身体を浮かすことすら出来ずに居た。



「それじゃ不恰好だからもう片方も潰してあげるよ」



そう言いリリィは再び翼を広げると空へ飛び上がる、地に堕ちた分攻撃は当てやすい筈だった。



ポケットから時計を取り出し残りの時間を確認する、残された時間は2分……それまでにアルラが来れるかどうかだった。



「出来るだけ足掻いてみるよ」



ドラゴンには聞こえない程度の声でリリィは呟き、時計を仕舞った。

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