第136話 ダンジョン

「はぁ……」



ドンっと言う音と共に眼が覚める、最悪の寝覚めだった。



カーテンの隙間から溢れる陽の光、一応朝のようだがろくに寝れた気がしなかった。



アーネスト用に用意した布団を見るが誰も居ない、そして自分の先程まで寝ていたベットに目を向けるとそこにはアーネストが最悪の寝相で寝ていた。



「何で入って来てるのよ……」



蹴り落とされたお返しに布団を引っぺがす、だが起きる様子はなかった。



シャリエルは二階の部屋を後にすると1階のリビングへと向かう、漂ってくるスープの良い匂い……ライノルドが朝ご飯を作るなんて珍しかった。



いつもは騎士団長故にかなり早く出て行ってしまう、朝ご飯はいつも自分で作っていたのだが手間が省けて良かった。



「ライノルド、仕事は?」



大きな体で器用に食べ物を切るライノルドに食事が用意された机に座り尋ねる、パンやスープに野菜、一般的な朝食だった。



「今日は非番だ、オーゲストも居るしたまには休みでもって国王がな」



そう言い机に大きなリザードの肉を置くライノルド、前言撤回、一般的な朝食では無かった。



「そうなの、それで今日は何をするの?」



「何ってアーネストから聞いてないのか?ダンジョン行くんじゃ無いのか?」



「え?」



ライノルドの言葉に固まる、一言も彼女はそんな事言っていなかった。



今思い出せば風呂以降は冒険の話しはしなかった、一方的に恋の話と言うのだろうか、好きだった人の事などを聞かされて居ただけだった。



「おはよー……」



突然のダンジョン予定に驚愕して居るとアーネストが眠そうな目をこすり二階から降りて来た。



「ねぇ、ダンジョン行くって本当なの?」



「あれ?言ってなかったっけ?」



何食わぬ顔で言うアーネスト、先程も言った通り何も聞いて居なかった。



「言ってないわよ、昨日あんたどうでも良い話ししかしてなかったじゃない」



「そうだっけ?まぁライノルドさんも同行してくれるんだし大丈夫でしょ!」



能天気にそう言い放つアーネスト、確かにライノルドが居るのは心強いがゴブリンでさえ私はあのザマ、それが何が出るか未知数のダンジョンで自分の身を守れる気がしなかった。



「それに……アーネストは私が守るから」



少し声色を変えカッコつけて言うアーネスト、少し気持ち悪かった。



「自分の身は自分で守るわよ」



正直守って欲しかったがプライドがそれを許さなかった。



いくら武器とは言え彼女は確実に私よりも強い、それが嫌だった。



ダンジョンに行くのが早すぎる……それに対する不安もあるが実の所、ダンジョンに眠って居るかも知れないアイテムで強くなれる事に期待を抱いて居た。



今の私には強くなる道筋は正直に言って無い……だが武器を使えばその道も開ける、それだけが唯一の希望だった。



机に置かれた普段ならば食べない肉に手を付ける、今日は不思議と気合いに満ち溢れて居た。



だが初めてのダンジョン……分からない事だらけだった。



いくらこのメンバーとは言え対策くらいは立てておいた方が良さそうだった。



「ライノルドはダンジョン経験あるの?」



「俺か?俺はそうだな……2、3回程度だな」



思い出しながら話すライノルド、その言葉にアーネストは興味深そうに頷いた。



「へぇー、ダンジョンってどんな感じだったの?」



「俺が入ったのは全部地下型ダンジョンだったが3階層以上あるダンジョンに中ボスが居るくらいでその他はゴブリンとかオークばかりで特に珍しさは無かったな」



ゴブリンやオーク、今の自分にはそれだけでも厳しいが……まぁ今は何も口を出さない方が良さそうだった。



「中ボスってどんなモンスターだったの?」



「大体はオーガだったんだが一回だけミノタウロスが出てな、あれは少しヤバかったな」



「「ミノタウロス?!」」



ライノルドの言葉に二人して驚きを見せる、ミノタウロスなんて空想上の生き物とばかり思って居た。



絵本のストーリーなどで度々出て来る牛の頭に人の体をした不気味なモンスター、幼い頃は良い子にしてないとミノタウロスになると言われるほどに有名なモンスターだった。



「だがまぁ、勝てない敵じゃ無いから安心しろ」



そう言い笑みを見せるライノルド、そうは言われても不安だった。



やはり未知数のダンジョン……多少は怖かった。



やがて食事を食べ終えると各々の準備に取り掛かる、シャリエルは自室に戻るとかなり大きめのバッグいっぱいに回復アイテムやら状態異常を回復する薬草やらを詰め込んでいた。



