第84話 もう一人の自分
自分は何者なのか……オーフェン・アナザー、それはただの記憶に過ぎない。
桃色の髪に低い背丈、誰がどう見てもあのオーフェン・アナザーでは無かった。
では俺は誰なのか……一体何者なのか、分からなかった。
誰か教えて欲しい……自分が何者なのかを。
セルナルド王国より西に150キロ行った場所にあるグランテと呼ばれる城塞都市の街中で見た目からは想像も出来ない叫び声を上げ街を破壊していくオーフェン、彼女の前には暴れる元凶となった男が剣を構え立っていた。
「なんで……なんでお前が此処に居るんだ!!!」
小さな少女の魂の叫びに男は首を傾げた。
「何故俺がこの街に居たらダメなんだ?後お嬢ちゃんは俺の知り合いか?」
彼の言葉にオーフェンは唇を噛む、少し……取り乱し過ぎたのかも知れなかった。
剣を鞘に収めると深呼吸をする、一見冷静に見えるが内心はまだ焦り、怒り、不安が渦巻いて居た。
「名前を……聞かせてくれないか?」
「名前?オーフェン・アナザー、三度目は無いぜ?」
オーフェンと名乗る紺色の鎧を身に纏い無精髭を生やし190はある背丈よりも大きな大剣を背負った男、その姿……良く見覚えがあった。
謎の少女になる前の姿だった。
大陸に名を馳せたアダマスト級冒険者オーフェン・アナザーだった。
だがオーフェンは自分自身のはず、目の前居る本来の自分は何十年も前に死んで居るのだから……幻影の様子では無い、ならば何故彼が……自分が目の前にいるのか、理解できなかった。
「しっかし派手に暴れたな……こりゃ将来有望だな!」
そう言い彼は頭を撫でようとする、だがオーフェンは手を払いのけた。
喋り方もまるで同じ……吐き気がした。
「頭が……」
彼を前にすると酷い頭痛が起きる……一先ず国へ帰りウルス達の意見聞こうと魔紙を取り出すが破っても魔法が発動されなかった。
不良品……と言うわけでは無さそうだった。
「取り敢えず傭兵が来るから逃げんぞ!」
オーフェン擬きに手を握られるとそのまま為すすべ無く引っ張られていく、女状態ではやはり男の自分に力は敵わない様だった。
逆方向に向かおうと試みるが引きずられる……今は彼のされるがままにされるしか無いようだった。
時止めや通信魔法を試みるが彼の前では発動しない、少し……嫌、かなり不自然だった。
「そう言えばお前名前は?」
街中を手を引いて走るオーフェンが唐突に顔をこちらに向け尋ねる、その言葉に思わず本名を言いかけるが口を閉ざした。
「どうした?」
「レクラ、レクラ・フォンス」
少し不審そうな表情をするオーフェンに仮の名を伝える、同じ名前同士だと色々と面倒くさい……それに彼の身元を探るまで一緒に行動した方が効率が良さそうだった。
「レクラか、それよりなんで
さっき暴れてたんだ?」
オーフェンの言葉に固まる、口が裂けても自分が現れて混乱して暴れたなんて言えなかった。
「お、お腹が空いて……」
レクラの言葉にオーフェンは固まる、やってしまった……予想出来た質問の筈なのに考えるのを怠って居た故に意味の分からない事を言ってしまった、腹が減れば暴れる……どんな暴君なのだろうか。
「ははっ!そうかそうか、これでも食え!」
そう言いポケットからおにぎりを取り出しレクラの口にねじ込む、自分自身ながら完全に馬鹿だった。
だが馬鹿で助かった……一先ずは怪しまれずに済みそうだった。
口に捻じ込まれたおにぎりを食べながら後ろを振り返る、暴れた事で怒っている無数の傭兵達が二人のことを追い掛けて居た。
「ちっ……キリがねーな」
オーフェンはそう言いレクラを上に投げ飛ばす、そして大剣を抜くと横に持ち替え野球の要領で傭兵達を遥か彼方に吹き飛ばした。
そして落下して来るレクラをキャッチするとそのまま担いで行く、彼は人を人と思わないのか些か疑問だった。
「死んでねーからな」
「別に知らないよ」
オーフェンの言葉に面倒くさげな表情でそう呟く、正直人間と言うかアルカド王国関係者以外死のうが生きようがどうでも良かった。
だがオーフェン擬きは少しそう言うのを気にする性格の様子、本来の自分がどうだったのか……アルカド王国に来て数年経ちすっかり忘れてしまって居た。
その時、ふと脳裏にある事が過ぎってしまった。
本当は自分が偽物で、彼が本物なのでは無いのかと……
違うーーーー記憶もちゃんとある、魔法だって昔のまま……自分が本物……そう信じたかった。
考えれば考えるほど自分が何者なのか分からなくてなって行く……オーフェン・アナザーでは無く、記憶を植え付けられた何者なのでは無いのかと。
「俺は……何者なんですか、アルセリス様」
オーフェンの肩に担がれながら空にポツンと浮かぶ雲を眺めレクラは呟いた。
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