第160話 アイルツェラト国

オイルの匂いに鼻が曲がりそうになる。



空気も悪く至る所から聞こえて来る騒音、アダマスト大陸には存在しないタイプの国だった。



自然を大切にしない……その代わり文明はアダマストよりも進んでいる様子だった。



「珍しい機械が多いでしょ」



至る所から聞こえる稼働音、人の数よりも機械の数が多い位だった。



見慣れない景色に目移りする、だが機械音がうるさくて落ち着かなかった。



心なしか周りの人々の視線も冷たい、どうやら誰でも歓迎する国民性では無さそうだった。



「そう言えばこの国に教会はあるのですか?」



数十分街を歩き続けても見当たらない教会にサレシュが疑問を投げかける、確かにセルナルドには2.3軒教会がある、だがこの国はそれらしき物が見当たらなかった。



「教会?無いよそんな物は」



「教会が無い?」



サレシュは驚きと言うよりも困惑していた。



向こうの大陸ではあって当たり前の物、それが無いと言うのだからこの反応も無理はない。



彼女の反応にルブールは少し笑っていた。



「もしかして君達は神を信じてるの?」



「信じてるも何も、神は存在しますし……」



雷神や女神から暗黒神、多種多様な神は確かに存在している。



だがサレシュの言葉にルブールは呆れた表情を見せた。



「神なんて信じた所で何もしてくれない、それよりも自分達の可能性を信じて国を発展させた方が正しいと思うな」



「いいえ、それは間違っています、神を信じる者には必ず恩恵は訪れる……貴方達は信仰が足りなかっただけでは?」



「信仰が足りないねぇ……まぁ信じ続ければ良いさ、神様って奴をね」



そう言いサレシュから視線を外すルブール、二人の空気感は険悪そのものだった。



神を余程信じてない辺り、この国は過去に何かあったのだろう……神、主に雷神に助けられっぱなしの自分としては理解し難いが色々な人間もいるものだ。



「見えてきたよ、あれが僕達アイルツェラト国が誇る要塞とも言われている城だよ」



ルブールが指差す先には城と言うには余りにも無機質な鉄に覆われた建物が街のど真ん中にそびえ立っていた。



20mはある鉄の城壁を前に立ち止まる、圧巻の光景にシャリエルは息を飲んだ。



「こりゃ攻め落とそうとしたら数年は掛かりそうだな」



別行動していたライノルド率いる兵士達が合流する、見たことの無い城に皆同じような反応をしていた。



「そこの4人だけ来てもらっても良いかな?」



そう言いルブールはグレーウルフのメンバーとライノルドを大きな城門の脇に設置されたドアの中へと入れる、そしてドアをゆっくりと閉めた。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



ライノルドさんやグレーウルフの方達が城の中に姿を消してから4時間、一向に戻ってくる気配は無かった。



一介の兵士に出来る事と言えば酒場で時間を潰すこと位だった。



茶髪の崩れかけたオールバックを掻き揚げながら酒を煽る、ジェイル・クラーソン、私の名前をライノルドさん達は知っているのだろうか。



ただの兵士の私が何故今回の遠征に呼ばれたのか分からない……だがこれはチャンスだった。



雑兵で終わるはずだった人生に舞い込んで来た一筋の光……向こうにいる家族の為にもこれを逃すわけには行かなかった。



「クラーソン、深刻な顔してどうしたよ!もっと飲むか?」



既に真っ赤な顔をした同僚のリルダスが手に持った酒を押し付けて来る、もう既に出来上がっている様だった。



「ったく、お前も少しは緊張感を持てよ」



「そう言うお前はもっと楽しめ!此処でしか飲めない酒だぞ?」



そう言い瓶ごと飲み干す、全くリルダスの酒好きには呆れる。



結婚よりも酒を選び、水の代わりに酒を水筒に詰めて戦争に出掛ける男は一味違った。



こんなふざけた奴だが実力は確か、この酒場にいる皆んなかなりの実力者だった。



そんな中でも数段実力で劣る自分に何が出来るか……酒が入っている影響もあり少しブルーな気分だった。



「ほらほら、もっと飲め!」



違うテーブルで始まる酒の飲み比べに視線を移す、相変わらず賑やかな部隊だった。



アルダにグレサス、ルイセルにフィース……皆んな名前を知っている、何度彼らと戦場を共にしたのだろうか……数えきれない。



その全てを乗り越えた……今回の遠征も彼らとなら上手く行く気がした。



「俺も飲ませてく……」



彼の輪に入ろうとしたその時、酒場の扉が開いた。



皆んなの視線は扉の方に向く、其処には団長達を連れて行った少年が立っていた。



「いやー、賑やかにしてるね」



「確か君は……ルブールだっけ?」



先程まで飲み比べをしていたアルダが彼に一歩近づく、その時、クラーソンの視界が急に赤く染まった。



あまりにも急な出来事に理解が追いつかない、だが次の瞬間、無数の断末魔が聞こえて来た。



そして視界が晴れた頃にはルブールの右手にリルダスの頭が握られていた。



「呆気ないなぁ、もう少し骨のある奴は居ないの?」



そう言いリルダスの頭を放り投げる、床に転がった仲間達の死体……理解ができなかった。



何が起こったのか、数秒も経ってない内に皆んなが殺された。



「ねぇ君、剣を握りなよ」



ルブールの声に身を震わす、俺が剣を握れば殺される……死にたく無かった。



「な、なぁ……許してくれ、俺たちが何をしたかは知らない……だが何でもする!だから……」



「うるさいなぁ、君達は何もして無いさ、ただ……これから先、何かするかも知れない、その前に先手を打ったまでだよ」



ルブールはそう言うと剣を軽く振った。



その瞬間、床に何かが落ちる音が聞こえた。



ポトッ。



音に視線を向ける、其処には腕が落ちていた。



走る激痛……だが叫び声を上げようとした瞬間、ルブールは布を口の中に押し込んだ。



「うるさいのは好きじゃ無いんだ、悪いけど黙って」



殺される……そう確信した。



だが、まだ俺は死ぬ訳には行かなかった。



向こうで残して来た妻の為に、8歳の娘の為に……絶対に死ねなかった。



近づいて来たルブールを蹴飛ばすと剣を抜く、そして布を吐き出した。



「悪いが俺は死ねない……生きて帰らなきゃいけ無いんだ」




「まさか抵抗するなんて予想外だよ……でも、生きて帰るのは無理かな」



そう言いルブールは背を向けた。



チャンス、そう思っても体が動かなかった。



気が付けば身体が視界に入っていた。



身体には首が無い……首元に掛けられたペンダント、全てを察した。



もう……国へは帰れない様だった。



「ごめんな……2人とも」



意識は消えた。



「すっげ、首だけなのに喋ったよ」



転がるクラーソンの頭を蹴飛ばしルブールは笑った。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



「ねぇ、お父さんはいつ帰ってくるの?」



「うーん、1ヶ月かな?」



「そっかぁ、帰って来たら教えてもらいたい事があるんだ!」



「何を教えてもらうの?」



母の問い掛けに少女は立ち上がると壁に掛けられた剣を指差した。



「私もお父さんみたいになるの!」



そう言い笑う少女、その微笑ましさに母も笑った。



「そうね……帰って来たら教えてもらおっか!」



「うん!お父さんまだかなー」



窓から遠い月を眺め、呟いた。

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