「流石に入れ過ぎじゃない?」



「ダンジョンは何があるか分からないんだからこれくらいしないと行けないわよ」



ライノルドもアーネストも強いとは言え万能では無い、せめて道具面だけでも役に立ちたかった。



「ねぇ、シャリエルはなんで強さを求めるの?」



アーネストの言葉に作業の手を止める、彼女に強さを求めて居る事は伝えて居ない筈だった。



「何故そんな事を聞くの?」



「私って魔剣のお陰で負の感情なら分かるんだよね、アーネストからは私に対して嫉妬、憎しみ……その二つが感じられる、憎しみはそれ程大きく無いけど嫉妬が強いかな」



魔剣を見つめながら淡々と告げるアーネスト、まさか魔剣にそれ程の力があるとは予想して居なかった。



部屋には気まずい雰囲気が流れる。



「最初は胸に対して嫉妬してると思ったんだけどね」



急に明るく笑って告げるアーネスト、確かにそれへの嫉妬は一割程度はあった。



「うるさいわね!胸はどうでも良いのよ!私が強さを求める理由は一つ、弱い自分がコンプレックスだから、ただそれだけよ!」



少し声を荒げ告げると再び作業に戻る、すると少ししてライノルドが部屋の扉を叩いた。



「シャリエル、アーネスト、準備は俺がやって置くからお前ら依頼受けに行ってこいよ」



その言葉にアーネストの方を見る、すると完全に忘れて居たと言わんばかりの表情をして居た。



「そ、そうだった……任務受けてダンジョン行かないと色々損だよね、てな訳でシャリエル行こ!」



シャリエルの手を握り外へと連れ出すアーネスト、ギルドへ行くのは昨日振り、あそこはあまり好きでは無かった。



アーネストに連れられるがまま街を歩く、勿論手は握られたままだ。



「あら、アーネストちゃんの新しい仲間?」



「アーネスト、今度一緒にクエスト行こうぜ!」



街の人々はアーネストを見るや否や声を掛ける、凄い人気だった。



正直な話し父の一件以降私は人をあまり信じれなくなった……ライノルドは長い年月を掛けて信じられる様になったが他の人は信じられない……そう考えるとアーネストは不思議だった。



助けてもらったと言う事もあるが彼女は不思議と裏切る気がしない、謎の安心感があった。



「何見てるの?」



アーネストの顔を見て居るとニヤニヤと嬉しそうに尋ねてくる、彼女が私に対する態度も謎が多いが悪い奴ではない事は確かだった。



「何でも無いわよバカ」



アーネストに毒突くと前を向く、ギルドは目の前だった。



ギルドに着くとアーネストは真っ先にシャリエルを残して依頼ボードに向かって行く、ギルドが嫌いな理由はあれだった。



「あれれー?こんな可愛い子が一人でどうしたのかな?」



ゆっくりと近づいて来る男冒険者……いわゆるナンパだった。



自分で言うのもあれだが私は正直顔は整って居る、冒険者と言うのは常に女に飢えて居る、理由は女性冒険者が少ない事……故に男冒険者は女性冒険者を見ればすぐにナンパするのだ。



やがて私の周りには男だかりが出来る、勘弁して欲しかった。



「ちょ、私は他の人とクエスト行くから……」



「またまた、そんな事言ってー」



全く話を聞かない……私が強かったらぶん殴って居る所だった。



男達に揉まれて居ると不意に変なところを触られる、だが誰に触られたのか分からない……と言うか抜け出せなかった。



「ちょ、本当に辞めなさいよ!」



声を荒げるシャリエル、良くもまぁ公衆の面前でこんな事を出来るものだった。



「ちょっと、私の仲間に何してるの?」



冷たい声が聞こえる、その声に男達は一瞬にしてシャリエルから距離をとった。



「アンタら女に飢えるのは良いけど私の仲間に手を出したら……許さないわよ?」



依頼書を握りしめたアーネストが男達に冷たい視線を送る、いつもとは違う声のトーン、少し恐怖を感じた。



「良い?シャリエルは私の物、分かったかしら?」



そう言いシャリエルを抱き寄せて告げるアーネスト、少し嬉しかった……だがやはり恥ずかしさが勝った。



「な、何言ってんのよ……」



「嬉しかった?」



ギルドの外でまだ恥ずかしさの中に居るシャリエルに先程とは全く違うだらし無いニヤニヤとした表情で尋ねるアーネスト、嬉しく無いと言えば嘘になる。



凄く……嬉しかった、人からこうして求められた事はあまり無い……それ故に本当に嬉しかった。



嬉しさが滲み出るシャリエルの表情を見てアーネストのニヤつきは最高潮に達して居た。



「やっぱり可愛いなぁ……」



そうアーネストはボソッと呟いた。

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