第161話 唯一の希望
頭が痛い。
視界が暗く何も見えない……ただ、コートを奪われた事だけは分かる。
「誰か居る?」
試しに呼び掛けてみるが声は思ったよりも近くで反響する、手探りで壁をなぞって行くとあっという間に一周した。
かなり狭い部屋、右足には重り付きの足枷……独房の様だった。
魔力を溜めて扉を破壊しようとするが魔力を溜めようとしても全く溜まらない、ふと足枷に目を落とすと魔力が溜めようとした魔力が吸収されていた。
「魔法を使えなくする為の道具……こんな物があるのね」
見慣れない技術に関心する、光も入ってこない独房の中で耳を澄ましてみるが何も聞こえない、アイリス達とは離されている様だった。
完全に油断した。
ルブールに王室と案内された場所には幹部と見られる実力者達が待ち伏せていた、魔紙を破る暇すら無く捕まった……あの人数ならちゃんと戦っても勝機があったかは分からないが完全に警戒を怠っていた。
だが今更反省したところで遅い、次に生かす為には反省も必要だが次があるか分からない状況なのだから。
「誰かいる?」
呼び掛けてみるが反応は無い。
壁に耳を当てても音は聞こえない、相当分厚い鉄の扉……かなり大きな音を出さないと気付いては貰えなさそうだった。
とは言え使える物は重りの鉄球のみ……狭い独房の中で扉から少し距離を取ると思い切り鉄球を壁に打ち付ける、火花と共に独房内に響き渡る轟音、耳が聞こえなくなるかと思う程の音だった。
1回目は反応無し……2回、3回と蹴り続ける、そして20回目にして漸く扉の上部が横にスライドし、光が差し込んだ。
「足枷を打ち付けるとは驚いた」
赤い瞳をした男がコチラを覗く、恐らく幹部に居た一人だろう。
「客人にいきなり酷いじゃない」
「客人か……済まないが今この国には客人をもてなす余裕は無いんだよ」
穏やかな口調で彼は答える、色々と意味がありそうな言葉だった。
「過去に何かあったの?」
ルブールが神を信じないと言ったあの発言、どうもあれが引っかかって居た。
彼個人の意見とも取れるが過去に何か……神を信じても無駄だと思わせる様な事件があったと言うふうにも取れる口振りだった。
「それを君に話す事は無いよ」
そう言い男は小さな窓を閉める、光はゆっくりと消え、また暗闇の中だった。
あれだけ壁に打ち付けても凹んだ様子も無い、おまけに足から血が出ている……これ以上蹴っても無意味だろう。
ゆっくりと部屋の隅に腰を下ろす、今はただ……待つしかなかった。
サレシュの助けを。
「信じてるわよ……」
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血飛沫を上げながらゴブリンを木の幹に叩きつける、右手にはモーニングスター、修道女の服は赤く血に染まって居た。
次から次へと湧いて来る、幾ら倒してもキリが無かった。
だがこんな所で足止めを喰らっている場合では無い……早くみんなを助けないと。
薄暗く光も差し込まない森の中で一人、サレシュはゴブリンと戦い続ける、6人の幹部と要塞の様な城……どうやってシャリエル達を助け出せば良いのか分からなかった。
隠密系の仕事は殆どシャリエルやアーネストがやってくれて居た、私は回復兼アタッカー、こそこそと侵入するのは苦手な性格だった。
だがそんな性格よりも重大な問題が一つ、あの街の情報が何も無いと言う事だった。
街を歩いた限りでは機械技術が異常に発達した国という事くらい……助け出すのに有益な情報は何一つない、それに……国へ残してきた兵士達もおそらく無事ではないはずだった。
正直、助けられる確率はゼロに近い。
「ですが……神の導きのままに私は行くだけです」
モーニングスターを握り締め顔を上げる、信仰心さえ無くさなければ奇跡は起こる、必ず。
気合を入れ直しゴブリンを殲滅して行く、辺りにはゴブリンの死体が増え始め終わりが見え始める、だが油断は出来ない、木々が生茂り見通しの悪い森の中、知能が高くないゴブリンとは言え奇襲の可能性は十分にある。
