第4章 美術館の宝石

早速美術館のチケットを頼んだ利亜奈は、1週間後、美術館を訪れていた。


「お嬢様。到着しました。」


「ご苦労様。」


運転手にドアを開けて貰い、利亜奈は美術館の玄関前に降りたつ。



「あら、利亜奈様だわ。」


「今日もお美しいわね。」


美術館の近くを通りがかった人達は皆、利亜奈を誉めた。


利亜奈は、ちらっと美術館の屋根を見た。


南側にいくつか、窓がある。


あそこから、忍び込める。


利亜奈は、ニコッと笑った。



そして、美術館の中へ。


宝石展は、特別展示という形で、催されていた。


だが周りは見物客が多くて、利亜奈はゆっくりと宝石を見る事ができない。


「お嬢様が来るというのに、美術館側の配慮が足りない!」


執事は怒りを顕わにしたが、利亜奈はそれを止めた。


いつもは、人込みの中が嫌いな利亜奈も、この時だけは好都合とばかりに、宝石を見入った。


もし、周りに人がいない時、執事と美術館関係者だけならば、こうもいかない。


利亜奈が見入った宝石が、次々と奪われたら、疑われるだろう。



「あら、これ素敵ね。あっ、こっちもいいわ。」


久しぶりに見る新しい宝石。


そう、あの発明少年の登場から、怪盗マリアも息を潜めていたので、今ある宝石にも、飽きてしまっていたのだ。


「お嬢様、お気に召しましたか?」


「ええ。どれも素晴らしいモノばかりだわ。」


「それは、ようございました。」


執事は、利亜奈の満足そうな笑顔に、ほっと一安心している。



こうなってくると、利亜奈の宝石への欲望は、益々増えるばかり。


利亜奈は、いろんな宝石の展示を見る度に、セキュリティーもチェックしていた。


この宝石のセキュリティーは、甘い。


直ぐに奪い取れそうだ。


この前の大きい展示室は、上に風口が開いていた。


そこから入れば、ここは盗める。


そんな事ばかり考えているから、執事も利亜奈の様子を疑う。



「お嬢様、どうされましたか?」


「えっ?」


「先ほどから宝石ではなく、天井ばかり。」


「ふふふっ。」


利亜奈は、冷静に微笑みを浮かべた。


「おまえは、まだまだね。宝石を綺麗に映し出すには、天井の証明が大切なのよ。」


「それは気づきませんでした。さすがは、お嬢様。」


執事もすっかり騙されて、天井の証明をキョロキョロと見始めた。



そして利亜奈は、宝石へ視線を移した。


その瞬間、利亜奈の目に真っ赤な宝石が止まった。


【世界最大のルビー】


利亜奈は、ゴクンと息を飲みこんだ。


そのルビーは、大きく輝きを放っている。



「このルビー、すごく素敵だわ。」


「さすがお嬢様。お目が高い。」


執事は、利亜奈の耳にそっと呟いた。


「これは、世界に一つしかないルビーでございます。」


利亜奈は、大きく息を吸った。


「おいくらぐらいするのかしら。」


「それは、お値段が付けられない程に。」


「ああ、魅力的だわ。」


そして執事は、ため息をついた。


「以前の旦那様であれば、言い値を付けて、お買上頂く事もあったのに。」


「お父様が?」


あのケチで、宝石の事も分からないような頑固者が?


