第224話 特別な感情

晴れた屋敷の裏庭に響き渡る剣戟の声、あの頃と同じ動き、あの頃と同じ太刀筋……ジルガルデスのは全て夢だったのでは無いか、そう思わせる程にエレナは何も変わっていなかった。



だが鋭い剣の切先が頬を掠め、アルテナを現実へと引き戻す、これはあの頃とは違う……殺し合いだ。



「どうしたのよアルテナ、太刀筋が迷いだらけよ?」



まるで意思があるかの様に話す……これは幻、そう分かっていても混乱してしまう。



「エレナの姿で喋らないで!」



剣を弾き蹴りを入れる、実力はあの時のエレナのまま……圧倒的に私の方が強かった。



「強く……なったねアルテナ」



苦しい。



エレナは私にとって唯一の、掛け替えの無い友達だった。



いや、友達では無い……私は彼女に特別な感情を抱いていた。



素直になれない私とは違い、彼女は思った事を何でも伝えられる……真っ直ぐで正直な彼女に戦いを挑まれている内にそう思う様になっていた。



友達でない、そう言ったのは告白しようとしたからだった、だが彼女はその言葉を聞き直ぐに去ってしまった、その一件以降、気持ちを伝えられないままで居た。



そして伝える事なく、彼女は死んだ。



「どうしたの?手が震えてるわよ」



「うるさい」



意思なんてない、ルーフェウスが勝手に喋らせているだけ……私は早くこの謎の空間から抜け出してアルラ達を助けるだけだった。



「そう言えばいつも愚痴ってたよね、家に閉じ込められて退屈って」



エレナはアルテナの反応を見ることもなく、続け様に口を開いた。



「ねぇ、この勝負に私が勝ったら外で遊んで見ない?」



くだらない約束、あの頃に言ってくれていれば何か変わったのだろうか。



分からない……だが偽物エレナが言ったところで何も変わらなかった。



「拾って、終わりにしよう」



落ちた剣を指してアルテナは告げる、これ以上は辛い……気がおかしくなりそうだった。



「分かった……アルテナは私の事が嫌いなの?」



仕方なさそうに剣を拾い上げると悲しげな顔でエレナは尋ねる、その表情にアルテナは唇を強く噛んだ。



「大っ嫌いよ」



「そっか」



エレナの顔はもう見なかった、酷い事を言ったのは分かっている……だが偽物のエレナに本当の気持ちを伝えたところで意味はない、それに彼女は殺さなければならなかった。



互いに言葉は交わさずに剣を構えた。



距離を詰めるエレナ、大振りな一撃を最小限の動きで去なすとエレナは体勢を崩す、腹部がガラ空きだった。



刀を振り切る、肉を斬る嫌な感触が手に伝わって来た。



「やるじゃない……でも、まだまだ!」



何も諦めて居ない、主人公の様な眼差しで立ち向かってくる、あの頃と変わらず……敵うはずもないのに。



非力なエレナの一撃を弾き再び斬りつける、実力差は歴然……だが致命傷を上手く避ける所為で痛めつけているだけだった。



これ以上、あの頃と同じやり方をして居てもエレナを傷つけるだけ……もう、終わりにしよう。



「あの頃から私は成長した……エレナ、私の全力……受けて貰うよ」



刀でゆっくりと手のひらを切った。



「そう来なくっちゃねアルテナ!!」



アルテナの全力宣言にエレナの表情は凄く楽しげで、嬉々として居た。



滴り落ちる血をエレナへと目掛け飛ばす、血は鋭利な棘となり襲い掛かる、無数の血を防ぐ程彼女の剣術は優れて居なかった。



血を投げたと同時に距離を詰める、私が死ぬ訳でも無いのに彼女との思い出が駆け巡って居た。



思い出と言っても戦いばかり、本当にライバルと言う言葉がよく似合う関係性だった。



もし、好意を伝えていればどうなったのか……今考えても無駄な事だった。



「強くなったわね……アルテナ」



「色んな出会いがあったからね」



「退屈からは抜け出せた?」



「心配しなくても……私にも友達は出来たよ」



「良かった」



エレナの最後の表情はとても穏やかだった。



