第5章 腕をロックオン

怪盗マリアを張っていたのに、捕まえられなかった拓。


悔しさは、日増しに募るばかりだった。


「何がダメなのかな。」


レバーの速さも改良したし、レバーの強さも増した。


「この形が悪いのか?」


拓は、試しに自分の腕を入れて見た。


すると、拓の腕はすっぽり入り、レバーが高速で当たって、痛い思いをした。


「痛い!」


引き抜こうとしても、レバーが取れない。


成功と言えば、成功だ。



「これで何で、捕まえられなかったんだ?」


拓は考えに考え抜いて、それでも答えは出なかった。


「あー。どうすればいいんだ。」


拓は考えながら、2階から降りて来た。


「あら、拓。今日も発明を練っているのね。」


母親は、いつもの事だと笑っていた。



「ねえ、お母さん。ネズミ捕りがネズミを捕れない訳ってなに?」


「はははっ!」


母親は、お腹を抱えて笑っている。


「この前の事?まだ考えているの?」


「そうじゃないよ。」


この前から、進化している。


それでも、逃げられたのだ。


「そうね。ネズミの方が、すばしっこいんじゃない?」


「すばしっこい?」


「速さが上だったって事ね。」


すると拓は、考えながらまた2階へ戻って行った。


「拓。おやつができたわよ。あら、拓?」


発明の事になると、すぐいなくなる拓を、母親は呆れていた。


「そんなに発明って、楽しいものなのかしら。」



拓にとって、その質問はYESだ。


この機械が、どんな風に役に立つのか。


それを考えるだけでも、拓は楽しい。


「ネズミの方がすばしっこいね。」


確かにレバーは早くなったが、まだ見る事ができるスピードだ。


すばしっこい人なら、すぐ手を引けば、捕まる事はない。


それにレバーは、腕を押さえる事はできるが、抜こうと思えば抜ける仕様だ。


「これは、デザインを変えなければ。」


拓の頭の中に、また新しいネズミ捕りが生まれようとしていた。



そして、利亜奈の方はと言うと。


「危なかったわ。危うくあの機械に、手を挟むところだった。」


利亜奈は、親指を噛んだ。


「おかげで、宝石は奪い取れなかったわ。」


引き出しの中から、パンフレットを取り出した利亜奈。


「この赤い宝石、いつ見ても綺麗よね。」


これだけが、今の利亜奈の狙いどころだった。


その時拓は、改良型ネズミ捕りと悪戦苦闘していた。


「もう少しレバーを大きくして……」


試してみると、今度は重さでスピードが出ない。


「ダメか。」


拓は、頭を机の上に乗せた。


「重くても、スピードが出る物。」


頭を抱えて考えてみても、思い浮かばない。


「うーん……」


拓が考えながら、頭をクシャクシャにした時だ。



「拓。おやつ作ったわよ。」


キッチンから、母親の声がした。


「おやつ、いらない。」


拓にとっては、今それどころではない。


「お祖母ちゃんが、持って来てくれたのよ。」


「お祖母ちゃんが!?」


拓は急に立ち上がった。


お祖母ちゃんは、お母さんのお母さんで、美味しいスイーツに目がない。


お祖母ちゃんが持ってくるお土産は、全て外れがないのだ。


「今、行く!」


拓は大急ぎで、1階への階段を駆け下りた。


「お母さん、どんなおやつ?」


母親は、ニコッと笑いながら、ショートケーキを出してくれた。


「やったぁ。ロワイヤルテラッセのショートケーキだ!」


ロワイヤルテラッセは、お祖母ちゃんの家に近くにあるケーキ屋さんで、ここのショートケーキはクリームが甘くなく、いちごが甘くて美味しいのだ。


「いただきまーす。」


拓は、ショートケーキを大きな口で、食べ始めた。



「よかったわね。お祖母ちゃんがケーキを持って来てくれて。」


「うん!」


「ところで、2階で何をしていたの?」


「ネズミ捕りの改良。」


「あのネズミ捕り、作り直すの?」


母親は、よくやるわって顔をしている。


「あれで、怪盗マリアを捕まえるのさ。」


