第135話 パーティー

街から少し離れた丘の上に立つ一軒家、その直ぐそばに立つ木の下、シャリエルはただ流れる雲を見つめ溜息を吐いた。



「初任務……散々だったわ」



アーネストと刺繍された借りた服を捲り腹部に視線を移す、ゴブリンキングから受けた傷は赤く腫れて居た。



まだ普通に痛む、だがあの地獄の様な日々の痛みに比べればなんて事は無い……あの程度でトラウマになる程柔な私では無い。



「おーいシャリエル」



何処からかライノルドの声が聞こえて来る、その声にふと空を見上げるが日はまだ落ちて居ない、騎士団長である彼がこの時間帯に帰って来るのは珍しかった。



「おかえり、今日は早かっ……」



丘を登って来るライノルドの方に視線を移す、するとその隣には見覚えのある金髪の少女が居た。



「来ちゃった」



シャリエルの目の前まで来ると満面の笑みで告げるアーネスト、まさかこんなにも早く再開するとは思わなかった。



まだ任務から数時間しか経って居ない……出来れば彼女とは二度と会いたく無かった。



理由は劣等感、同い年のしかも女の子がこれ程に強いのだ、普通に嫉妬するし悔しい……それ故に会いたく無かったのだ。



だが来てしまったもの仕方無い。



「あの時はしっかり礼も言わず去って悪かったわね、あの時は助かったわ……ありがとう」



深々と頭を下げるシャリエル、その様子にアーネストはしゃがんで目線を合わせた。



「冒険者は助け合ってなんぼでしょ?それより貴女私とパーティー組まない?」



「パーティー?」



突然の申し出に首を傾げた。



パーティーの意味は分かっている、冒険者同士が互いの足りない部分を補い合い、高難易度に挑戦する為のグループ……そのメンバーは高い実力を求められる、ゴールドタグのアーネストなら尚更……それなのに何故私なのか、訳が分からなかった。



「ねぇ、良いでしょ?」



そう言い手を握るアーネスト、彼女の考えが分からなかった。



「何が目的なの?私は控え目に言っても弱い……そんな私をゴールドタグの貴女がパーティーに誘う、明らかにおかしいわよね」



握られた手を離すと冷たい口調で言い放つシャリエル、その言動にアーネストはショボンとした表情をして居た。



「ただ私は貴女とパーティーを組みたいだけで……」



「悪いけど帰ってくれる?あ、服はライノルドに渡して置くから明日以降でね」



その言葉だけを告げ家の中に入るシャリエル、パーティーを組むなんて御免だった。



ただでさえ劣等感を抱いているのに仲間になれだなんて舐めている……私は一人で十分だった。



「なぁシャリエル、流石にあれは酷くないか?」



自室に入ったシャリエルを扉越しでライノルドが話し掛ける、何も酷い事は無い、彼女が悪いのだ。



同い年の自分より強い者に強く当たってしまうのは当然の事、負けず嫌いの私なら尚更だった。



「ライノルド、それより今日もやるわよ」



扉を開けると拳に白い布を巻き動きやすい服装に着替えるシャリエル、その姿にライノルドは呆れた表情をして居た。



「ったく、冒険でボロボロになったって聞いたから帰って来たのに……まぁ良い、裏に行くぞ」



「えぇ」



ライノルドの後ろに付いて歩く、裏口から外に出ると所々草が禿げた裏庭が広がる、彼と実戦形式の手合わせをするのが日課だった。



「準備はいいか?」



ライノルドの言葉に頷く、腹部が痛みあまり力が入れられ無いが特に問題は無いはずだった。



「それじゃあ……行くぞ」



着ていた鎧を脱ぎ捨て剣を地面に置くと凄まじい速度で突っ込んでくるライノルド、体格差は歴然……だが大きい相手とやる時は懐に入りやすい、腕のリーチが負けている分近距離ならこちらの方が有利、まずはどう懐に入るかだった。



ライノルドの右手から放たれた打撃を右手で体をひねり様に受け流すとそのまま勢いを利用して回し蹴りを脇腹目掛け放つ、だがそれを読んでいたと言わんばかりに左手でライノルドは掴むとシャリエルを放り投げた。



「その手法は俺が教えたまま、アレンジを加えていけ」



そう言って地面に落ちていた石を蹴り飛ばす、ライノルドにはまだ全然余裕が見える、どうすれば彼に一矢報えるのか……私の体術は全てライノルドから教わったもの、アレンジと言われても分からなかった。



「思考で動きが止まっているぞ」



ほんの数秒、意識を考えに向けた瞬間ライノルドの声が目の前で聞こえる、そして足を払われそうになるが飛んで避ける、だが次の瞬間ライノルドの蹴りがシャリエル目掛け飛んで来ていた。



