第234話 アジトを探して

人が簡単に死んで行く。



人の多い密集地帯を抜けて側面から山へと向かう隼人とマール、離れているとは言えまだアスタの兵士と盗賊が戦っているのが視認できる距離、目を背けたくなる光景だった。



両目を失ってもまだ剣を振る兵士、殺した兵士の耳を削ぐ盗賊……戦争が全部こうなのかは分からないが隼人の目に映る光景は地獄絵図だった。



「これが戦争なのか……」



圧巻の光景を目の当たりにし、絶句する隼人を他所にマールは違和感を感じていた。



盗賊と国の戦い、その筈なのに盗賊も死に物狂いで戦う者が多い、まるで何かを守る為に……奪う者の戦いとは思えなかった。



だがそれを隼人に言ったところで意味は無い、開きかけた口を閉じるとマールは再び前を見る、これ以上不安を与える訳には行かなかった。



マールにとっては当たり前の戦場、だが隼人にとっては地獄なのだから。



「隼人様、恐らくこれ程の人数を戦場に割いていると言う事はアジトは手薄な筈です」



「そうだな、とは言え油断はするな、シャルティンの刺客が来ないとも限らない」



いつ何処からアイツは現れるか分からない……いつも現れれば大切な人を奪って行く、これ以上はやらせる訳には行かなかった。



悲しい表情を見せる隼人、その表情にマールは複雑な感情を抱いていた。



悲しい顔をして欲しくない……そう思うと同時にもっと色んな表情を見たいと言う願望が入り混じる、マールは完全に隼人に心酔していた。



「隼人様は私が居なくなったらどうしますか?」



突然の質問に隼人は疑問を感じながらも少し怒った様な表情を見せた。



「何でそんな事を言うんだ?」



何故なんてそんなのは決まっている、もっと隼人様にマールの事を見てもらいたかったからだ。



「緊張をほぐす為の質問ですよ」



多少は真実、その言葉に隼人も少し表情が和らいだ。



「安心しろ、マールは絶対守る……その代わりマールも俺の背中を頼んだぞ」



隼人の言葉にマールは何も答えず前を向く、その表情は満面の笑みだった。



隼人様に信頼されている……嬉しい、だがもっと嬉しくなれる事があるのも知っている。



隼人様が私の事を想ってくれたならばどれ程に嬉しいのか……想像しただけでもニヤけていた。



妄想に浸っている間に山の中へと入る、二人は少し走る足を止めた。



「感じるか」



「はい」



戦場の音がまだ微かに聞こえる中、感じる一人の気配……知らぬ間に隼人の頬を冷や汗が伝っていた。



「物凄く強い気配と言う事だけは分かるな」



気配である程度の強さを把握出来るが山の中から感じる気配はとてつもなく強大だった。



「マール、背中を」



隼人の言葉にマールは無言で頷くと二人は背中を合わせた。



気配が強過ぎて方向が絞れない……ただ近いのは確かだった。



刀に手を掛け警戒をする、ふと草むらから物音がした。



二人の視線は草むらへと向く、すると水色のアホ毛が顔を出した。



「あれって……」



見覚えのあるアホ毛だった。



草むらの中を左右に揺れる、マリス……の筈だった。



「何やってんだマリス?」



彼女が配置されている戦場からはかなり離れている、此処にいるのはおかしかった。



隼人が言葉を掛けても出てくる気配は無かった。



一歩草むらへと近づく、すると勢い良くクロアが飛び出で来た。



「クロア?」



「そうだけど」



そう言い服についた葉っぱを払いアホ毛を元に戻す、アホ毛の所為でマリスと見間違えていた。



だが彼女は戦場に居るはず……なぜ此処に居るのか分からなかった。



「持ち場はどうしたんだ?」



「アルブスの命令、隼人達を手伝えだって」



「俺達の手伝い……有り難い、人数は多いに越した事は無いからな」



「そう、早く行くよ」



特に何か言葉を返す訳でもなく隼人の手を引く、何か急いでいる様だった。



握られた手は少し温かい、彼女が機械人形と言うのはやはり信じ難かった。



「クロアは何で戦うんだ?」



「命令だからよ」



「アルブスは好きか?」



「ただの創造主」



会話を試みるが直ぐに終わってしまう、少ない会話から感じる冷たさが彼女を機械人形だと感じさせた。



「人間って何でそんな無意味な事を聞きたがるの?」



「何でって聞かれてもな……その人の事をもっと知りたいからとか?」



「ふーん」



あまり興味が無さそうな返事だった。



コミュニケーションに難ありだが実力は確かの筈……戦力が増えるのは有り難かった。



「アジトってここら辺か?」



マールの話では中腹あたりにアジトがあると言っていたが今のところ見当たらなかった。



「その筈なんですが……」



マールも詳しい位置までは聞き出せていない様子だった。



此処まできてアジトの場所が分からない……流石に大っぴらにしてる訳も無く、探すのに手間が掛かりそうだった。



「んじゃ手分けして……」



「その必要は無い」