「まだ言ってるの?拓。そんな事より、小学生らしい事したら?お祖母ちゃんがプラレールを買って来てくれたわよ。」


「プラレール?」


リビングに行くと、大きな箱が置いてある。


「うわー。街を作れるくらいある。」


早速箱を開けると、拓は説明書を見ながら、あっという間にレールを繋いでしまった。


「そういうのは、得意なのね。」


母親も呆れる程の特技だ。



「ここにトンネルを通して、あっ、警察署もある。」


そう言うところに胸ときめかせている姿は、やはり小学生だ。


「すごいよ、お母さん。」


「よかったわね。」


「よし!これで電車を走らせてみよう。」


そして母親がゆっくりと、お茶を飲んでいた時だ。


「そろそろトンネル通過!警察署に着きます!」


母親もふふふと笑った。


「あれ?電車が通らないぞ。」


母親が見たら、電車はトンネルの中で、ウィンウィンと唸っていた。


「どうしたの?壊れているの?」


「分かんない。」


拓がトンネルの中に、腕を入れた。


その時、拓の頭の中に、何かがひらめいた。


「あっ!分かった!」


「えっ?何?トンネルの中に何かあったの?」


拓は腕を通したトンネルを、母親に見せた。


「これだよ、お母さん。」


「えっ……?」


母親が不思議そうな顔をしている中で、拓はトンネルから腕を出した。


「俺、2階に行くから。」


「えっ?待って?どういう事?」


拓は困っている母親と、トンネルを置いて、2階へ駆け上がった。


「ネズミ捕りの形が見えた。」


拓は早速、片腕を通せる物を探した。


「あった。これだ。」


筒のような物を手に取った拓は、それを改良して、ネズミ捕りの一部にした。


「これでスピードアップ。腕も通ったら、外れにくい。」


拓は嬉しそうに、改良に励んだ。



それは、父親が帰ってくるまで続いた。


「ただいま。拓は?」


「2階よ。また発明に火が着いたみたい。」


「はははっ!今度は何を発明するんだい?」


「なんだか、ネズミ捕りだって言ってたわよ。」


「ネズミ捕り?」


「お祖母ちゃんが買って来てくれた、プラレールのトンネルを見て、思いついたんですって。」


父親は不思議そうに、トンネルを持ち上げた。


「このトンネルが、ネズミ捕り?」


父親も首を傾げた。


拓は夜中まで、ネズミ捕りの改良に勤しんだ。


そんな拓を、両親は心配する。


「拓。キリのいいところで、終わりにして寝るのよ。」


「分かってるって。」


だが尚も改良にのめり込む拓を見て、母親はやれやれと微笑むばかり。


父親も、拓の発明ぶりには、一目置いていた。


「さて、今度はどんな発明品が、出てくるのか。」


「お父さんがそう言うから、拓は発明を止めないのよ。」


「いいさ。拓にしかできない事だ。」


両親はいつだって、ドアから灯りが漏れる拓の部屋を、見守っていた。



「さあ、できた。」


改良型ネズミ捕りの完成だ。


「ちなみに腕を入れてみると……」


拓が自分の腕をネズミ捕りの筒の中へ入れてみると、筒が一瞬のうちに腕を捕まえ、手首が引っ掛って取れない。


「やったぁ!」


だがその後だ。


赤いランプが、ブーブーと鳴りだした。


警察に知らせる用の、ランプだ。


「あっ、いけない。」


止めようとしても、これは3分間鳴り響く。



驚いたのは、両親だ。


「何だ?警察が来たのか?」


慌てて階段を降り、玄関を開けても、誰もいない。


「また拓だ。」


「あの子……」


眠そうに欠伸をしながら拓の部屋に行くと、赤いランプの元、拓がへへへと笑っていた。


「拓。その音、何とかしなさい。」


「もう少しで止まるよ。」


そして3分経ち、音は静まった。


「あーあ。」


「拓、そういう音がするものは、日中に試しなさい。」


「はーい。」


そう言うと両親は、怒る事もなく自分の部屋へ戻って行った。



「よし、成功だ。これを警察に持っていけば……」


拓は笑いが止まらなかった。



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