第53話 2日前 後編

鳥の鳴き声が聞こえる、降りしきる雨はより一層強さを増し傘を持たないランスロットの身体に降り注いだ。



空は雲に覆われ分かりにくいが夜になった……辺りは街灯の光が無ければ人を視認することすら難しい程に暗い、ランスロットはグレルドの屋敷の前に立つと軽々しく塀を乗り越え敷地内に侵入する、身を低く屈めてゆっくりと芝生の上を歩くと玄関ではなく家の側面に移動する、番犬は居ない……だが何かしら魔法か機械かは分からないが見張る物があるはずだった。



家の灯りが点いていない部屋を探しながらランスロットは壁を背にゆっくりと移動して行く、雨のお陰で足音は消えて居る……問題はどう侵入するかだった。



二階に灯りが点いていない窓を見つけるが割ってしまうと音が鳴り響く……一先ずランスロットは屋根に飛び上がると一息吐いた。



「家の内部は入り口あたりしか知らないしな……」



もう少し下見の時間も欲しかったのだがこの際仕方がないだろう。



ランスロットはゆっくり電気の点いていない部屋の真上に移動すると屋根から片手でぶら下がり窓の前に行く、そして空いている方の手で剣を取り出すと剣先を窓の淵に沿って当てた。



すると剣は紙を切るかの様に窓を割らずに切っていく、そして窓を切り切ると剣を消す、そして空いた手でゆっくり音を立てない様窓を外すと片手で屋根に再度登った。



「綺麗な出来上がりだ」



真四角に切られた窓の断面を見て満足そうに頷く、相変わらず疲労感は凄いが機械の様な切り口には感心せざるおえなかった。



「ふぅ……」



ランスロットは一息吐くとガラスをそっと屋根に置く、そして窓が無くなった部屋に入ると濡れた服を即座に着替え髪を何処からか取り出したタオルで拭いた。



何処も濡れていない事を確認すると部屋を見回す、工具などが置かれているただの倉庫の様だった。



部屋を出ようとしたその時、ふとマリス様お気に入りの高級オイルが置かれているのが目に入ってくる、ランスロットは手土産に一つ懐にしまうと微笑んだ。



「マリス様オイルの事になると凄いもんな」



ボソッと呟くとドアに耳を当てる、神経を研ぎ澄まし足音を聞くが近くに足音は無い、二階建ての大きな屋敷だが使用人は多く無いはずだった。



この家にはメイドとグレルド二人しかあの時は居なかった、コックが居ることを考慮しても3人……問題は無かった。



ゆっくりと扉を開けるとランスロットは素早く扉を閉めて屋敷の廊下を移動する、部屋は15部屋ほど……見つからず全部探すのは厳しそうだった。



ランスロットは懐から懐中時計を取り出すと時間を確認する、今の時刻は11時45分、15分の間に探し出し撤収という算段を立てた。



片っ端から部屋の中に人が居ないのを耳当てして確認すると入り怪しげな書類が無いかを探す、だがどの部屋も物置の様で怪しげなものなど何も無かった。



時間を確認するが何も見つけ出せないまま10分が経過する、やはり書類系統はグレルドが居る書斎なのだろうか。



だが1階の書斎に行くにはメイドの見張りを抜けなければならない……ランスロットは二階の一室で腕を組むと耳を澄ませた。



ペンの書く音が聞こえる……メイドと思われる一人の足音、恐らく場所はキッチン、となれば使用人は彼女一人、雨の音、書き物の音、足音……全てを聞き分けるとランスロットは部屋を出て入ってきた部屋に戻り窓から外へ出る、そして書斎の窓まで行くと窓を少し切り魔法を発動した。



『光の吐息』



窓の隙間から薄く光る吐息を書斎に流し込む、すると光はあっという間に部屋に充満し、書き物をして居たグレルドを眠らせた。



ランスロットは眠ったのを確認すると素早く窓を切り中に侵入する、書斎机に壁一面の本棚……怪しいところはぱっと見無かった。



机に伏せて居るグレルドを椅子にもたれさせると書き物の内容を見る、だが特に気に止める必要も無い内容だった。



「くっそ……時間は」



ふと懐中時計をみる、時間は後2分、本棚を確認して居る暇は無かった。



書斎机の引き出しを上から確認して行く、すると中段に鍵がかけられて居た。



魔法の持続時間は個人差もあるが大体2分ほど……時間が無かった。



ランスロットは鍵穴に剣の先を突っ込むと強引に回す、すると鍵はバキッという音を立てて壊れた。



それを確認すると引き出しを荒々しく開けて中身を確認する、中には一枚の黒い封筒が入っていた。



封筒を止めて居るシールにはドクロにナイフが突き立てられた不気味なマークが描かれていた。



ランスロットは封を開けると中身を確認する、其処には短くある事が書かれていた。



『クリミナティより伝令、アラサルを囮に主要メンバーを分散、その隙に王都を襲撃、その噂を駆けつけレイスにより負傷させられたアーネストの魔剣を回収せよ』



そう記されていた。



あまりにも具体的な内容にランスロットは驚きを隠せない、未来を予知するかの様な内容……これはアルセリス様に伝えなければならなかった。



ランスロットは紙を持ち窓から外に出ると一先ずアリバイを作る為傘を持ち街の方へと走る、そして誰も居ない静かな路地裏に入ると通信魔法を発動しようとした、だがその時何者かの気配を感じた。



「誰か……居るのか」



真っ暗な路地の奥に呼びかける、するとヒタヒタと雨音に紛れて足音が聞こえて来た。



「盗みは見過ごせないな」



男の声が聞こえてくる、その声にランスロットは剣を構えた。



盗み……グレルド邸に入った事がバレて居る、しかもクリミナティの書物を盗み出した事も、つまり彼はグレルドの部下かクリミナティの誰か、敵なのは容易に分かった。



「まぁお前みたいなコソ泥を捕まえるのは容易さ」



そう言い男は近づいて来る、そして街灯の光が当たる位置まで歩いて来るとランスロットはその姿を見て驚いた。



上半身裸で歩いて来たスキンヘッドの男、その身体には消える事の無いであろう魔法陣の数々が書き込まれてあった。



「なんだ……その身体は」



ランスロットは思わず口を覆う、あまりにも酷い……悲しすぎる身体だった。



「なんでも良いだろ!」



そう言い男は詠唱もせずに黒い触手の様な物を尋常では無い速さで繰り出す、なんとかランスロットは剣で軌道を変えると紙を懐にしまった。



彼は強い……あれだけの魔法陣が身体に書き込まれて居るとなると魔法の発動タイミングも未知数、勝てるか分からなかった。



ランスロットはそっと剣を構えると男に向かって走り出した。



その時に落ちた懐中時計は深夜の12時を指し示して居た。

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