第137話 魔剣の支配

明日は誰にでも平等に訪れる……有名な詩人の言葉だ。



貴族でも、貧民でも、誰にでも明日は訪れる……死なない限りは。



「シャリエル……逃げ……て」



半身が黒い鎧に包まれたアーネスト、その表情は凄く悲しげで……苦しそうだった。



足元で倒れるライノルド、何故……こんな事になってしまったのか、私が……力を求めたばかりに。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



「まぁこんなもんか」



剣についた肉片を振り落としライノルドは呟く、通路を埋め尽くす程のゴブリンの死体……英雄と呼ばれる男の強さ……改めて実感した。



単体なら私も倒せる、だが数が増えれば増えるほど勝ち目は無くなる、私では精々三体が限界……だがライノルドは一人で百を超えるゴブリンを倒した……強さの桁が違った。



頼もしい……その思いと共に本当にこれで良いのか、と言う思いもあった。



9階層に来るまで私は何一つ役に立つ事をしていない、戦闘は全てライノルドが請け負い、倒しそびれたのをアーネストが倒す……正直居なくても全く問題ない存在だった。



問題ないどころかその方がスムーズに進むまである……やはり自分の弱さが憎かった。



激しい劣等感だった。



「シャリエル、大丈夫?」



暗い表情のシャリエルを心配そうに覗き込むアーネスト、彼女にはこの気持ちが分かる筈無かった。



だが表情を変えるとアーネストに笑みを見せた。



「大丈夫よ」



「そう……なら良いけど」



シャリエルの表情に少しだけ違和感を感じながらもアーネストは頷くと前を向く、するとライノルドが大きな扉に背を預け立っていた。



「見ての通り……宝物庫を守る番人の部屋だ」



少し老朽化の進んだ塔には不釣り合いな金の装飾が施された五メートル程の扉、軽く扉を押してみるがビクともしなかった。



「これ開けれるの?」



「ダンジョンの扉は重ければ重い程その先にいる番人が強い証拠になる、扉を開けれないものはこの先にくるべからず……それがダンジョンの掟、シャリエル、悪いが此処で待っててくれ」



その言葉を残しライノルドは扉の向こう側へと行った。



遠回しに足手纏いと言われたのだろうか……だが扉はライノルドの言った通りビクともしない……どちらにせよ私は行くべきでは無いのだろう。



心配そうに見つめるアーネスト、正直ダンジョンに入ってから私の情緒は不安定だった。



一人になる時間が欲しかった。



「アーネストも行って、ライノルド一人だともしもの事があるから」



「ライノルドさんにもしもの事ってある訳……」



「良いから……行ってくれる?」



声を荒げる事もなく、シャリエルはアーネストの目を真っ直ぐ見て告げた。



「分かった……」



他にも何か言いたげな表情だが何と言う事無くアーネストは軽々と扉を開け中へと入って行く、扉の隙間から一瞬だけ激しい剣戟の声が聞こえた。



戦いは始まっている……だが私に出来る事は待つ事だけ、ただそれだけだった。



「はぁ……」



ため息を吐くと扉にもたれ座り込む、武器さえあれば変われる……果たして本当にそうなのだろうか。



私は何処か……怯えている部分がある、死へ対しての恐怖、冒険者に必要な勇気の部分が足りていなかった。



そんな自分が武器を手に入れたところで本当に強くなれるのか、不安だった。



あの日からずっと渦巻いて消えない、私自身への憎しみ……一人になるといつも考えてしまって居た。



暗い表情で地面のタイルを見つめるシャリエル、すると扉が重々しい音を立てて開くのが聞こえた。



「あー、中々骨の折れる相手だったよ」



扉の中から血塗れのライノルドが剣を杖代わりにヨロヨロと出て来る、一瞬その姿に思考がフリーズするも直ぐにそれは返り血と分かった。



「番人は誰だったの?」



シャリエルの言葉にライノルドは何も返さず扉の中を指差した。



扉の向こう側を覗いてみる、其処にはライノルドと全く同じ姿の男が倒れていた。



「ライノルドの姿をした偽物が現れたって訳?」



「まぁそう言うこった、流石俺と言うべきか……中々に強かったよ」



剣をしまいグッと伸びをするライノルド、だが彼が無事でよかった。



だかアーネストの姿が見えない事に気が付いた。



ふとあたりを見回そうとする、その時剣を抜く音が聞こえた。



「シャリエル!そいつは偽物だ!!」



アーネストの叫び声が聞こえる、振り向く頃には剣は目の前に迫っていた。



目の前に迫る剣、瞬発的に避ける事は不可能な状況……何も打つ手が無いと分かった瞬間シャリエルの脳裏に浮かんだのは死だった。



だが次の瞬間、視界は闇に包まれた。



「何が……起こって?」



「私が……助けたんだ、少し……下がってくれ」



気が付けばアーネストの隣に居た。



呼吸が荒く苦しげな表情のアーネスト、身体は薄っすらと闇に包まれていた。



『バレてしまったか……我はこのダンジョンの守護者、己を超えなければ財宝にはありつけぬぞ』



ライノルドの姿をしていた番人は徐々に姿を変えアーネストの姿へと変わる、変身魔法……なのだろうか。



変身魔法は古の魔法、大昔に亡くなった筈の魔法なのだが……



「はぁ……はぁ……また、めんどくさい相手ね」



双方剣を構える、酷く苦しそうなアーネスト、戦いどころでは無い程に弱っているように見えた。



そして決着は一瞬でついた。



『見事……なり』



アーネストの姿をした番人は突然その言葉を残し倒れ込む、何が起きたのか分からなかった。



アーネストはその場から動いていない、ふと足元を見ると黒い影が一直線に番人へと伸びていた。



影はそのまま背後に回り番人の胸を貫いている……恐らく暗黒魔法だった。



番人を倒した……だがその事よりもライノルドが心配だった。



「ライノルド!?」



急いで駆け寄り呼び掛ける、切り傷、刺し傷共に複数箇所……出血量も多い、素人目ではあまり分からないがやばいかも知れなかった。



だが私は治癒魔法を使えない……アーネストに頼るしか無かった。



「アーネスト!ライノルドに治癒魔……法……を」



後ろを振り向きアーネストを呼ぼうとする、だが其処にいたのは私の知っているアーネストではなかった。



「力が……抑えられない……飲み……込まれる」



剣を握る手が震え、何故か少しずつ鎧が纏われて居た。



何が起きているのか分からない……だがヤバい気がした。



アーネストから感じるのは殺意のみ、自我は消えかかって居た。



「アーネスト!」



何とか呼び掛けてみる、だが次の瞬間、闇の炎がシャリエルの真横を燃やした。



「ダメ……ダメ……」



『殺せ、お前の本能に従え……お前の心を解き放て』



「違う、私は誰も……殺したく無い……」



頭を抱えるアーネスト、誰かと話しているようだった。



徐々に鎧はアーネストの体を纏って行く、やがてそれは半身を包み込んだ。



殺意が強くなるのを感じる……明らかにヤバかった。



彼女から感じる魔力は尋常では無い程に高まっている、恐らく身体能力も同様にだ。



今の私に制圧できる気がし無かった。



だがライノルドを残して逃げる訳にも行かなかった。



「シャリエル……逃げ……て」



消えかかる自我の中、アーネストはその言葉を残した。



その瞬間、シャリエルは自分の考えていた事の愚かさに気が付いた。



「私……完全に馬鹿ね」



アーネストの体は完全に鎧へと変わる、だが完全に鎧へと変わる直前、彼女は泣いていた……本当はこんな事したい筈無い、彼女は魔剣に支配されているのだ。



そんな彼女を置いて私は逃げようとして居た……命を救ってくれた恩人にも関わらず、仲間にも関わらず。



だから、今度は私が彼女を救う番だった。



「アーネスト、絶対助けてみせる」



シャリエルはゆっくりと拳を構えると真っ直ぐ、アーネストを見つめた。

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