第143話 幸せな夢

『人間の割には良くやった』



魔剣は膝をつくシャリエルの首元に剣を当てる、前回戦った時とは比にならない程に強くなっていた。



魔法が効かないから勝てると考えていた自分が馬鹿みたいに……圧倒的な力の前に為す術がなかった。



だが……私の役目は飽く迄も時間稼ぎ、魔剣の気をフィルから逸らす事が目的……それももう果たされた。



「後ろ……気を付けたら?」



『後ろ……だと?』



シャリエルの言葉に魔剣は後ろを振り返る。



ペンダントから発せられた光が集約し剣の形を成している……そこから感じる魔力に魔剣は無意識のうちに後退りをしていた。



「お前には忌まわしい魔力だよな……暗黒魔法とは対を成す聖属性の魔法……お前を封印した時と同じ魔法だもんな?」



『何故……お前が使える、確かに封印される直前、術者は殺した筈……まさか』



魔剣は何かに気が付いた。



『あの術者の家族か?』



「ご名答、俺はお前に殺されたレイルズの弟……と言っても俺は生憎兄とは違い聖属性は無くてね、ペンダントに込められた分の魔力しか無いんだが……それでも十分だ」



フィルは憎しみにも見られる感情に一瞬表情を歪めるも瞳を閉じて瞑想すると心を落ち着かせる、魔剣は使用者だけでなく他人の憎しみも力に変える事が出来る、彼と対峙する時は復讐に駆られては行けない……死んだ兄と共に戦っていたオーフェンさんからの言葉だった。



ペンダントを握り締めるとファルは光の剣を構える、その様子に魔剣は小さく舌打ちをした。



『忌々しい……だが、見方を変えれば此処で聖属性に打ち勝つことで私はまた一つ強くなれるな』



魔剣の声は何処から嬉しそうだった。



「舐めやがって……」



少し苛立ちを見せるフィル、完全にシャリエルは蚊帳の外だった。



だが今私に出来る事は何も無い……ただ、祈るのみだった。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



なさい……



きなさい…………



「アーネスト、起きなさい」



懐かしい声と共に目を覚ます、目の前にはアーネストと良く似た長い金髪の綺麗な女性が立っていた。



「やっと起きた、アーネストは相変わらず朝に弱いわね」



クスクスと可笑しそうに笑う女性……その光景にアーネストは困惑を隠し切れていなかった。



なんて事ない朝のワンシーン……そんな風に見えるかも知れない、だが彼女は……姉は私が幼い頃に死んだ筈だった。



両親と共にグラードの手によって。



「お姉……様?」



「どうしたのよアーネスト、鳩が豆鉄砲を食ったような顔してるわよ?」



また可笑しそうに笑う姉、私が知っている頃よりも明らかに成長しているが確かに姉だった。



「アーネスト、フィーユ、ご飯出来てるわよ!」



不意に聞こえてきた声にアーネストはベットから飛び起きる、母の声だった。



突然飛び上がったアーネストにフィーユは驚きで体をビクつかせる、周りを見る視点が高かった。



部屋に置いてある姿見に近づくといつもと変わらない自分が映し出される……意味が分からなかった。



確か私は一時的だが魔剣へと身体を渡した筈……それも全て夢だったという訳なのだろうか。



グラードに両親が殺された事も何もかも、悪い夢……



「な訳無いよね……」



恐らく此れは魔剣が見せている幻覚の様な物だった。



全て夢だとするのならば私の姿は9歳の頃で無いとおかしい、だが身体は19のまま……認めたくないが家族はグラードに殺された、それが現実だった。



だが……幻覚でも良かった。



「どうしたのアーネスト?」



こうして話し掛けてくれる……まるで生きてるかの様に意思がある、それなら辛い現実よりも……幸せな幻覚の方が良かった。



「何も無いよ……お姉様」



「……?おかしなアーネストね」



涙を流し笑うアーネストに少し引き気味で首を傾げる……復讐なんてどうでも良かった。



大切な家族が戻ってきてくれた……もう向こうの体に未練など無かった。



「ちょっと、二人とも早く降りて来なさい!」



一向に降りてこない二人を見かね母が部屋の扉を勢い良く開ける、幼い頃から見慣れていた……もう二度と見れないと思っていた母がそこに居た。



「お……お゛がぁざま……」



汚い声になるがアーネストはなんとか溢れそうな涙を堪える、だが奥から姿を現わす父の姿に堪えきれなかった。



「お゛どう゛さま゛……」



アーネストはその場に崩れ落ちる、死んだはずの家族がこの狭い空間に揃っている……これ以上無い幸せだった。



「なんか今日のアーネストおかしいね」



「そう……だな、変なもんでも食ったのか?」



涙を流し汚い声を上げるアーネストに困惑の表情を浮かべる家族、嬉しさと感動で何も頭が回らなかった。



「ごめん……落ち着いた」



一頻り涙を流し終えるとアーネストは大きく深呼吸をする、まだ感動冷めやらないが……話したい事がいっぱいあった。



「まぁ……落ち着いたなら良いが不安な事があるなら私達に話すんだぞ?」



父が優しく目線をアーネストに合わせて告げる。



その言葉にアーネストは静かに頷いた。



辺りには突然パンっと言う音が鳴り響く、そしてその直後母が口を開いた。



「ご飯が冷めるわよ!皆んな食堂に行きましょ!」



元気な声で母は告げる、その言葉にフィーユと父は食堂へと向かって行った。



残ったアーネストに手を差し伸べる母、その手を握り立ち上がる……温かい手だった。



カサカサだが温かく優しい母の手……メイドを雇わずに家事をしてくれる貴族らしからぬ手だった。



だがそんな母の手が大好きだった。



そしてまたその手を握れた……その事実にまた涙が溢れる、だが直ぐに服で拭き取ると母に笑顔を見せた。



「行こう、お母様」



「え、ええ……」



突然元気になるアーネストに困惑を見せる母、この幸せな時間がいつまでも続けば良かった。



冒険の旅を話し、家族で買い物をして街を歩き……私が夢見た家族の時間を過ごす、気が付けば日は沈んでいた。



「今日は楽しかったわね」



母が言う、その言葉にアーネストは嬉しそうに頷いた。



「まぁ……荷物持ちは疲れるがな」



大量の荷物を抱えた父が不満げに愚痴をこぼす、その様子に3人は笑い声を上げた。



家に着いても幸せな時間は続く……明日も、その次の日も……永遠に。



もう剣は握らなくて良い、戦いはしなくて良かったのだ。



1日を思い出しながらアーネストはベットに寝転び目を閉じる。



明日の予定を思い描きながら……アーネストは眠りへとついた。

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