第74話 1500年の魔力

「そろそろ……私が出ないと行けない様ね」



黒いローブに身を包み杖を突きながら空に飛び上がる一人の女性、かなりの数スケルトン達を出した筈なのだが王国軍に与えられた損害は然程……アンデットオーガ達もあっという間にやられてしまって居た。



正直人間の力を見くびって居た、だから……敬意を込めて、絶望をプレゼントする事にした。



「簡単に死なないで頂戴ね」



天高く杖をかざし魔力を込める、空には暗雲が渦巻き紫色の光を中心から放って居た。



やがて暗雲は王国軍の頭上を覆い尽くす、耳を澄ませば亡者の唸り声が響いて居た。



「さぁ……絶望の始まりよ」



ラルドーシャは嬉しそうにそう言うと暗雲からドロドロとした毒々しい色の足が出現する、ヘドロは地面に落ちると焼ける様な音を立てて地面を腐らせて行った。



「なによあれ……」



アンデットオーガとの戦闘を終え本隊に合流しようとして居たシャリエルの視界に飛び込んで来る、体全体がヘドロに覆われべちゃべちゃした気持ちの悪いモンスターが戦場へと召喚されて居た。



モンスターは雄叫びを上げると体のヘドロを撒き散らす、シャリエルは魔法結界の魔紙を破り防御しようとするも結界すら腐らせ破壊してしまった。



「なにこのヘドロ!?」



咄嗟に避けるが白いローブの端に当たる、魔法無効にも関わらずヘドロはローブを腐らせ溶かした。



ふと周りに視線を向けるとヘドロを浴びた冒険者や騎士は腐食し溶け、骸となって居た。



「あっはは!愉快愉快!人間は脆い、弱い!!」



高みで高らかな笑い声を上げて見物するラルドーシャ、恐らくヘドロを召喚したのは彼女……大抵の魔法は術者を倒せば消える、だが遥か上空に居るラルドーシャに当てる魔法など無かった。



「どうすれば……」



逃げ惑う冒険者や騎士達、そこを追撃する暗黒神の軍勢……王国軍は一人の魔導師によって意図も簡単に壊滅して居た。



浄化の魔法を試しに使って見るが効果は無い、ヘドロを撒き散らしまくるが減る様子も無かった。



「対策が分からない……」



「対策なら簡単っすよ、体全体を凍らせるか燃やすかすれば良いんっすよ」



後ろから聞こえて来た声に振り向く、其処にはユーリが立って居た。



「貴女は確か……ユーリ」



「そうっす、あれは腐食神、触れた物を全て腐らせる神っす、倒す方法は氷で封印するか炎魔法でチリも残らず消すかの二択っす」



そう二本指を揺らしながら言うユーリ、凍らせるか燃やす……聞いただけだと簡単そうだが腐食神と呼ばれたあのヘドロモンスターは40メートルを越すほどにデカイ、とてもでは無いがそんな魔力王国軍で持ち合わせて居る者は居なかった。



