第85話 不安感
「なんとか……逃げ切ったな」
ふう、と一息吐いてオーフェンは汗を拭うとグランテから数キロ離れた位置の森にある小屋でレクラを下ろし家の中へと入って行く、見た事も無い小屋だった。
「入って良いぞ」
オーフェンの言葉にレクラは戸惑いながらも部屋に入る、机と椅子、ベットに装備用品と言う必要最低限の物が置いてあるだけの質素な部屋……その辺の性格は同じ様だった。
部屋をキョロキョロと見回す、依然として彼の正体が誰なのか分からない……他人の空似にしては似過ぎている……アルセリス様に報告しようにも彼から離れれば怪しまれる危険がある、とは言え近くに居ては魔法が使えなかった。
今の自分はオーフェンより確実に弱い……身体能力の差がこんな所で出るとは思いもしなかった。
勿論女性とは言えその辺のプラチナ程度なら余裕で勝てる身体能力はある、だが目の前にいるオーフェンはアダマスト級……剣術と身体能力でその立場を手にした彼からすれば自分の様な小娘、瞬殺できる筈だった。
「不機嫌な顔してどうした?また腹でも減ったか?」
おっさん臭い笑い声を上げながら訪ねて来るオーフェン、おっさんと少女でこうも印象が変わるとは……見た目は大切だった。
男時代にアダマスト級冒険者として活動して居た時よりも少女になった時の方が部下の信頼が厚くなった理由が分かった……華奢で可愛い見た目のお陰だった。
見た目も捨てたものじゃ無かった。
「そう言えばレクラ、さっきの暴れっぷり見てたんだが凄いパワーだな、剣術も大したもの……冒険者か?」
「違う、冒険者とか階級とか興味無いし」
そう言い椅子に座り欠伸をする、この言葉は本心だった。
アダマスト級なんて階級は見た目だけ、例えアダマストでもブロンズでも強い奴は強い……アルセリス様に出会って気付かされた。
階級なんて物は己の強さを大衆に分かりやすく知らしめるための称号に過ぎない、この世界は広い……強い者なんてゴロゴロ居た。
「興味無いか!俺は一応アダマスト級の冒険者なんだが知ってるか?」
「知ってるって」
昔の自分はアダマスト級冒険者と言うことを誇らし気に思っていた……良く自慢したものだった。
いつかはアダマスト級と言う称号を嫌いになったのか……分からなかった。
「そう言えばお前親は?」
「とっくの前に死んだよ」
「そうか……俺と同じだな」
そう言い笑って頭を撫でようとするオーフェンの手を払いのけながら睨みつける、同じなのは当たり前……自分自身なのだから。
親の顔なんて覚える前に居なかった……育ての親は生まれ故郷の小さな村だった。
「ははっ、中々心開いてくれないな……まぁ俺はギルドの任務に行くから適当に出てく也してくれ」
そう悲しげな表情で言い去って行くオーフェン、彼自体は何も悪くない……だが何故この時代に死んだはずの自分が居るのか……意味の分からない現象に苛立ちが隠せなかった。
『オーフェン、聞こえるか?』
『あ、アルセリス様!』
アルセリスからの通信魔法にオーフェンは慌てながらも耳に手を当て反応する、男の自分が遠退いた事により魔法が使えるようになった様だった。
『セルナルド国付近で暴れているって情報があったがどうした?』
『そ、それは……少し街の人といざこざがありまして……ですがもう大丈夫です』
『そうか……それと通信魔法が通じない時間が長かったが何故だ?』
『怒りで魔力コントロールが上手くいかず魔力不足による貧血に陥って居た為と思われます』
『そうか、何かあれば知らせろ』
『はい……』
蚊の鳴くような声で返事をすると通信魔法が消える、罪悪感で押し潰されそうだった。
嘘をつく緊張から汗が滝の様に流れる……アルセリス様に嘘をついてまで何故偽物の自分を報告しなかったのか……自分でも理解出来なかった。
