第225話 決着

「厄介でしょう、幻術は」



アジトの至る所に飛び散った血液、アルテナの身体は致命傷は避けているものの、ボロボロだった。



「いつから……そうなったの?」



「いつから、ですか」



「私が知るルーフェウスは信念があり、優しい人の筈だった」



その言葉にルーフェウスは黙って目を逸らした。



「信念……ですか」



そんな物は過去に置いて来た。



優しいルーフェウスも、信念を持ったルーフェウスも此処には居ない、居るのは復讐だけを求める空っぽのルーフェウスだった。



エレナが、最後の家族が死んでしまったあの日から私は狂ってしまった。



確かにアルテナの言う通り過去の私は信念を持っていた、王を守り、家族を守り、国を守ると言う。



王の護衛は命懸け、辛い仕事だったが家族が居るお陰で頑張れた。



それに妻は病弱で常に高価な薬が必要、1日たりとも休んでは居られなかった。



毎日王の護衛を繰り返す日々、そんな時にアルテナの剣術指南を頼まれた。



次第に娘と過ごす時間よりも、アルテナに剣術を教える時間の方が多くなっていた。



周辺各国の治安が悪くなり、王の護衛で家に帰れない日も多くなった……そんな時に妻は病気でこの世を去った。



彼女の最後を看取ることも無く……命が長く無い事は知っていた、なのに私は王の護衛を優先してしまった。



妻が亡くなった日からエレナとの関係も悪くなって行った。



王は妻の件を聞き、エレナと過ごす時間が増える様に度々屋敷へと娘を招いて居たがそれでも言葉を交わす事はあまり無かった。



だがまだ関係は修復出来る……そんな淡い希望を糧に私は生き続けた。



そんなある日、体調が悪化しているのを理由にアルテナと戦うのを辞めるよう言った……それが全ての終わりだった。



アルテナから友達では無いと言われ、彼女と自分を繋ぐのは戦いだけだと思い込み無茶な訓練を続け、病気は悪化して行った。



やがて、エレナも妻と同じく病死した。



その日から私の中にあるネジが外れた様な感覚がした。



仕事中もエレナの死など知らずにのうのうと生きているアルテナへの憎しみが募って行く、そしてある日私はアルテナの父、国王とその家族をアルテナ以外殺害した。



妻の最後に付き添う事の出来なかった怨みを晴らした……その筈なのに心のモヤは消えなかった。



どうすればこのモヤは消えるのか……分からなかった。



シャルティンと出会い、報復の為に様々な力を与えられ、アルテナを此処まで追い詰めた……なのにモヤは深いままだった。



「これだけ聞かせて……父を、家族を殺したのはルーフェウス、貴方だったの?」



「そうですよ、私の家族を殺したのですから……文句は言わせませんよ」



そう言い幻影を作り出し剣を構える、あと一歩でアルテナを始末出来る……嬉しい筈なのに表情は曇っていた。



何故喜べないのか、私は一体どうすれば良いのか……分からなかった。



ルーフェウスは頬を叩くと雑念を払拭する、もう何も考えなくて良い、アルテナを殺せば全てわかる筈だった。



「もう……死んでくださいアルテナ!!」



四方から剣を構えたルーフェウスがアルテナへと襲い掛かる、だが斬りつける直前、彼女の悲しげな表情が視界に入り込んで来た。



一瞬止まる剣、次の瞬間無数の赤い針がルーフェウスの身体を貫いていた。



「油断したねルーフェウス」



油断……いや恐らく違う。



アルテナへの恨み……それだけを糧に生きて来た、だが彼女の悲しげな表情を見て思い出してしまった。



エレナはアルテナと出会った事でとても笑う様になっていた……本当は感謝していた。



妻の一件で私には勿論、他者とも関わろうとしなかったエレナが久し振りに感情を剥き出してぶつかり、時に怒り、時に笑った……本来のエレナを取り戻してくれたアルテナには感謝して居た。



