第159話 上陸

誰も居ない甲板の上で一人揺れる波を眺める、アイリスもサレシュも船酔いでダウンし退屈だった。



周りは一面海、やる事もない船の上……思ったよりも船での旅は良いものでは無かった。



「ここに居たかシャリエル」



船内からゆっくりと大きな男が姿を現わす、Tシャツ姿のライノルドなんて何年ぶりに見るだろうか。



一度は彼に視線を向けるも直ぐに背ける、まだあの戦いから言葉を交わして居ない故に気まずかった。



出来ればまだ喋りたくない……だがそんな事御構い無しにライノルドは隣に椅子を運び腰を下ろした。



「そう言えばシャリエルに話した事無かったよな」



ライノルドは海の遥か遠くを見つめる。



「何を?」



「俺の家族についてだ」



家族、その言葉にシャリエルは反応した。



ライノルドに拾われた時、彼は未婚と言っていた、それにあの時の家にはそれらしき物も無かった……彼はずっと嘘をついていたことになる。



だが何の為に……



「お前と出会う15年前、戦争で失ったんだよ」



15年前……その時はまだシャリエルの家族も仲良く、平和な時だった。



当然、私は彼の存在も知らない。



「当時は騎士団長では無かったが類稀な天才剣士と持て囃されてな、俺は中隊長として戦争に向かった、結果的に戦争には勝ったが残党が国を襲い……その時に失った、妻と娘を」



ライノルドの言葉にシャリエルはただ黙って耳を傾けるしか無かった。



「目の前で殺された、妻も娘も……天才と持て囃されて居た剣術も通じず、呆気なく俺は負けた……二人を守れなかった」



あの頃の悔しさが込み上げてきたのか、ライノルドの手に持たれていたコップにはヒビが入っていた。



「まぁ……俺が言いたいのは昔話ではない、誰だって一度は思い上がる、そして時には敗北を経験する……問題は敗北した後だ、シャリエル、お前に守りたいものはあるか?」



守りたいもの……そりゃ当然あるに決まっている。



サレシュやアイリス、国のみんなにライノルド……多過ぎるほどに。



「あるわよ」



「なら強くなれ、勿論言うのは簡単……だがシャリエル、お前なら出来る筈だ」



そう言いライノルドは肩に手を置くと立ち上がり背を向ける、強くなれ……本当、簡単に言ってくれる。



だが、魔法の才が無くても強くなれる事は彼が証明してくれた……後は努力あるのみか。



「それにしても……なんか寒いわね」



先程までの陽気な暖かさが嘘の様、半袖が馬鹿みたいに気温が低くなっていた。



「おーーい!大変だ!!」



操舵室からの声……ただ事では無さそうだった。



「何かあったんですか?」



少し顔色の悪いサレシュが船室からよろよろと出て来る、尋ねられた質問には首を横に振った。



「分からない、けど異常があったのは確かね……」



大きな揺れが無い辺り、岩礁にぶつかったのでは無さそう……だが船のスピードは明らかに落ちていた。



「サレシュ、シャリエル、前見て!」



アイリスの言葉に船から身を乗り出し前方を確認する、遥か向こう、凡そ4、50キロ先にある大陸までの海が凍っていた。



海を渡ったことが無い私でも分かる、これは異常だと。



やがて船は氷に着けるよう止まった。



氷の大地に船から飛び降りる、しっかりとした地面……割れる心配は無さそうだった。



「氷で海が凍るなんて凄いですねー」



感心するサレシュ、確かにこれだけの範囲を凍らせるのは人間と言うよりも化け物に近い領域、感心するのも無理はない……だが問題は凍らせた人物、敵対する事だけは避けたかった。



「まーた来訪者か、しかも今度は凄い数だな」



何の気配もなく突然聞こえる声、いつ現れたのか、視界には真っ白な髪の毛の美少年が立っていた。



腰には刀、だが抜く気配はない。



懐に手を突っ込むと少年は手を挙げた。



「おっと、僕は戦う気無いよ、けど念の為……君達は敵かな?」



そう首を傾げ尋ねる、ただの少年にも見えるが何処と無く……只者では無いオーラを感じた。



彼の言葉に答えないまま時間が過ぎる、すると少年の目付きが変わった。



「二度は言わせないで欲しいなぁ、君達は……敵じゃ無いよね?」



彼の目付きにシャリエルは一瞬怯む、これで確信した、彼は只者では無い。



「違う、大陸を隔てる結界が無くなったから調査に来ただけ、決して戦争しに来た訳じゃ無いわ」



懐から手を出すと手のひらを見せる、敵意が無い事を証明すると少年は笑顔を見せた。



「そっか!じゃあ安心だ、君名前は?」



「シャリエル、シャリエル・ブラッシエル、そう言う貴方は?」



「僕はルブール・エリス、こう見えても副団長だよ」



ルブール、当然ながら聞いたことの無い名だ。



彼はその言葉を残すとシャリエル達に無警戒で背を向ける、そして氷の上を歩いて行った。



「着いておいで、僕達の国に案内してあげるよ」



「僕達?」



ルブールの言葉に首を傾げる、すると彼は手を広げた。



「ほら、みんなだ」



彼の言葉に周りを見回す、また気が付かなかった。



20……いや、30は超える兵士達がいつのまにか周りを囲んでいた。



何処から現れたのか……とにかく、敵意を見せなくて正解だった。



敵意を見せていれば不意打ちでやられていたかも知れない……それに此処は敵地、地形も分からないのでは戦えたものではない。



「それじゃあ、国に行こっか」



ルブールの言葉にシャリエル達は苦笑いを浮かべるしか無かった。

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