第192話 吸血鬼の王

「吸血鬼……か」



ボコボコになった吸血鬼の頭部を眺め呟く、ここから東へ40km、その先に吸血鬼の根城である古城があるとの事だった。



避けて目的地に向かうべき……そう分かっては居るのだが吸血鬼、この世界に来て初めて聞く種族に好奇心が止まらなかった。



リカが武器として力を貸してくれているのもあり守られる立場では無くなった……自分の力を試す、そう言った意味でも戦いたかった。



ふと東の方角に目線を向けると全く気が付かなかったが微かに街の明かりが光って居た。



こんな所に街……だが休むには丁度良さそうだった。



「あの街で今日は休まないか?」



街の方角を指差し提案する隼人の言葉に皆賛同する、出発してからずっと歩きっぱなしでろくに休憩もして居なかった。



その事もあり皆なんの疑問も持たずに街へと向かって行く、だがアイリスはとある疑念を抱いて居た。



カバンから地図を取り出すと今まで通って来た印の付いている場所を辿る、遺跡までにある街は一つ、そしてその街まではまだ70km以上はある筈だった。



地図には記されて居ない、だが視線の先には街明かり……少し気になっていた。



「どうしたのアイリス?」



皆から少しだけ距離の空いた場所を歩いているアイリスに少し心配してシャリエルが話し掛ける、彼女に言うべきなのだろうか……少し悩むが地図に街が表記されない事自体はそれ程珍しくも無い、気に掛ける程の事でも無い筈だった。



「何でもない」



「……そう?」



アイリスの言葉に少し首を傾げる、いつも無表情であまり考えてる事が分からない彼女だが何か気になる事があるのは分かった。



だが言わないと言う事は大した事じゃないのだろう。



「早く行かないと置いてかれるわよ」



そう言い手を引くシャリエル、その時不意にアイリスが口を開いた。



「シャリエル、ありがとう」



突然の感謝、照れよりも困惑が勝っていた。



「な、なによ急に」



「気まぐれだよ」



そう言い笑みを見せるアイリス、何かおかしかった。



「ねぇ……」



「お二方!置いてかれますよー!!」



シャリエルの言葉はサレシュの呼び声に掻き消された。



「早く行こシャリエル」



そう言い握ったままだった手を握り返し今度はシャリエルの手を引くアイリス、彼女と出会ってそこそこ時間が経つが中々珍しい事だった。



アイリスからのスキンシップはあまりない、正直な話し困惑もあるが嬉しさが勝っていた。



「本当あんたって不思議なやつね」



アイリスの手を握り返し、シャリエルは微笑んで呟いた。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



吸血鬼の襲撃から少し経ち、何事も無く街の宿屋に着いていた。



ロビーに集まり談笑をする者や今後の流れについて話す者が居る中、アイリスはずっと窓の外を眺めていた。



空に浮かぶ綺麗な満月、いまいち隼人達に馴染めなかった。



シャリエルは相変わらずコミュニケーション能力が高いようだが私は彼女とは違う、シャリエルと出会わなければ恐らくずっと1人だった。



空を流れて行く雲を眺める、この大陸に来て多くの人が亡くなった……十字架をきって空に祈る、誰が死んでもおかしく無い世界、いつまでも悲しんでは居られなかった。



私も一歩進む……その意味も込めてアイリスは隼人達に話し掛けようと背後を振り向く、だが皆んな気絶したかのように眠っていた。



全員が一気に眠るのは明らかに不自然、咄嗟にハルバードを持ち上げ辺りを警戒する、何故私が眠らなかったのかは分からない……だが敵が居るのは確かだった。



「そう怖がる事はない麗しき少女よ」



カツカツと足音を立てながら2階から何者かが降りてくる、姿が見えずとも圧倒的な強者のオーラに少しアイリスは怯んでしまった。



だが直ぐにハルバードを強く握りしめる、皆んなを護れるのは私だけだった。



「誰」



普段は小さくて聞き取れないアイリスの声が静かな宿屋に響いた。



「私はカイン・ハースト、吸血鬼の王……とでも言っておきますかね」



そう言い長身に白髪の男が姿を表す、一見すると美形の男だが肌が恐ろしく白かった。



そして感じる圧倒的なオーラ……王と言うのは強ち間違えでは無さそうだった。



「目的は何」



「目的は貴女ですよお嬢さん」



「私?」



アイリスを指差して告げるカインに首を傾げる、何故私などを狙うのか……疑問は尽きないが吸血鬼の王相手に何処までやれるか分からなかった。



ハルバードを構え臨戦態勢に入る、するとカインは両手を上げた。



「おおっと、私には闘いの意思はありませんよ、ただ貴女が着いてきてくれないと言うのならば……別ですがね」



そう言い静かに睨む、凄まじい圧……だが彼の言った通り殺意は感じられなかった。



「一体何が目的なの」



「私の目的はただ一つ、貴女ですよ」



「それはさっきも聞いた」



話に進展が見られない、取り敢えず私が大人しく着いていけばシャリエル達に危害は加えない様子だった。



「本当に何もしないのね」



「もちろん、私は約束だけは守りますから」



そう言い不敵な笑みを浮かべるカイン、正直何をされるか分からない以上着いて行きたくは無いが仲間の為……仕方なかった。



「分かった、着いていく」



そう言いハルバードを手放す、するとカインはそれを拾い上げアイリスに手渡した。



「これは持っておいて下さいね、それではこちらへ」



そう言い宿の外へと出て行くカイン、気が付けば空の満月は紅く染まっていた。

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