第222話 家族

光に包まれる視界、異様な程の熱気……ミリスティナは今まさに大爆発を起こそうとして居た。



苦笑いすら浮かばない程の魔力が彼女の元へ集まっている、それこそ街丸ごと吹き飛ばせる程の魔力量だった。



「どうしたものか」



どう切り抜けるか、そんな事を考えてみるがアウデラスを保護する為に魔力を使った時点で覚悟は決めて居た。



此処で私は死ぬ……変えられない、まごう事なき現実だった。



だが恐怖は無い、自業自得だ。



数え切れない程の命を私は無意味に奪って来た、ミリスティナの家族も同様に……死んで当然だった。



「私も、丸くなったな……」



殺した者への罪悪感があるなんて昔の、シャナと出会う前までの私には考えられない事だった。



シャナと出会い、大切な物と言うのを知った……人で言うなら家族、それが私にも出来た。



シャナを失ったら私はどうなるのか、想像も付かない。



間違いなくミリスティナの立場なら私は自分を許さず、出来るだけ残酷な方法で殺すだろう。



一瞬で死ねるだけ私はまだ幸せなのかも知れない。



ふとエレスティーナに虐げられて居た頃の記憶が蘇って来る、まだ生まれて50年程……私には治癒の才能しか無かった。



女神は勿論、他の天使も治癒程度なら自分で出来る、それが特化した所であまり意味はない、求められて居たのは強さ……それが私には無かった。



ずっと一人だった、ずっと孤独だった……恐らく生まれた時から私は歪んでいた。



虐げられて居たから弱者を痛ぶるのが好きだった、愛された事が無いから人を簡単に殺せた……それが私、リリィ・アクターズだった。



誰が見ても正義は彼女、ミリスティナにある……私は死んで当然の天使だった。



ついさっき、死の覚悟は決めたと言った……だがその発言を取り消したい。



私はまだ生きたかった、シャナと……もっと時を過ごしたかった。



生に執着する人を馬鹿にして来た私がそんな事を思うなんて恐らく誰も予想しなかっただろう……だがシャナを一人にする訳には行かなかった。



「消え失せろ、リリィ」



ミリスティナの身体がより一層光を放つ、爆発寸前の様だった。



生きたい……そう思ったは良いがこの状況を打破する策は無い、一先ずシャナの写真を燃えない様ポケットにしまうと何かが手に当たった。



「何か入れてたかな?」



手に当たる物をポケットから取り出す、紅く不気味に光る結晶……エレスティーナの血晶だった。



奪ったあの時から存在を忘れて居た、今や逆転の一手になるかも知れない……だがリリィの表情は曇って居た。



理由……それは結晶を取り込む事による副作用だった。



そもそもエレスティーナは天使の結晶を馬鹿みたいに取り込み続けて居たが元々天使は女神に生み出されし者、力が彼女の元へ帰っているだけであり、取り込むのに代償は無かった。



