第205話 新たな客
身体が悲鳴を上げている。
圧倒的なスピードでウルスに蹴りを入れ吹き飛ばすと飛んで行った方向へと先回りし、顔面を殴る、だが彼は二度目は吹き飛ばずに耐えた。
「甘い!!」
魔法で何重にも強化された拳が隼人の肋骨をへし折る、ただでさえ黒雷の影響でガタが来ている身体へさらにダメージ……限界はとうに超えて居た。
苦しい。
折れた肋骨が肺に刺さったのか、吐血する、視界も霞む……だが殴る手を止めなかった。
身体強化魔法は掛かっているものの、戦いはただの純粋な殴り合いへとなって居た。
互いに培って来た技など使わず、幾度と無く向こうの世界で見て来た殴り合い……何故そんな戦いになっているのかは自分でも分からない。
小細工をしようと思えばお互い出来る……だが互いに敬意を払い、攻撃魔法を使わずに殴り合って居た。
「パワーが足りませんな!!」
「効かねぇよ!!」
隼人の拳がウルスの顔面を捉える、久し振りに良い一撃が入った。
これは……
過去の記憶が蘇る。
とある国王とチェスをしている場面が浮かぶ、懐かしい……何百年前の記憶だろうか。
いや、そんな事よりもこんな記憶が蘇るという事は走馬灯を見ているのだろうか。
「思ったよりも……身体に疲労が溜まっている様ですね」
ウルスの言葉に隼人は笑みを浮かべた。
「切り札ってのはこういう時に使うんだな」
「切り札……?」
視界から隼人が消えた。
気が付けば宙に浮いている、そしてまた気が付けば地面へと叩きつけられて居た。
何が起こったのかも分からない……そして衝撃が遅れてやって来た。
「これは……耐え……」
あの僅かな時間にどれ程の攻撃が繰り出されたのか……実時間は5秒程度だが数十分間殴られているかの様に錯覚するほどの攻撃だった。
だが……辛うじて耐え切るとウルスは立ち上がった。
「まじ……かよ、立つのかよ」
もう隼人は動けなかった。
今までの黒雷と身体強化魔法は筋肉を微かに傷つける程度だが動けなくなる程の傷では無かった……切り札の魔法は身体強化魔法の限界を超えて120%の力を引き出す……その代償として筋繊維はボロボロになり、魔法を使った後は下手すれば数週間は身動きが取れなくなると言った魔法だった。
だがその魔法を使ってもウルスは倒せなかった……これには例え裏切り者だとしても賞賛を送るしかなかった。
「流石の私も……ギリギリでしたよ」
足がふらついて居た。
「終わり……ですね」
ウルスは光の槍を生成し、隼人の胸に突きつけた。
此処までして勝てなければ諦めるしか無かった。
「隼人さん!!」
「アルラ……良いんだ」
駆け寄って来ようとするアルラを制止する。
死は怖い……だが俺も男、みっともなく生に縋りつき、命乞いをする程に落ちぶれては居なかった。
「潔いですね……お別れです」
色々と災難続き、順風満帆な異世界生活とは言えなかったが……少なくとも向こうの世界に居た時よりは楽しかった。
ウルスが槍を構える、死を覚悟し隼人は瞳を閉じた。
「嫌です!!隼人さん!!!」
アルラの声が響き渡る……欲を言えばもう少し異世界美女を満喫したかったが……仕方ないだろう。
死を目前にして意外と余裕がある事に自分でも驚く、もしかするとまた転生が待っているかも知らない、そんな淡い期待も抱いて居た。
だがいつになっても死は来ない、するとふと顔に何か水滴が落ちて来た。
「何が起こってるんだ……?」
閉じた目を開くとウルスが変わらずに立っている、だがその胸に刀身までが真っ白な剣が突き刺さって居た。
不意の出来事を目撃し混乱する、何故ウルスが攻撃を受けているのか、アルラに視線を向けるが彼女もまた混乱して居た。
状況が理解出来ていない隼人の耳に聞いた事のないウルスの荒々しい声が響いた。
「アルラ!!隼人さんを連れて逃げなさい!!!」
「待て何が起こって、ウルス……」
ウルスに事態を聞き出す前にアルラが隼人を抱える、そして素早くその場から離脱した。
遠ざかって行くウルスの背中、ふと彼の姿が光に包まれた。
「隼人さんを頼みましたよ……アルラ」
そう告げたウルスの姿は隼人を鍛えたルースの姿と瓜二つだった。
そして、何故か悲しそうな表情をしていた。
それが最後に見たウルスの姿だった。
「待て、待ってくれアルラ、ウルスの事を俺はまだ……何も知らない!!」
遠ざかる姿、アルラに必死で訴えるが身体は動かない、ふと彼女の身体が震えていた。
「本当に……不器用な方ですよ」
「アルラ?」
アルラは泣いていた、出来事の多さに頭がパンクしそうなほどに混乱する、そして戦闘が終わりアドレナリンが切れたのか、急に意識が朦朧とし、遠のき始めた。
「くそっ、訳わかんねぇよ……ウルス」
最後にルースの姿に変身したウルスが見せた涙……あの表情が頭から離れなかった。
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隼人とアルラの背中が遠のいて行く。
「どうやら……逃げれた様ですね」
「別に逃さずともあの二人は殺さないですよ、飽く迄も……狙いは貴女なのですからウルスさん」
茂みから姿を表したのは真っ白な鎧を身に纏った金髪の青年、シャルティンだった。
「ずっと……この時を狙っていたのか」
「えぇ、この世界で唯一私の脅威となるのが貴女でしたから」
してやられた、ずっと騙せて居たと思っていたが……騙されて居たのは私の様だった。
「元から、消すつもりでしたか」
少し冷静になって考えればわかる事だった、隼人を裏切る様に持ち掛けられた2年前から……ずっと私はシャルティンの掌で踊らされて居たと言う訳だった。
「満身創痍の貴女になら勝てますよ……ウルスさん」
シャルティンの言葉にウルスは今までに見せたことの無い邪悪に満ちた笑みを浮かべた。
「吐かせ小僧が、1500年の魔力……力、死すら生温い地獄を見せてやろう」
少女の姿にも関わらず圧倒的な威圧感と圧にジャルティンは思わず苦笑いを浮かべた。
「流石としか言いようが無いですね」
そう言いつつもウルスに突き刺した剣を手元に召喚する。
「いずれは隼人さんの前に立ちはだかる敵、ならば此処で消す」
そう言いウルスの眼球が真っ白になり、抑えきれなくなった魔力が辺りに満ち溢れ巨大な魔力の柱を作り出す、そして空に満ちて居た雨雲すらも消し去った。
「これは……素晴らしいですね」
1500年の魔力に敬意を表し、シャルティンは拍手を送った。
「隼人さん……必ず戻ります」
ウルスはそう告げると一歩足を踏み出した。
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