いや、理解はしているのかも知れない……報告すれば偽物は殺される、それが嫌だったのかも知れなかった。
いくら嫌いでも、いくら目障りでも自分は自分……それが死ぬのは見たくなかった。
「と言うか鎧暑いな」
鎧を脱ぎ剣を置くとTシャツ姿になる、サーチの魔法で確認するが近くに人は居ない……ひとっ風呂浴びたい気分だった。
汗で張り付くTシャツを指でつまみ肌から剥がす、相変わらず貧相な体、グラマラスな女性が好きな自分としては少しガッカリだが顔はまあ美人……その点は良かった。
化け物みたいな顔にならないだけマシだった。
胸が大きければ女好きだった過去の自分を誘惑して色々聞きだせるのだが……仕方なかった。
部屋の扉を片っ端から開けて行くがトイレはあるものの他の部屋はもぬけの殻、風呂が何処にも無かった。
「嘘だろ……乙女が汗だらけなんて耐えれねーよ」
ぶつくさ文句を言いながらも小屋の外へと出てサーチの魔法を発動する、小屋から東に300メートルの付近に湖がある様子だった。
「水浴びか……まぁ暑いし良いんだけどさ」
少し嫌な予感がした。
魔法が使える辺りオーフェンは近くに居ないが……いや、気にし過ぎなのかも知れなかった。
「まあ見られて減るもんじゃ無いし良いんだけどさ」
呑気に鼻歌を歌いながら湖へと向かう、剣も持たず鎧も来て居ない今のオーフェンはただの可愛らしい少女だった。
何故この姿になったのかセルナルド王国へ聞きに行こうにも下手をすればアルセリス様の迷惑になる故聞けずに居た。
気にはなる……だがおっさん臭い昔の身体よりも華やかで良かった。
ただ力が半減したと言う点は痛い、アルラやマリスは種族が人では無い故に女性でも力が強い、ユーリやシェリルもまた同じ、マールは見た目は美少女ながらも性別は男……それ故に力は強かった。
ただの乙女なこの身体ではどうしても力に限界がある、だからそれを補う魔法だった。
だが男のオーフェンの前では無力……敵では無い事をただ祈るばかりだった。
草木を掻き分け湖の方へと歩いて行く、木々をさざめかす心地よい風が涼しかった。
ふと遠目に開けた場所が見える、オーフェンは歩くスピードを上げると湖のほとりに出た。
「結構広いな……」
ほとりにしゃがみ込み水面を手で触れる、かなり冷たかった。
「これは気持ち良さそうだ」
一気に服を脱ぎズボンを下げるとパンツ姿になる、ふと目線を下に下げるが自分の息子が恋しかった。
息子と言っても子供では無い……まぁ男なら分かるものだった。
だが女性も悪くはない、実を言うと少し女性のパンツには興味があった。
ゴツいおっさんが言うと少しと言うかだいぶ引かれるが今は美少女、何を言っても許される姿だった。
パンツを脱ぐと綺麗に全部折りたたみ少しずつ足から水に入って行く、冷た過ぎて声が出そうだった。
「あぁー、身に染みる」
肩まで水に浸かるとおっさんの様な事を言う、嫌……おっさんなのだから不自然では無いのだがこの姿で言うと少し不自然だった。
水にプカプカと仰向きに浮かびながら空を見る、アルセリス様も随分と丸くなられた物だった。
外出を許可……昔なら考えられなかった。
「あれ……昔のアルセリス様ってどんなだったっけ?」
ふと過去の記憶を辿るが召喚された当時の記憶以降綺麗さっぱり無く、あるのは闘技場でゴブリンの訓練をしている時からだった。
今思えばアルセリス様がどんなお方なのか分からなかった。
不自然ではある……だが特に気に留めなかった。
知らずとも忠誠は誓うのだから。
暖かい日差しに照らされながらオーフェンは全裸でプカプカと水辺に浮かび空を見上げ目を瞑った。
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