第206話 何者でも無い者
「しかし、人間嫌いのウルスさんが人間を慕い、その人間の為に戦うとは驚きですね」
全力の攻撃を受けながらまだ喋る余裕がある事に驚きを隠せない、初めてシャルティンと出会った時、只者では無い雰囲気は感じて居たがこれ程までに強いとは思っても居なかった。
「隼人にそれ程の価値があるんですか?」
「価値……ですか」
確かに私は隼人から何かをしてもらった事はない、隼人とアルセリスが違う事も知っている。
ならば何故彼を守るのか……真実を知ってしまったと言う理由もある、そしてとある方との約束もある。
だが一番の理由は一度裏切った私をまた仲間として……迎えようとしてくれた事だった。
恐らくあの人は私に勝った時に言おうとして居たのだろう……ただ、生憎私は心が読める、本当に優しすぎる人だった。
恐らく私は此処で死ぬ……だがただでは死なない。
「守る価値ならありますよ、貴方が思ってるより何倍もね」
そう言い身体の中に手を入れると剣を取り出した。
刀身に封印の紙が何重にも貼られた歪な剣を目にシャルティンは首を傾げた。
「不思議な剣ですね」
「貴方を殺す剣ですよ」
そう構えて言うウルス、その言葉に笑みを浮かべた。
「それは楽しみだ」
そう言い少し壊れかけて居た鎧を再生し兜を被ると剣を構える、此処からが本番の様だった。
魔法を使う様子は無い、剣片手に距離を詰めて来るシャルティン、正直過ぎる攻撃が逆に怖かった。
剣を弾き距離を取る、勝つ事が目的では無い。
「どうしたのですか?魔法はもう使わないのですか?」
シャルティンの問い掛けに答えず剣を構える、チャンスは一度きり……それを逃せばもうチャンスは訪れない。
「無視ですか……傷付きますね」
ゆらっとした剣の構え方をする……来る。
脱力した状態からの加速、凄まじいスピード……だが読んでいた。
シャルティンが通過した地面に魔法陣が浮かび上がり鎖が身体に巻きつく、突然の出来事にシャルティンも驚いて居た。
だがサプライズはこれで終わりでは無い。
「まだまだ驚くのは早いですよ」
ポケットから一枚の魔紙を取り出すと破り捨てる、その瞬間膨大な魔力がウルスの手に集結した。
「魔紙も捨てた物では無いですね」
「お見事」
そう言い笑うシャルティン、何処までも余裕を見せ癪に触る奴だった。
「これで終わりだ!!」
発動させた魔法をシャルティン目掛け放出する、魔法は彼に当たった途端大爆発を引き起こした。
天へと舞い上がる火柱、確実に殺意を込めた魔法だった。
「しかし理解出来ませんね……魔法は効かないと知らなかったのですか?」
火柱から鎧などは砕けようとも無傷で姿を表すシャルティン、だがウルスは驚きも見せず既に距離を詰めて居た。
「な!?」
魔法など囮に過ぎない、彼が魔法をどんな原理で無効化してるのかは分からない……化け物の様な力を持った私ですら理不尽と思う。
だがあの方から教えてもらった、シャルティンの情報を……ずっと準備して来た、彼を殺す。
「これで……終わりだシャルティン!!」
爆煙の中から姿を表すウルス、迫る剣を交わそうと動くが鎖が邪魔をして動かなかった。
「まず……い!!」
漸くシャルティンの表情に焦りが見えた。
剣はシャルティンの身体を斬り裂く……だが傷は浅かった。
「くっ……危なかった、私に傷をつける武器があるとは……初めて死を感じたよ」
鎖を解き胸に負った傷を治癒しようとする、だが傷は癒えなかった。
「傷が……癒えない?」
困惑するシャルティン、チャンスだった。
「迂闊でしたねシャルティン……」
初めて負った傷、それに加えて癒せない謎の剣……恐らく彼は過去に無いほど混乱して居る、二度とチャンスは訪れないと言ったがこうも早くまた巡って来るとは予想外、だが嬉しい誤算だった。
今度は確実に仕留めるべく喉元目掛け剣を突き刺そうとする、だが違和感を感じた。
あまりにもガラ空き過ぎる。
そして足を一歩踏み込んだその時、魔法陣が発動した。
「掛かった!!」
無数の剣が身体を貫く……動揺した振りをして誘き出された、恐らく設置したのは爆煙が上がった時……逆に利用された。
だが……このまま死ぬ訳には行かない。
「せめて……この剣を隼人さんへ」
微かに残っている魔力で空間魔法を発動すると剣を放り込む、そして直ぐに閉じた。
「……剣は逃しましたか、ですが貴女を葬れた、それだけでも良しとしましょう」
そう言い背を向ける、最後に彼に聞きた事があった。
「少し待ってください、この姿を覚えてないのですか?」
「この姿?」
ウルスの言葉にシャルティンはウルスの姿を見るが首を横に振った。
「知らないな、そんな少女は」
その言葉にウルスは唇を噛んだ。
「なめ……やがって……」
去るシャルティンの背中に中指を立てる……1500年の人生、長かった。
人間は愚か、そう思い、時に滅ぼそうとも思った……だがあの方と出会い、隼人さんと出会った……そう悪い人生では無かった。
欲を言えば……もう少し旅をしたかった。
だがそれももう終わり、シャルティンを殺せなかったのは悔やまれるが隼人さんが必ずやってくれる筈だった。
「やっと……そっちへ行けますね」
そう言いウルスは雨が再び降り始めた空へと手を伸ばす、雨が冷たい。
ルースだった身体は徐々に崩れ始め、そこには何者でも無い人の形をした何かが転がって居た。
「こんな醜い姿でも……隼人さんはきっと仲間と呼んでくれるのでしょうね」
ドッペルゲンガー、何者でも無い姿となったウルスは最後にそう呟くと微笑み、息絶えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます