第138話 宝物庫の宝

強過ぎる……彼に勝てないと確信するまでに時間はそう掛からなかった。



身体能力の上がり幅は予想していたよりも大きくは無かったが厄介なのは暗黒魔法だった。



遠距離攻撃から近接武器への変形までなんでも出来る……闇で辺りを覆い姿を消す事も可能……今の私では到底太刀打ち出来る相手では無かった。



だが飽く迄も今の私では勝てないだけ……背後には宝物庫へと続く扉がある、幸いにも番人は魔剣が倒してくれた、後はどうやって宝物庫へと入るかだった。



魔剣は1秒とかからず私の元へ移動出来る、移動手段は転移なのか単に並外れた脚力なのかは分からないが簡単には宝物庫へと行かせてはくれない筈だった。



『愚か、力も持たぬ人間が私を倒そうなどと……愚かにも程がある』



つまらなそうに剣を無に返すと口を開く魔剣、まさか会話が可能だとは予想していなかった。



『シャリエル……と言ったな、今なら見逃してやる、今すぐ消え失せろ』



どう言う風の吹き回しなのか、突然シャリエルの事を逃すと言い出した魔剣、彼の意図が分からなかった。



だが彼から殺意は感じない……本当に逃がしてくれるようだった。



「一体どう言う風の吹き回しかしら?」



『単純だ、お前を殺したところで私に何の得もない、ただそれだけだ』



そう言い腕を組みその場に立ち続ける魔剣、その言葉に少し違和感を感じた。



確かに殺して得は無いが殺さない事で得する事も無い筈……寧ろ損する可能性もある、魔剣の存在を外部に伝えれば即座に討伐隊が組まれる筈……そこまで考えていないのか、若しくは討伐隊程度に負ける程弱く無いと自分の強さを信じているかのどちらか……意志のある武器と出会うのは初めて故に何も分からなかった。



だが……逃がしてやると言われて逃げる私では無かった。



「生憎、アーネストには借りがあるのよ、私ってプライドが高いから借りっ放しは嫌なの」



『やはり人間は愚かだな』



拳を構えるシャリエルの姿に魔剣は呆れる様なトーンで告げる、何処から来るのか……全神経を集中させ魔剣を迎え撃とうとする、だが一瞬視界が闇に包まれると気が付いた時には左胸に鋭い痛みを感じていた。



「え?」



いつの間にか目の前に立つ魔剣、胸に感じる鋭い痛み、ふと視線を下に落とすと真っ黒な闇に包まれた剣がシャリエルの左胸、心臓部分を貫いていた。



『言った筈だ、お前程度では私に到底敵わないと』



ゆっくりと剣を抜く魔剣、傷口からは血がゆっくりと溢れ、服を赤く染めていた。



何も言わずによろよろと後ろに後退していくシャリエル、そして宝物庫の扉にもたれるとゆっくりと座り込んだ。



『そうだ、我が所有者だったアーネストはお前に恋心を抱いて居た見たいだぞ、不思議な物だな、女が女に恋などと……』



鼻で笑う様に魔剣は言い捨てる、そんな気はしていた。



だがアーネストの気持ちに応えられるかは分からない、女性だからとかでは無く……今の私に人を愛せる余裕が無い故に。



貫かれた胸はズキズキと痛む、だが……怪しまれずに宝物庫の扉まで来る事が出来た。



背を向け出口へと向かう魔剣、完全に致命傷を与えたと思い込んでいた。



生憎私は生まれつき内臓逆位……魔剣は心臓を貫いたと思い込んでいるが実際の所はギリギリ当たって居ない、他の臓器に傷があるかは分からないがまだ動ける程度の傷だった。



シャリエルはゆっくりと立ち上がると宝物庫の扉を力強く押した。



すると意外にも扉は軽く勢い余ってシャリエルは宝物庫の中へと転がり込む、そしてシャリエルが中に入ると宝物庫の扉が勢いよく閉まった。



『まだ息があったのか!?』



扉の音に魔剣は反応するが時すでに遅し、扉が完全に閉まった直後だった。



「此処が……宝物庫?」



想像していた宝物庫とは大きく違う部屋だった。



宝が無造作に置かれている様な宝物庫では無く、四方に階段のある祭壇の様な場所に白いコートが置かれているだけの殺風景な部屋だった。



「あれが……武器?」



一発逆転を宝物庫に賭けて入って見たがあるのは白いコートのみ、とても強そうには見えなかった。



一先ず祭壇に登りコートを手に取る、どんな防具なのか……全く分からなかった。



普通の真っ白なコート、腕を通して来てみるが特に何かが変わった感覚も無かった。



「ハズレ……?」



何も起こらないコート、絶望だった。



魔剣を倒すにはこの部屋の武具が最後の望みだった……だがその望みも絶たれた、魔剣はこの部屋に入れない様だがそれと同時に私も出られない……完全に詰みだった。



「潔く出てって死ぬしか……」



無意識にコートのポケットへと手を突っ込む、すると数枚の紙が入っていた。



恐る恐る紙を取り出してみる、するとそこには魔法陣が描かれた白い紙が6枚入っていた。



紙に魔法陣……見た事があった。



裏ルートでしか手に入らない魔紙と言う高額なマジックアイテム、どんな高位魔法でも書き留める事の出来るアイテムだった。



一先ず全て取り出すと地面に置き並べる、何度見てもそうだ……6枚全て高位の魔法が書き留められていた。



5属性の魔法がそれぞれ一枚、そして強化の魔法が一枚……魔法の勉強をずっとして来た甲斐があった。



恐らく魔剣は闇の属性、となれば光魔法の魔紙と強化魔法の魔紙を使えば勝てるかも知れなかった。



魔剣と言えど人型、ライノルドと対人の練習はずっと積んで来た……暗黒魔法の対処はまだ思い浮かばないが魔剣は私が弱いままと思っている……先手必勝、最初に一撃を決める事が出来れば勝ちが見える筈だった。



「やる……しか無いわよね」



コートの効力はイマイチ分からないままだが魔紙があったのは幸い、シャリエルは大きく深呼吸して呼吸を整えると自力で氷魔法を発動し傷口を凍らせた。



扉の向こう側からは扉を破壊しようとする音が聞こえてくる……魔紙の効果時間は恐らくそれ程長くは無い筈、これで倒せなかったら勝ち目は無かった。



二枚の魔紙を破ると身体が光に包まれる、力が増幅されて行くのか分かった。



いつもより身体が数段軽い、手には光が纏われている、恐らく此れが光魔法なのだろう。



素早く決着を付ける為扉に手を掛ける、そして勢い良く扉を開けると目の前には魔剣が剣を構え立っていた。



右手に纏った光魔法の拳を魔剣に叩き込む……これが失敗すれば勝率はぐんっと下がる、だが相手は完全に油断していた。



『雰囲気が……違う』



白いコートを纏い雰囲気の変わったシャリエルに魔剣は即座に左手で暗黒魔法の闇をシャリエルに向けて放つ、避けられないスピードの攻撃では無かったが別の狙いがあっての攻撃なのは見え見えだった。



この攻撃を避けてしまえば魔剣に拳を叩き込むのが数秒遅れる……この戦いはその数秒が命取り、シャリエルは脇目も振らず闇魔法に突っ込んで行った。



死は覚悟している、アーネストに借りを返す……ただそれだけだった。



迫り来る闇魔法の痛みに備え歯をくいしばる、だが闇魔法はコートに当たった瞬間まるで発動されなかったかの様に消えた。



『魔法が……消えた?!』



魔剣は驚きを隠せていなかった。



そして大きな隙が出来た、腹部にでも叩き込めれば御の字だった……だが魔法が掻き消された事への驚きに魔剣は少しフリーズする、顔面ががら空きだった。



「くっった……ばれぇ!!!」



高位の強化魔法と光魔法をかけたシャリエルの拳が魔剣の顔面を捉える、その瞬間魔剣は凄まじい速度で吹っ飛んでいく、それと同時にシャリエルも吹き飛んだ。



吹き飛んでいった魔剣は壁に激突すると瓦礫の中に埋もれて行く、すぐ様体勢を立て直し追撃しようと拳を構えるが瓦礫が動く事はなかった。



『まさか……私が負けるとは、力が……足り、無かったか……』



瓦礫の中魔剣はその言葉を残すと何かが砕けた音を立てる、すぐ様瓦礫を退かし確認するとそこには魔剣から解放されたアーネストが倒れていた。



「アーネスト?」



シャリエルはアーネストの体を揺さぶる、すると薄っすら瞳を開けた。



「シャリ……エル?」



ぼんやりとした表情、現状を理解出来ていない様子だった。



「えっと……何が起こったの?」



頭を抑えながら立ち上がると土埃を払うアーネスト、何も覚えていない様子だった。



魔剣に操られていた……そう伝える事も出来た、だが魔剣とアーネストの関係性が分からない今、それは彼女を傷つけるかも知れない……だからシャリエルは嘘をついた。



「番人に負けてたのよ、ほんと世話焼けるわよね……番人が人型じゃ無かったら全滅よ?早いところライノルドに治癒魔法掛けて帰るわよ」



そう言い倒れて居るライノルドを持ち上げてアーネストの前に下ろす、まだ魔法は持続している様だった。



まだ混乱する頭の中、ライノルドに治癒魔法をかけるアーネスト、彼女自身に怪我はない様子……魔剣はしれっと腰元に戻って居る、やはり得体の知れない武器だった。



何処かが壊れて居るわけでもない……意思がある武器、本当にダンジョンで手に入れたのか怪しい代物だった。



だがそれを彼女に聞いても恐らく話してくれないだろう……まだそんな間柄ではない、アーネストが自分から話してくれるのを待つしか無かった。



「そう言えばシャリエル、そのコートは?」



ライノルドに治癒魔法をかけつつシャリエルの方にアーネストは顔を向けた。



「宝物庫の宝」



それだけ告げると崩れた大きな瓦礫に腰掛ける、魔法をかき消した……それがコートの力なのだろうか。



魔剣自ら魔法を消したと言う線は無いに等しいだろう……となればやはりこのコートが魔法を無効化したとしか考えられ無かった。



「シャリエル、治癒終わったよ」



アーネストの声が聞こえる、一先ずコートの効果を実証するのはダンジョンを抜けてからだった。



「次は……無いわよ」



治癒を掛け終わったライノルドを魔法が続いているうちに担ぐと足早に扉を出て行く、シャリエルの冷たく言ったその一言にアーネストはただポカンとしていた。

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