胸を突き刺した刀の感触が手に残る……気が付けば辺りはレジスタンスのアジトに戻って居た。



「楽しんでもらえましたか?」



椅子に座り待っていたルーフェウス、隣を見ると隼人が座っていた。



「あれは何だったの?」



「いわゆる精神攻撃ってやつですよ、私は精神魔法と幻術を得意としてましてね、精神世界で出会ったエレナはアルテナの記憶に基づいて創られた存在なんですよ」



「もし私が負けてたら?」



「死ですよ、私は直接戦闘が苦手なのでそこでエレナに殺されてくれれば良かったのですが、まぁたまには直接やるのも良いかもしれませんね」



楽しげに笑ったかと思えば睨みつけてくる、直接戦闘が苦手だと言っていたが彼は仮にも団長を務めていた男、私の記憶では剣の腕もそれなりにあるはずだった。



精神世界とは言え、疲労は溜まっている……二連戦は流石に厳しかった。



「それじゃ、最後の決戦と行きましょう」



鎧を脱ぎ捨て身軽な格好になると剣を構えた。



何故鎧を脱いだのかと言う疑問が残るがアルテナは刀を構えるとゆっくり正面から位置を移す、レジスタンスには椅子や机などの障害物が多かった。



「実戦の緊張感は長らく味わって無いですね」



「ずっとこの国で何をしてたの」



「何をしてたですか……ジルガルデス達と退屈な日々を送って居ましたよ」



「国民が苦しんでいる中?」



「国民?あぁ、そうですね」



ルーフェウスの返事が少し引っかかる、だが話しに気を取られている様子だった。



「ルーフェウスが生きていた時、嬉しかった……だけど今は逆の気持ちよ」



机を蹴り飛ばすと同時に距離を詰める、蹴り飛ばされた机をルーフェウスは足で止めるとアルテナはその上を滑り剣を持つ手を蹴り飛ばした。



完全に隙だらけの胴体目掛けて刀を振り下ろす、だが全く手応えが無かった。



「凄いアクロバットな動きですね、やはり実力はアルテナの方が少し上見たいですね」



後ろからルーフェウスの声がした。



全く手応えのなかったルーフェウスが煙となって消えて行く、幻術……全く違いが分からなかった。



机を足で受け止めるのは実体が無いと出来ないはず、剣を蹴り飛ばした時も実体はあった……いつから幻術だったのかすら分からなかった。



目の前で話してるルーフェウスも本物なのか分からない……幻術、思っている以上に厄介な魔法だった。



「直ぐ終わらせても面白く無いので……じっくり痛ぶりましょうか」



ルーフェウスの姿が6人に増える、本物がどれかなど到底分からなかった。



それぞれ違う挙動、ルーフェウスの癖が分かれば本人と見分けられそうだがそれ程彼の事は知らなかった。



ルーフェウスは私と言うよりも王である父と長く時間を過ごしていた、彼の癖がわかるほど親密では無かった。



六体の分身のうち、二体が距離を詰めて来る、咄嗟に腰に掛けていた剣を抜くと片方のルーフェウス目掛けて投げつける、だが剣はすり抜けて壁に突き刺さった。



後は幻、前の攻撃を防げば一先ずは凌げる……その筈だった。



前のルーフェウスが振り下ろした剣を否してガラ空きの腹部に一撃を入れる、その瞬間煙となって幻は消えるが激しい痛みを背中に感じた。



背後には剣が通り抜けた筈のルーフェウスが立っている、確かに幻の筈だった。



剣は壁に突き刺さっている……すり抜けたのは間違いない、だが傷を受けたと言う事は幻では無かったと言う事だった。



「良い一撃が入りましたね」



複数の声が重なり気持ちが悪い、恐らくルーフェウスの生み出す幻は実体を持っている様だった。



ただすり抜けがイマイチ分からない、何かの魔法を自身にかけているのか……予想以上にルーフェウスは強かった。



ふと地面に横たわるアルラが視界に入ってくる、苦しげな表情……タイムリミットはあまり無さそうだった。



「さて、どう攻略するかな」

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