そう言いクロアはしゃがむと地面を注視する、そして何かを辿る様にゆっくりと歩き始めた。



「アジトの場所が分かるのか?」



「僅かでも残った足跡は消せないから」



そう言い彼女にだけ見える足跡を辿って行く、例え下を見て歩いていたとしても隼人には足跡など全く見えなかった。



「流石機械人形ならではって感じだな」



突然出て来たクロアに感心する隼人にマールは少し苛立っていた。



何も役に立てて居ない……微かに焦りもあった。



「隼人様、アジトからは私に任せてください、全部蹴散らしますから!」



「あまり無意味な殺しはするなよ」



「はい」



マールから元気の無い返事が返って来ると同時にクロアが立ち止まった。



「足跡は此処で途切れてる」



「途切れてるってなんも無いぞ?」



クロアが立ち止まった所には入り口らしきものは何も無かった、それどころかここら一帯だけ木々が無くなっていた、



「アジトはこの下」



そう言い地面を指すとクロアは踵を振り下ろす、すると鈍い金属音の様な物が辺りに響き渡った。



辺りに砂埃が舞い上がり視界が晴れる頃には地面に3メートル程の扉が現れる、クロアが蹴った部分は若干凹んでいた。



「多分今の音で気付かれたわね」



「気付かれたって何してくれてるんですか!!」



クロアの奇怪な行動にマールが肩を掴み揺さぶる、あまり派手に行動はしたく無かったがマリスにも時間が無い、強行突破もやむ終えなかった。



「まぁ怒るなマール、此処まで来れたのもクロアのお陰……極力無駄な殺しはするなよ」



地面から聞こえて来る怒号に隼人は刀を抜く。



「それは命令に無いが善処する」



ナイフを構えクロアは言う。



「隼人様が危険に晒されれば私は容赦無く殺しますよ」



「大丈夫だよ、それじゃ開けるぞ」



地面の取手を掴むとゆっくりと扉を開ける、中々の重量に少し手間取るが扉は重々しい音を立てて開いた。



「侵入者を殺せ!!」



扉を開けた途端に盗賊達が隼人目掛けて飛び出して来る、だが次の瞬間には盗賊達は地面に倒れて居た。



「気絶させるのって結構難しいな」



バチバチとした音を立てながら脚に付与された雷装が消える、飛び出して来た敵の数は3人、それを気絶させるのは今の隼人にとって朝飯前だった。



倒れた盗賊に一瞬視線を向けるもクロアは扉の先へと進んだ。



特に何の関心も抱いて居ない様子だった。



「先を急ぐか」



先を行くクロアの後を追い階段を降りると拓けた場所へと出る、至る所にある扉……まるで蟻の巣だった。



「予想以上に居ますね」



パッと見30人以上はこの部屋に居る、扉の先に居るのも考えるとかなりの数になりそうだった。



「クロア、コアの場所は分かるか?」



「流石に無理ね」



隼人の言葉に即答する、あまり時間は掛けたく無いのだが……一つずつ探すほか無さそうだった。



刀を抜き戦闘態勢に入る、だが盗賊は此方に襲い掛かるどころか武器すら握って居なかった。



「どう言う事だ?」



「私も少し……いえ、かなり驚いて居ます」



何故攻撃してこないのか、見張りは敵意剥き出しだった……だが中にいる人達は隼人達の姿に驚いているだけだった。



「此処が見つかるなんて思いもしなかった」



異様に静まり返った中で響き渡る声、奥の扉から一人の男が姿を現した。



一人だけ雰囲気が違う、恐らく幹部か何かの筈だった。



「皆んなは部屋に戻ってくれ」



そう笑顔で言い男は人々を自身が出て来た部屋に誘導すると隼人達の前に立ちはだかる、身長は180程だがそれ以上の威圧感を感じた。



見た目は少し無精髭を生やした笑顔の絶えない男程度にしか感じないが強さは本物の様だった。



「色々と聞きたいが……目的はなにかな?」



「魔力のコアを頂きたい」



何と無くだが彼は事情を話せば分かってくれる様な気がした。



「魔力のコア……か、残念だがそれは渡せない」



「それで人が救えるんだ、報酬は払う!」



「悪いが魔力のコアを渡せば人が死ぬ事になる……どうか引き下がってくれ」



盗賊とは思えない言葉遣い、そして男は深々と頭を下げた。



「調子狂いますね」



男の行動にマールは困惑する、盗賊と言われなければ分からない程にまともだった。



引き下がってくれ……そう言われても引き下がれない、マリスを失う訳には行かなかった。



隼人はゆっくりと刀を構えた。



「そうですか……やるしかないですか」



残念そうに男は両脇に携えた剣をゆっくりと構える、この戦いに恐らく正義がない事を隼人は理解して居た。



「大丈夫ですか?」



「あぁ」



マールも察しているのか心配する、これから恐らく俺は間違った事をする、後悔もする……だがマリスを助けられない方がもっと後悔する筈だった。



「許してください」



隼人は男に敬意を込め雷装を纏った。

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