第142話 時間稼ぎ
グラード邸で起きた事件の所為か騒がしい街中、その中に居てもアーネストの耳には何の音も聞こえて居なかった。
それどころか心臓の音まではっきりと……鮮明に聞こえる。
一歩、一歩とグラード邸に近づくたびに心臓の鼓動は早く、力強くなる……今日で全てが終わる、そんな気がしていた。
剣を手に取ったあの日からずっと頭の中で声がする。
グラードを殺せ。
グラードを、家族を殺した奴を憎み続けろと。
この数年間、冒険をしている時も、シャリエルに出会った時もずっと頭の中にはグラードを憎しみ続ける声ばかりが響き続けている……だがその声を苦痛と感じた事は無い、魔剣は私の事をよく分かっている……憎しみが力を寄り増大させているのだ。
今もまた頭の中で声が響いた。
『時が来たら我に委ねろ』
この身体を乗っ取るつもりなのだろう。
『グラードは私が殺す』
そう言い魔剣を鞘に収めると顔を上げる、目の前には炎上しているグラード邸が写っていた。
「アーネスト、あれ」
隣にいたシャリエルが庭先に居た一人の影を指差す、そこには燃え盛る自宅に膝をつき絶望するグラードの姿があった。
「グラード……」
絶望する彼にアーネストは笑みを浮かべる、やっと……彼を殺すチャンスが来た。
フィルの気配はしない……今なら殺れる。
ゆっくりと剣を抜くと暗黒魔法で生成した闇をグラードの近く目掛け投げる、闇がぽちゃんとまるで水のように落ちる音を邸が崩れる音が掻き消してくれる、準備は整った。
「処刑の時間だ……」
ワクワクが止まらない、彼はどんな悲痛の叫び声を上げるのか……アーネストは足元に落とした闇の中に姿を消すとグラードの背後に移動する、彼はまだ気が付いて居なかった。
まずは右腕……ゆっくりと剣を振り上げる、失血死しないように剣には黒い炎が纏われて居た。
しっかりと腕の付け根辺りに狙いを定める、そして勢い良く剣を振り下ろそうとしたその瞬間、グラードは後ろを振り向いた。
「引っかかったな……アーネスト」
剣戟の声が辺りに響き渡る、それと同時にアーネストの剣は空高く弾かれた。
グラードかと思って居た男は徐々に姿を歪ませて行く、やがてその姿は見覚えのある冒険者へと変わった。
「俺が幻術を使えるとは思えなかったか?」
剣をアーネストの喉元に突きつけ告げるフィル、その手には破られた魔紙が握られて居た。
「成る程……流石ダイヤモンドね」
アーネストが両手を上げると同時に魔剣が地面へと突き刺さる、シャリエルが助けに行こうとするがフィルは切っ先をアーネストの首元に少し突き刺した。
血が首元から微かに流れる、流石にヤバかった。
だが……グラードを殺すまで私は死ぬ訳には行かなかった。
『ねぇ……ちゃんと身体返してくれるよね?』
『勿論だ、全て終われば返すさ……それに今は私以外頼る者は居ないだろ?』
頭の中で魔剣と言葉を交わす、これ以外方法は無かった。
魔剣に身体を乗っ取られるのは気が進まないが……今はこれ以外この状況を打破する方法は無い、彼だけが頼りだった。
「頼んだよ……」
ゆっくりと瞳を閉じる、その瞬間、フィルの背後にあった剣が物凄い勢いでアーネストを貫いた。
「魔剣様のお出ましか」
徐々に身体が鎧に包まれていくアーネスト、ダンジョンの時振りに見る魔剣の姿……いつ見ても禍々しいものだった。
「本当に呼び出して良かったのかしらフィル?」
「おー、もう呼び捨てか……まぁ良いや、草原で話した通りだ、此処で魔剣の力を封じ込めなければアーネストはいずれ一生人格を魔剣に乗っ取られる……いつかはやらなきゃならないんだ」
「人格が乗っ取られる……ね」
アーネストを昔から知っていると言うフィルからすれば彼女の人格は殆ど残って居ないらしい。
所詮魔剣は魔剣と言った所だろうか。
「それじゃあ……やるわよ」
「あぁ……死ぬなよ」
「お互いにね……」
フィルと拳を交わすとアーネストの方に視線を移す、またあの化け物とやる事になるとは本当に面倒くさい奴だった、彼女は。
『同じ手は二度と喰らわんぞ』
「それはどうかしら?」
ゆっくりと拳を構える、吐き気がする程に気持ちの悪い魔力……あの時とは比にならない程の憎しみだった。
だがその憎しみがアーネストの物なのか、魔剣自身の物なのかは分からない……ただ強い憎しみという事しか分からなかった。
「ふぅ、作戦通りに……」
一呼吸置いて魔剣の方を見る、既に此方へと近づいて来ていた。
振り下ろされる剣を拳につけた金属部分に当て軌道を逸らすと膝部分を蹴る、だが鎧が硬く、全く効果は無かった。
「人型だけど人間と思ったらだめね」
すぐ様距離を取る、あの時同様に鎧をどうにかしない限りは攻撃が通らない……だが私の役目は魔剣の注目を集める事、後はフィルがどうにかしてくれる筈だった。
『私の鎧を前に為す術なしか?』
うっすらとした闇が魔剣を覆う、鎧が硬いのではなく魔剣が出す闇に攻撃が阻まれている様だった。
「貴方……何者なの?」
攻撃手段が無く、時間もそれ程稼げそうに無いと分かった今、私に出来る事は話す事しか無かった。
『それを今此処で言うのはまだ早いな……それに』
魔剣はその場から姿を消す。
『時間稼ぎなのはバレバレだ』
背後からの声……到底肉眼で追えるスピードでは無かった。
殺される……そう確信した、そして次の瞬間背中に感じる衝撃……シャリエルは吹き飛んだ。
『どう言う……事だ?』
燃え盛るグラード邸の壁に激突する前に地面を掴むと何とか勢いを殺し地面に転がる、幸い衝撃のあった背骨は折れていない、致命傷を負わずに済んだ様だった。
シャリエルは素早く立ち上がると魔剣の方に視線を移す、何やら戸惑いの声を上げていた。
何度も魔法を発動し何かを確かめている……私と戦った時の記憶が無いのだろうか。
いや、彼は『同じ手は二度と喰らわない』と言った……と言う事は戦闘の記憶はある筈、なのに何故私に魔法で攻撃しようとしたのか……分からないが命拾いしたのは確かだった。
とにかく彼の注目はより一層私に集まる……後は死なない様に頑張るのみだった。
「ふぅ……前衛も大変ね」
妙な心の余裕に苦笑いを浮かべながらもシャリエルは拳を構えた。
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