「魔導師全員集めても魔力を貯めるのに時間が掛かる……どうすれば」



「大丈夫っす、秘密兵器呼んでるっすから」



そう言い笑顔を見せるユーリ、その言葉にシャリエルは首を傾げた。



秘密兵器……魔力を増長させる魔法でも使うのだろうか、それを行使しても爆炎魔法を使うには相当な魔力が必要……何故余裕なのか分からなかった。



空を見つめるユーリ、その時辺りが眩しいほどの光に包まれた。



「な、なに!?」



咄嗟に目を伏せる、光で何が起こっているのかは分からないが何かが浄化される様な音が聞こえて居た。



「なにやら面白い召喚魔法をお使いの様で」



背後から聞こえてくる老人の声、光が弱まりシャリエルは振り向くと其処には白い髭を蓄えた老人が立って居た。



「ウルス様……?来るのはリリィ様じゃないんっすか?」



「少し六魔とやらを見たくてな、リリィには奴隷をやったら大喜びで変わってくれたよ」



そう言い微笑むウルス、見た目は優しそうな老人だが何処か底知れない恐怖があった。



「あ、貴方もアルカド王国とやらの人ですか?」



「名乗る手間が省けて有難い、私はウルス・キュルス、王国守護者をやっている」



「王国……守護者」



化け物の様な強さを誇っているユーリやシュリルが補佐だった……つまり彼女達の上司、強さを想像しただけで身震いが止まらなかった。



ふと腐食神に視線を移す、すると此方に近づいて来て居た。



「や、やばい、近づいて来てる!?」



咄嗟にシャリエルは雷装の魔紙を破ろうとする、だがウルスがそれを静止すると杖を構えた。



「どれ、何処まで耐えれるか試してやろう」



そう言い軽々と杖を振り上げる、すると腐食神の足元に大規模な魔法陣が出現し、大規模な火柱が天へ向かって伸びる、あまりの灼熱に辺りのスカルナイトは灰となって行った。



「なに……この魔力」



涼しい顔で第一位階の魔法を軽々と発動している事に驚きが隠せない、並外れた魔力……大陸の魔導師全てを集めても敵うか分からないレベルだった。



「なんじゃ、つまらんな……灰になりおったか」



ウルスが火柱を消すと腐食神は灰となり風に乗って飛ばされて行った。



その様子を空から眺めて居たラルドーシャに余裕は無かった。



彼女もまた魔導師、ウルスの強さは一瞬で理解出来た。



「貴方……何者」



転移の魔法を使いウルス達の前に転移すると緊迫した表情で尋ねる、その言葉にウルスは笑った。



そして次の瞬間ウルスの身体が変化し、ラルドーシャの姿に変わった。



「私、俺、儂、我……一人称なんてなんでも良い、自分は何者でも無い、ドッペルゲンガーのウルス・キュルスだ」



姿を変えたウルスにユーリを除いた者達は驚きを隠せて居なかった、ドッペルゲンガー……数千年前に存在した幻の種族とシャリエルは聞いた事があった。



だが何者にも変身できるその姿を不気味がった人間が魔女狩りならぬドッペルゲンガー狩りを行い全滅したと聞いている……まさか生き残りが居るとは思っても居なかった。



「ドッペルゲンガー……珍しい人に会えて嬉しいわ」



そう言いラルドーシャは杖から夥しい数の亡者を出現させ身の回りに纏わせる、その様子にウルスも笑った。



「私も嬉しいよ……久し振りにそこそこ強そうな魔導師に出会えたのだからね」



そう言いラルドーシャの姿から元の老人に変わる、そして杖で軽く地面を小突くと一瞬にしてラルドーシャの周りに纏われて居た亡者達が吹き飛んだ。



「な!?」



あまりにも瞬間的な浄化魔法に発動した事すら気が付かなかった……詠唱破棄、そんなレベルの話ではない程のスピードだった。



「どうした?この程度か?」



ウルスの言葉に歯軋りを立て唇を噛むラルドーシャ、その表情は怒りに満ちて居た。



「確かに貴方の魔力は尋常じゃない……でも勘違いしてもらったら困るわ、私は300年の時を生きて莫大な魔力を手に入れた……その全てを開放すれば貴方の魔力なんて話にならないのよ!!」



そう言い被っていた帽子を脱ぎ捨て地面に杖を突き刺す、その瞬間大気が震えた。



大気を震わせ地面を揺らす、ラルドーシャの魔力は桁違いに上がり続けていた、その様子にウルスは少し驚いた表情をしていた。



「これは……驚いた」



そう言い笑うウルス、シャリエルは事件の違いすぎる戦いに腰を抜かしていた。



化け物が二人……努力でどうにかなる次元はとうの昔に超えて居た……この二人は神をも超越した強さだった。



雷神を召喚出来るシャリエルだからこそ分かる事だった。



「これが……私の本来の姿よ」



そう言い魔力の衝撃波で辺りを吹き飛ばし言うラルドーシャ、緋色の髪は黒く……闇の様に染まっていた。



ローブは破れ動きやすそうな服装に変わる、だが一番変化したのは瞳だった。



白目が黒く染まり黒目が緋色に染まる、まるで化け物の様だった。



「300年の魔力……これは見事だ」



そう言い拍手を送るウルス、だが彼は絶望的な程に強くなったラルドーシャを目の前にしても余裕だった。



「なにを余裕ぶってるのかしら、今の私なら貴方達なんて1秒と掛からず殺せるのよ?」



そう言い近くにいた冒険者の方を見ると抜け殻の様にしてしまう、なんの魔法を使ったのかすらシャリエルには分からなかった。



「君の言葉をそのまま返そう、その程度の魔力で調子に乗ってもらっちゃ困るね」



そう言い不敵な笑みを浮かべるウルス、次の瞬間シャリエルは急に息が出来なくなった。



「な……なにが、おこっ……るの?」



夜だった辺りが急に明るくなる、シャリエルは必死に息を捥がくがどんどん呼吸は苦しくなって行った。



「ウルス様……周りの人を殺しちゃったらアルセリス様に怒られるっすよ」



「おっと、そうだった」



そう言い杖をコツンと鳴らすと辺りは暗くなり息も出来る様になった。



「な、何が起こって居たの?」



「ウルス様の魔力っすよ、息が出来なかったのは強過ぎる魔力に自分の魔力が吸い取られたからっす、明るかったのは具現化した魔力が照らしてたんっすよ」



そう淡々と説明するユーリ、有り得ない……人間だからとかそう言うレベルでは無かった。



だがもう驚くのは疲れた……彼達は次元を逸して居る、それで良かった。



「1500年の魔力を目の当たりにしてどうだったかな?」



「あ、あぁ……あ、」



ラルドーシャはあまりにも強過ぎる魔力に当てられまともに喋る事すら出来なくなっていた。



その様子にウルスはため息を吐いた。



「拍子抜け……まぁ死の魔法に付いては研究中でな、付き合ってもらうぞ」



そう言いウルスはラルドーシャの首元を掴み何処かへと転移して行く、大将が居なくなった暗黒軍に統率はもう無かった。



「ウルス……やり過ぎだ」



空からずっと戦況を眺めて居たアルセリスはため息を吐く、これじゃあアルカド王国が助けたと分からなかった。



だがウルスの本気に近い状態も見れた……それは収穫と言っても良さそうだった。



「さーて、残る六魔は四人か」



グッと伸びをしてアルセリスは言うと転移魔法を使わずふわふわとゆっくり飛びながら何処かへと向かった。

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