「これで最後でしょうか?」
見える限り最後の一匹を叩き潰すと辺りを回し耳を澄ませる、ゴブリンに音を立てない様動く技術は無い、数秒……数十秒と時間が経つが辺りは静けさに包まれたままだった。
「敵は居ないみたいですね」
漸く休憩が出来る……そう思った時、微かだが葉が揺れる音が聞こえた。
そして次の瞬間、木々を貫通しながら一本の丸太がサレシュ目掛け物凄い勢いで飛んで来る、頭で状況を理解するよりも先に体は動いて居た。
素早く身を屈めると長いサレシュの髪の毛がふわりと舞い上がる、丁度その位置を丸太が通過すると髪の毛が綺麗に消し飛ばされて居た。
消された髪の毛を触りながら立ち上がる、かなりの距離から信じられない威力……体に当たって居たら死ぬ所だった。
「上手く転移した見たいだが逃げ切るにはちーと距離が足んなかったな」
声がする方向に視線を移す。
遠くから上半身に妙な物を付けた筋骨隆々の男が地響きを立てながら此方へとやって来る、先程の丸太も彼の様だ。
「選ばせてやるよ、此処で戦って死ぬか、大人しくついて来て国で処刑されるか」
「どちらも待ち受けるは死……ですか、それならば私は」
ゆっくりとモーニングスターを構える、残された選択肢は自ら生きる道を切り開くのみだった。
「いいねぇ、俺としてもそっちの方が嬉しいよ!!」
男は嬉しそうに叫びながら地面を蹴り砕き一気に距離詰めて来る、拳を振り上げると妙な機械から蒸気が発生する、そして急に拳のスピードが上がった。
辛うじて交わすが攻撃に転じれない、モーニングスターの持つ手を左へと持ち変える、彼に隙が無かった。
攻撃スピードも威力も桁違い、恐らく機械によってかなり強化されているのだろう……攻撃が出来るシスターが売りの私でも流石にキツかった。
「防戦一方じゃねーか?」
男に余裕が見え始める。
「異国の奴だから楽しみにしてたんだが……がっかりだ」
男はそう言い捨てると再び機械から蒸気を上げる、だが先程よりも遥かに量が違った。
そして一瞬にして目の前まで距離を詰めると拳を振り上げる、避けられない。
(ここで……死ぬんでしょうか)
半ば諦めかけて居たその時、シャリエルに昔教わった事を何故か不意に思い出した。
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「力が強い相手との戦い方ですか?」
「そう、私達は女で男との筋力差は明らか、魔力でもカバーしきれない相手に出会うかもしれないでしょ?」
「そうでしょうか?私は出会った事ないので……」
疑問符を浮かべるサレシュにシャリエルは苦笑いを浮かべる。
「まぁアンタは置いといて、とにかく私はしょっちゅう出会うわけ、其処でとある体術を身につけたの」
「とある体術ですか?」
体術にてんで疎いサレシュは再び首を傾げた。
「そう、相手の力を利用するの」
そう言いシャリエルはサレシュに一発、打ってくるように伝えた。
「行きますよ?」
サレシュは拳を構える、それに彼女は頷いた。
勢い良く突き出された拳、それをシャリエルは手首辺りに少し衝撃を加えて進行方向をずらすと肘を鳩尾に添えた。
だが鳩尾には当たらず、シャリエルは笑った。
「こんな感じ、簡単に見えて難しいけど実用性は完璧よ、後は反復ね!」
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相手の力を利用する……今の状況にはうってつけの技だった。
あれからシャリエルに付き合い何度も訓練した、あの時の状況と全く同じ……私なら出来るはずだった。
迫る拳、迷っている時間は無かった。
チャンスは一度切り……決めなければ死。
「やるしか無いみたいですね」
サレシュは小さく呟くと笑った。
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