エレナは不器用な子だ……恐らくアルテナの友達では無いと言う発言も勘違いだったのだろう。



「全く……私は本当に中途半端な人間ですね」



恨んだり、感謝したり……一体何がしたかったのか。



「ルーフェウス……貴方を許す事は出来ないけど、せめて苦しまない様に」



そう言い剣を突き立てる、だがルーフェウスは力を振り絞って手を挙げた。



「私はいずれ死ぬ……このまま放って置いてくれないか」



その言葉にアルテナは剣を収めると解毒薬だけを奪い立ち去った。



最後の力を振り絞りルーフェウスは自身に魔法を掛ける、目の前に広がる花畑……懐かしい光景だった。



『少し……来るのが早くありませんか?』



長く綺麗な金髪を揺らし、一人の女性が此方へと近づいて来る。



どれ程会いたかったか……例え精神魔法であろうと嬉しかった。



ルーフェウスら膝から崩れ落ち、その場で顔を覆った。



『相変わらず泣き虫ですねルーフェウスさんは』



『私は……君が居なくなって、とても辛かったんだセレナ』



『ちゃんと見てましたよ、相変わらず私が居ないとダメなんですね』



『そうだよ……私にはセレナ、君とエレナが居ないとダメなんだ』



子供の様に泣きじゃくるルーフェウスにそっと寄り添うとセレナは優しく抱き締める、そのとなりにその隣にはエレナの姿もあった。



『あら、疲れちゃった見たいね』



泣き疲れて眠るルーフェウスを見て微笑む。



『子供見たいね、お父さん』



可笑しそうにエレナは笑った。



『それじゃ……行きましょうか』



ルーフェウスを抱え三人は霧へと姿を消した。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



「本当に……これで終わりなんだね」



何故か幸せそうな表情で生き絶えるルーフェウスを横目に、椅子へと腰掛ける、家族を失った苦しみを彼も背負っていた、それに早く気が付いて居れば何か変わったのだろうか。



過ぎた事は分からない……だが長い私の戦いは今終わった。



ふと天井から落ちて来る土埃に上に視線を向ける、崩れ落ちそうな天井……戦闘のせいで劣化したのだろうか。



「アルテナ、少し来てくれないか?」



「どうかした?解毒薬が違うとか?」



「いや、解毒薬の効き目はバッチリなんだが皆んなを休ませようと運んだ部屋が少し奇妙でな」



そう言い昨日まで別のレジスタンスメンバーが寝泊まりして居た一室へと案内される、一見普通の部屋だが違和感を感じた。



机に溜まる埃、昨日まで使われて居たとは思えない程、他の家具にも埃が溜まって居た。



「この部屋、昨日まで使われてたよな」



「えぇ、名前は知らないけどレジスタンスメンバーが……」



今思えば他のレジスタンスメンバーが忽然と姿を消して居た、さっきまで宴会をして居た筈……なのにアジトに居るのは私たちだけだった。



「ちょっと外へ出て見る」



まるで何年も使われて居なかった様なアジト、幻術を得意とするルーフェウス、そして隼人の出会った『見えてる物が真実とは限らない』と言った少年……導き出される答えは最悪の物だった。



アジトの出口へと向かう足は早くなる、そんなわけ無い……アルテナの頭は必死に答えを否定して居た。



ドアのノブに手を掛けるとアルテナは足を止める、扉から漏れる光……この先の光景を見るのが怖かった。



もし、もし仮に私の考えが合っているのであれば……私が今までして居た事の意味は何なのだろうか。



ノブに掛けた手を離す、気持ちの整理を付けてから開けようとしたその時、ドアのノブが回り、扉が開いた。



「おや、確かアルテナだったかな?」



アウデラスを担いだリリィが居た。



「随分と遅い到着ね」



「ちょっとファンの対応に追われてね、君こそボロボロだけど何かあったの?」



「ルーフェウスが敵だったの、まぁ今は終わったけどアルラ達が毒を盛られて」



「成る程、私の仕事はまだ山盛りの様だね」



そう言いアジトの奥へと歩いて行く、聞きたい事があったのだが……自分の目で確かめた方が早そうだった。



半開きのドアが風に吹かれてゆっくりと開く、開き切った扉の先に映る光景は目を逸らしたくなる様な物だった。



崩壊した建物、腐り虫が集る露店の果物、人の影なんてあるはずも無い程に街は荒廃して居た。



いつ街は、国は亡くなったのか、崩壊した建物から草が生い茂って居るのを見るとかなりの時間が経過して居る様子だった。



当てもなく変わり果てた街を歩く、殆ど家の敷地内で暮らして居た私でも多少の思い出は残って居た。



メイドの買い物にこっそりついて行った時の露店、あの時リンゴをおまけしてくれた店主は当然居ない。



屋敷をこっそりと抜け出し、迷子になった迷路の様な裏路地も建物が崩壊して今じゃ迷い事の方が難しくなって居る。



崩壊した建物の中でポツンと残る椅子に座り空を見上げる、酷い曇り空だった。



私は……何の為に戦って来たのだろうか。



守るべき国はもう消えた、復讐も果たし終え、今の私には何の目的も残って居なかった。



「これから……どうしようかな」



「アルテナの好きにしたら良いんじゃないか?」



隼人の声がした。



「私の好きに……か」



今の私にはそれが一番困る言葉だった、目的を失った私にとって好きにしろと言われてもやる事が無かった。



「アルテナはこの国に残るのか?」



「残りたい所だけど……」



辺りを見回した後、再び隼人に視線を向けた。



「この有様じゃ残っても意味無いよ」



「それじゃ旅にでも?」



彼の口から旅の同行に関する言葉は出てこない……何となくは分かって居た。



隼人は優しい、シャルティンとの戦いは激しく、死ぬ可能性の方が高い、そんな旅に私を同行させる訳には行かないのだろう。



その時ふと、ぼろぼろの剣が視界に入って来た。



見覚えのある持ち手が包帯で何重にも巻かれた剣……エレナの剣だった。



知らぬ間にエレナの家に来ていた様だった。



彼女の剣を拾い上げ埃を払う、もう一度旅をするのも良い気がした。



何回かエレナと戦った後に話した事がある、自由気ままに大陸を旅するのも悪くは無いと……もう一度この大陸をゆっくりと、今度は何も背負わずに旅をするのも楽しそうだった。



「隼人、本当にありがとう」



アルテナの表情が明るくなっていた。



「仲間だろ、また困ったら駆けつけるから言えよ」



「えぇ、隼人もね」



アルテナはエレナの剣を拾い上げると鞘に収めた。



「それじゃあ……自由な旅の始まりね」



その言葉を最後にアルテナは街を背に去って行った。

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