第54話 前日

(気味の悪い男だ)



迫り来る闇の触手を交わしながらランスロットは攻撃の隙を伺う、試しに光の槍を魔法で生成して飛ばすが詠唱無しの闇属性防御魔法で掻き消される、やはり身体に描かれた魔法陣が厄介だった。



「どうした?実力には自信があるのだろう?」



嘲笑う様に言い男は魔法陣から幾つもの闇の触手を出す、一本でも厳しいあの魔法が何十本も迫り来る……ランスロットは必死に剣で捌きながらも反撃の道を探していた。



身体が酷くだるい……それに男の攻撃が何故か徐々に早くなって行く、不定期だが攻撃が早くなる直前、魔法陣が光るのが見えていた。



まだ実力を隠して居るという事なのか……闇の触手魔法、気味の悪い魔法だが実力は確か、この疲弊感が無ければもっとマシに戦えるのだが……疲弊感がある限り魔法を無闇には使えなかった。



「はっはっ!無様だな!あのランスロットと同じ名なのにこの弱さ、名が泣くぞ!」



そう言い男は絶えず闇の触手を出しながら近づいて来る、彼の一言一言にランスロットは苛立っていた。



「くそっ……この疲弊感が無ければお前など」



触手を剣で斬りながら距離を取る、すると男はランスロットの言葉を聞いて笑い始めた。



「はっはっ!謎の疲弊感か……」



そう言い男は指をパチンっと鳴らす、するとランスロットの背後で急に気配がした。



何か蠢く物が背中に張り付いて居る……ランスロットは咄嗟に浄化魔法を発動すると背中に居た物は鳴き声を上げて剥がれた。



そして謎の目が一つだけ付いた気持ちの悪いモンスターは地面を這って男の元へと戻って行く、そして男の身体にくっつくと姿を消した。



「此奴は正式名称は無くてな、セルナルド国で行われて居た人体実験の副産物なんだよ」



そう言い姿を消した謎の生物が居るであろう場所を撫でる男、人体実験の副産物……つまりそれは元人間という事だった。



「そいつは……なんなんだ」



疲弊感の正体は恐らく先程の生物、あれが消えた途端大分体力が回復した。



「俺はゲリィと呼んでる、姿を消し対象の生物に取り付くと体力を奪い取り憑いた人物の思考をマイナスにすると言う効果でな、グレルド邸に来た時……仕込ませて貰ったよ」



そう言い笑う男、グレルド邸で仕込まれた……だがいつ仕込まれたのか分からなかった。



あの屋敷にはメイドとグレルドしか居なかった、あの男の姿など何処にも……



その時ランスロットはある事に気が付いた。



「その魔法陣の数ならあり得る……姿を消し気配も消して居たのか?」



「当たり、と言ってもあんたが座る椅子の真後ろでずっと待機してたんだけどね、動くと解けるから」



そう言って笑う男、グレルドと最初からグルだったという訳だった。



「だが疲弊感の正体が分かればこっちの物だ……本気で行くぞ」



そう言いランスロットは一瞬にして金色に輝く鎧を身に纏う、そして身の丈ほどの大きなランスを手に持つとグッと構えた。



金剛の鎧、装着した物の身体能力を何倍にも跳ね上がらせる魔法武具……アルセリス様から譲り受けた至高の装具、負ける訳には行かなかった。



「そんな大きなランスで俺の攻撃が防げるか!?」



男は一瞬にして変身したランスロットに少し驚きを見せつつも倍近い闇の触手を伸ばし攻撃を仕掛ける、だが触手は一瞬にしてランスロットに近づいた瞬間消滅した。



「大きさで判断しましたか?このランスは瞬神の槍をアルセリス様が改良したもの……並大抵の奴では視認する事すら難しいですよ」



そう言いランスロットは一瞬にして男の後ろに回り込むと無数の突きを浴びせる、圧倒言う間に男は穴だらけになって行った。



「なん……だその力は」



男のその言葉を残して倒れこむ、意外にも呆気ない物だった。



向こうから疲弊感のタネを明かしてくれたり魔法陣が大量に記されて居ながら使った魔法は闇の触手のみだったりと……気持ち悪いだけの男だった。



「まぁ……気味が悪いのには慣れてますけどね」



そう言いウルス様の寄生虫コレクションを思い出す……あれは気味が悪い過ぎて吐くレベルだった。



ランスロットは男が生き絶えて居るのを確認すると鎧から普通の姿に戻り槍も消える、そしてその場から離れようとしたその時、鋭利な何かが腹部を貫いた。



ふと視線を落とすとそれは黒い触手だった。



「まだ……生きてたのですか」



ランスロットは吐血しながらも触手を切り落とすと距離を取り背後を振り向く、すると其処には数百……いや、下手すれば数千の触手を纏った男が無傷で其処に立って居た。



その光景にランスロットは驚きを隠せない、なぜ生きて居るのか……いや、何故無傷なのか、確かにランスは体を貫いた……何度も何度も、だが男の身体には擦り傷一つ無かった。



「しっかり強いじゃ無いか……俺じゃ無ければ死んで居たよ」



そう言い男は首の骨を鳴らした。



「貴方は……危険だ!!」



ランスロットは今度こそ仕留めようとランス片手に走り出そうとする、だが次の瞬間無数の触手が地面から現れランスロットの身体を貫いた。



「なっ!?」



雨のせいで全く音が聞こえて居なかった……男の背後を良く見ると触手がいくつも地面の中に入っている……そしてそれは今自身の身体を貫いて居た。



ランスロットは口から多量の血液を吐き出すとその場に膝をつく、その様子を見て男は高らかな笑い声をあげた。



「何故……死んで居ないんだ」



ランスロットは苦しげに男に尋ねるすると男はゆっくりランスロットに近づいた。



「身体を見れば分かるだろ、俺はセルナルド王国に人体実験された被害者の一人だ」



そう言いすて身体に突き刺さって居た触手を全て抜き、一本の触手を心臓に突き刺す、自分は何を焦って居たのだろうか。



この薄暗い裏路地で闇の触手などしっかり見える筈が無い……何故光魔法で辺りを照らさなかったのだろうか。



今となっては後の祭り……もう死ぬのだから。



去り行く男の背を眺めながらランスロットは拳を握り締める、また……最後まで側に居ることが出来なかった。



最近見た夢の少女、相棒の名前をやっと思い出した……名はマリス・レスティア、あのマリス様と同じ名だった。



戦争で相棒を失い、途方にくれて居る時にアルセリス様に召喚された……そしてその後にマリスと名乗る機械人形の少女がアルカド王国にやって来た……何故マリス様の事があれ程好きだったのか、側から離れたく無かったのか意味が分かった。



昔の相棒であり、好意を抱いて居た人に似て居て……同じ名前だからだった。



あの時ずっと側に居ると誓った……だがその約束は今度も守れそうに無かった。



「マリス様……お側に入れず、申し訳ございません……」



ランスロットは空に手を掲げると胸に掛けたペンダントを握り締め生き絶えた。



降りしきる雨はランスロットから流れる止めどない血をただ洗い流して居た。

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