足払いはブラフ……咄嗟に腕でガードするが滞空中のシャリエルの身体は簡単に吹き飛んだ。



強い……もう既に落下地点まで詰められている……今日も一撃すら与えられなかった。



落ちるシャリエルをライノルドはキャッチすると優しく地面に下ろす、まだまだ勝利は遠かった。



「飯でも食うか、作るから少し待ってろ」



ライノルドはその言葉を残し鎧と剣を回収すると家の中に入って行く、私は……一体何が出来るのだろうか。



魔法はダメ、剣術などの武器もダメ……体術はそれなりだがそれでも達人レベルには程遠い……まさに無能とは私の事だった。



魔法の知識はそれなりにあるのだが魔力が少ない……毎日限界量を上げる訓練をしているのだが効果は感じられなかった。



今思えば昔の訓練は何のためだったのだろうか。



父から死ぬ寸前までボコボコにされた、その経験で得たものと言えば痛みに対するある程度の耐性……ただそれだけだった。



体術も今やある程度出来るようになったがそれは数年の歳月をかけて、剣術に至っては数年かけても無駄だった……今思うと私は魔女タイプの気がした。



魔力こそ無いが魔法の知識はそれなりにある、莫大な量の詠唱魔法も記憶している、禁術から黒魔法まで使う事も出来る……まぁそれも魔力があればの話だが。



「シャリエルー、出来たぞー!」



ライノルドの声が聞こえる、その声にシャリエルは返事をすると家へと戻った。



机の上には肉料理を中心に結構な品数の料理が並ぶ、強靭な肉体を作るにはまず食事から……ライノルドの口癖だった。



その言葉通りライノルドはよく食べる、私も彼の様な肉体を目指しているがやはり女性の体……限界があった。



日々の鍛錬で腹筋は割れある程度身体は絞れ居るがライノルドの様な筋肉は付かない……トレーニングの違いなのだろうか。



ライノルドの肉体を見ながら椅子に座ると料理を食べ始める、相変わらず見た目に似合わず美味しい料理だった。



「なぁシャリエル、アーネストとパーティーを組んだらどうだ?」



その言葉にシャリエルは何の反応も見せずただ料理を口に運んでいた。



「気が向かないのは分かる……だが恐らく彼女もシャリエル、お前と同じだと思うんだ」



その言葉にシャリエルは食べる手を止めた。



「アーネストが持っている剣、あれは魔剣アイリーンだ、何処で手にしたかは知らないがあれは暗黒神を封じ込めた剣と言われている……彼女は類い稀な暗黒魔法使い、それは武器の恩恵が強い……つまり武器を除けばお前と同じレベルって事だ」



「アーネストが私と同じ……」



「最近風の噂で彼女、ダンジョン巡りをして居るらしくてな……マジックアイテムを手に入れるチャンスだぞ?」



そう言い食事に手をつけるライノルド、確かに彼の言ってる事も一理あった。



武器頼みの強さはあまり好きで無かったのだがアーネストの強さを見てしまってはそうも言ってられ無い……彼女のパーティーになればダンジョンに挑戦できる、一人では無理だが彼女となら……



「明日……行ってみるわ」



ボソッと呟くシャリエル、その言葉にライノルドは嬉しそうに笑った。



「そうかそうか!それは良かった!」



豪快に笑いながら言うライノルド、この場合は友達が出来そうな事に喜んでいるのだろう。



だがパーティー、悪く無いのかも知れなかった。



アーネストが武器頼みの強さと分かった今、それ程劣等感も無い……寧ろ親近感すらあった。



「ごちそうさま」



「あ、そう言えば……」



何かを言いかけるライノルドを無視して料理を食べ終えると台所に食器を持って行き流しに置く、そしてタンスからタオルを取り出すと自室に着替えを取りに戻り風呂へと向かった。



実を言えばアーネストファラン、少し気になっていた。



幾ら魔剣使いとは言え19歳でゴールドタグは早すぎる……色々と彼女の冒険譚を聞きたかった。



彼女も私と同じ、そう思うと少し気が楽になった。



シャリエルは服を脱ぐと丁寧にたたみカゴに入れる、その体には痛々しい幼少期についた傷がいくつも残っていた。



目を瞑りながら鼻歌をご機嫌に歌い浴室へと向かう、私も強くなる可能性が残されて居る……それだけで嬉しかった。



「凄いご機嫌だね」



「えぇ、マジックアイテム……ダンジョンに存在する使用者に恩恵を齎す武器やら装飾品を手に入れれば私も強くなれる……そう思ったら機嫌も良くなるわよ」



そう言いシャワーを浴びようとする、だがその瞬間体が固まった。



今……私は誰と話したのか、この家にはライノルドと私しか居ないはずだった。



ぱちゃぱちゃと聞こえる浴槽の方を恐る恐る目を開け確認する、すると何故かアーネストが湯に浸かっていた。



「お先に頂いてまーす」



そう言いぱちゃぱちゃと湯で遊ぶアーネスト、あまりにも突然の事に理解が追い付かなかった。



何故風呂に入って居るのか、一番風呂は私の特権なのに……いや、そうではない。



「何で居るのよ!!」



家全体に響き渡る声にアーネストは笑いながら耳を塞ぐ、笑い事では無かった。



「いやー、諦めきれなくてもう一度尋ねたらライノルドさんが上がって良いって言ってくれてね、それでついでだから風呂入ってけって言ってくれたから」



アーネストの言葉にライノルドが何か言い掛けて居たのを思い出す……まさかそう言う事だったのだろうか。



「そんなムスッとしてないで入ろうよ!」



そう言い膝を抱えスペースを作るアーネスト、裸を見られるのはあまり好きでは無いのだが……この場合は仕方なかった。



「今回だけよ……」



少し躊躇いながらも湯船に浸かるとアーネストが真正面に来る、こうして前に来るとやはり恥ずかしかった。



「えへへ」



何処か嬉しそうなアーネスト、やはり不思議な少女だった。

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