だが天使は違う、そもそも天使が女神の力を取り込むと言う事は歴史上一度も無い……女神が死ぬと言う事がまず有り得ないのだから。



強さと言う面もあるが女神は基本慈悲深く、配下の天使から尊敬され、愛される存在……私から恨まれて居たエレスティーナが例外過ぎたのだ。



兎も角、結晶を取り込めば強大な力に死ぬ可能性もある……ミリスティナに勝ったとしても死んでしまえば意味が無かった。



紅く煌めく結晶を眺めながらリリィは笑みを浮かべた。



「此処まで追い詰められるとはね」



エレスティーナの力に頼る日が来るとは思っても居なかった……正直吐き気がする、だが我儘も言って居られなかった。



「遺言は?」



爆発の準備を整えたミリスティナが問い掛ける、凄まじい熱気に治癒魔法を解けば一瞬で皮膚が爛れそうだった。



「遺言ねぇ」



何かキザな上手い言い回しを考えてみるが何も思いつかなかった。



「そう……じゃあ死ね」



そう言い放ち魔力はミリスティナへと集約して行く、迷っている暇は無い。



リリィは持っていた血晶を口に放り込むと噛み砕く、それと同時にミリスティナは大爆発を起こした。



辺り一帯の森と街の一部が木っ端微塵に吹き飛ぶ、とてつもない魔力を一気に解放したミリスティナは所々火傷を負い、息を切らしその場に膝をついた。



「また……魔力を溜めるのに時間が掛かりそうね」



あまりの魔力消費に嘔吐する、だがミリスティナの表情は嬉々としていた。



ようやく父と母の仇を取れた、親から貰った大切な身体を改造してまで強さを手に入れた甲斐があった……やっとリリィを殺せたのだ。



やがて辺りを舞っていた煙が薄くなって行く、微かに見える一人の人影にミリスティナは固まっていた。



「凄い爆発だ、せっかくの右手が火傷しちゃったよ」



涼しい顔をしたリリィがそこには立っていた。



「な、なんで……」



彼女からあの爆発を防げる程の魔法を張る魔力は感じられなかった、勝ったのは私の筈……なのに立場は完全に逆転していた。



「ちょっとした秘策さ」



火傷した右腕を一瞬にして治癒する、背中には大きな純白の羽が生えていた。



憎み、殺したい程の相手なのに美しい、そう思ってしまうほどに神々しい姿へとリリィは変わっていた。



「羽があるなんていつ振りだろうね」



エレスティーナに羽をもがれ、エレスティーナの血晶によって羽を取り戻す……不思議な気分だった。



「何回でも……殺してやる」



瞳に宿る炎はまだ消えていない、勝ち目はない筈なのに立ち上がる……彼女の憎しみは予想以上に強い様だった。



まるで物語の主人公の様……此処で悪である私が負けるのが普通なのだろうがそれはもう有り得ない。



炎の拳を纏い殴りかかって来る彼女の攻撃を光の壁を出し防ぐ、そしてゆっくりと左手を天に掲げた。



その瞬間辺りに影が落ちる、無数もの影が……空を見上げると数百、数千……数えるのも嫌になる程の光の矢が空で待機していた。



残り僅かの魔力、防げる筈のない絶望的な数の矢……ミリスティナの瞳に宿っていた炎は消える、彼女の心は完全に折れてしまった。



「なんで……」



その場に座り込み天を仰ぐ。



「なんで……なんで私が負けるんだよ!!」



感情を剥き出しにして子供の様に叫ぶ、地面の砂を握り締め適当な方向に投げ捨てる、もう彼女に戦意は無かった。



「こんなの……理不尽だ」



死にそうな程の痛みに耐え、地道な特訓を重ね耐熱魔法による耐熱温度を上げ、身体に魔力のコアまで埋め込んで魔力量を増やした、やれる事は全てやった……現に勝ちの一歩手前までは行く事が出来た……なのに私は敗北した。



何故……父を、母を殺した悪が何故のうのうと生き、私が敗北するのか、世の理不尽さにリリィは涙が止められなかった。



アドレナリンが切れたのか先程の大爆発で負った火傷が痛み出す、風が吹くと激痛が走った。



「もういい、殺して」



その場に寝転がり覚悟を決める、父と母の元へ行ける……そう考えれば少しは気持ちが楽だった。



「昔の私なら言われる前に殺していたけど……生憎変わってしまってね、無抵抗の相手を殺すなんてしないさ」



そう言いリリィが治癒をしようと一歩近づく、その瞬間ミリスティナの何かが切れる様な感覚がした。



「何が……変わっただ」



「ん?」



近づく手を払い除け、立ち上がる。



「人殺しが変わった所で過去は清算され無い……此処で私を殺さなかった所で家族は帰ってこねぇんだよ!」



もうとっくに掛けていた耐熱魔法の効果は消えていた、今炎の魔法を使えば火傷では済まない……だがミリスティナは再び爆発を起こす為に炎を全身に纏い、集約させていた。



「そんな事しても私は倒せ無いって知ってるよね?」



「さぁね」



その言葉を残しミリスティナはリリィとの距離を詰める、彼女はわかっていない。



先程の爆発もアウデラスへの爆発も私が死な無い程度の魔力解放で行った爆発……だがこの一撃は違う。



残り少ない魔力ではさほどダメージは与えられない、だが全生命エネルギーを魔力に変えて起こす爆発……威力は桁違いだった。



「正真正銘、最後の一撃だ」



そう言い辺りは光に包まれる、爆発の間際、ミリスティナは走馬灯を見ていた。



冒険者の父と元冒険者の母との間に生まれた私……将来の夢は勿論冒険者だった。



幼い頃からヒーローや英雄に憧れ、ランスロットの逸話などは大好きだった。



父からアダマスト大陸の英雄、オーフェンと冒険した話しを聞かされた時は興奮して眠れなかった……冒険者を夢見てずっと鍛錬していた。



父から強さを認められたあの日は今でも忘れられない……任務から帰ったら冒険者体験としてクエストに連れてってくれる約束もしていた。



だがそれも叶わぬまま、父は死んだ。



走馬灯に最後に映ったのはリリィが父のペンダントを笑いながら投げる光景だった。



だが爆発の寸前、視界に映ったのは苦しげな表情を浮かべるリリィだった。



「なんで……そんな顔するんだよ」



その言葉はミリスティナの爆発音に掻き消され、意識は途絶えた。



「流石生命エネルギーを使っただけあって、凄い爆発だったね」



地面が抉り取られる様な爆発、リリィを覆う光の膜は若干ひび割れていた。



ミリスティナの最後の表情……怒りと言うよりも悲しみだった。



「家族……か」



若干燃えたシャナの写真を手に、リリィは天を仰いだ。

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