「はい。ですが、ある時からパタッと宝石選びを止められて。」


利亜奈は考えた。


おかしい。


この前は、市民の事を考えろとか、財政の事を考えなければとか、そんな事を言っていたけれど、前は一つも言っていなかった。


要するに、利亜奈と同じで、飽きたのだ。


世界中の宝石を、収集する事に。


でも、利亜奈は違う。



「私はまだ、世界中の宝石に飽きてなんかいないわ。」


唇をそーっとなぞった利亜奈。


欲しい宝石があったら、この手に掴みたい。


「いいわ。」


この宝石を盗んであげる。


「さあ、行くわよ。」


「お嬢様、もう宜しいのですか?」


「いい物を見させてもらったわ。それで十分。」


「はい。」



利亜奈は、運転手の誘導で車に乗ると、美術館の屋根を見つめた。


ああ、いつあの赤いルビーを、この手に抱けるのだろう。


そればかりを考えていた。


その車と行き違うように、発明少年が走って美術館に到着した。


「はぁはぁ。」


ずっと走って来たから、息も上がる。


「やっと着いた。」



美術館で特別展示を行っている事を聞きつけて、興味はないけれど、父親に頼んでチケットを買ってもらった拓。


まだ小学生だから、チケットは安かった。



「よし。怪盗マリアが、姿を現すかもしれない。下見しなきゃ。」


美術館に入った拓は、宝石を見つけては、その光に没頭した。


「宝石ってすごいな。あいつが虜になるのも、分かるような気がする。」


そうして、1時間程宝石を見回った時だ。


拓にも、あの赤いルビーの宝石が、目に入った。


「これはすごいや。」


今まで見て来た宝石、どれよりも大きい。


そして鮮やかな深い赤色。


絶対怪盗マリアは、この宝石を狙ってくると、拓は思った。


「よし。今日はこの改装ネズミ捕りを持って、泊まり込みだ。」


拓は人が見ていないうちに、非常口階段の内側に潜んだ。


「ふぁー、眠いな。」


時計を見れば、時間は16時。


閉館までにはまだ、2時間もある。


「しばらく寝ておこう。」


走って来た疲れで、拓は寝入ってしまった。



そしてしばらく経った頃。


数人の足音に気づいた拓は、目を覚ました。


非常口階段のドアが開きそうになると、拓は急いで下に降りた。


「ここには、いなそうだな。」


「まったく。小学生の男の子が、美術館に行ったきり戻っていないなんて。こんなところに隠れている訳ないだろう。」


そう言って、ドアの外に出て行った。


拓は、しまったと思った。


母親に美術館に行くと行って出て来たから、夕食になっても帰って来ない拓を心配して、連絡してきたのだ。


「仕方ない。嘘つくか。」


拓は、母親に持たされている、小型の携帯電話を懐から出した。


母親への連絡は、ボタン一つでできる。



「もしもし?」


『もしもしじゃないわよ!こんな時間まで、どこに行っているの!』


「ごめんなさい。今日は帰りが遅くなるんだ。」


『遅くなるって、小学生の言うセリフじゃないわよ!』


いつも父親が言っている台詞を使ったが、母親には通用しなかったみたいだ。


『とにかく、今直ぐ帰って来なさい!』


「だから、帰りは遅くなるんだよ。」


母親は、ため息をついた。


『……じゃあ、何時くらいに帰ってくるの?』


「10時過ぎ?」


『10時!?寝る時間じゃない!もっと早く帰って来なさい!』


母親はそう言って、電話を切った。



拓は耳が痛くなった。


母親が心配するのは、ごもっともだが、拓にはやらなければならない事がある。


怪盗マリアを捕まえる事だ。


「よし、来い。俺が捕まえてやる。」


拓は非常口のドアを抜けて、美術館のホールに向かった。


見れば、セキュリティーの放射線が、あっちこっちにある。


これに触れれば、一巻の終わりだ。


怪盗マリアは、このセキュリティーを掻い潜ってくるのか。


狙いは、あの赤いルビーだ。



そして、一瞬。


セキュリティーの放射線が消えた。


「来た!」


拓は走って、ルビーの前に改装ネズミ捕りを置いた。


だが戻って来た時には、セキュリティーの放射線が復活していた。


「ルビーは!?」


まだガラスケースの中にあった。


「ネズミ捕りは!?」


よーく見ると、レバーは倒れているが、何もかかっていない。


「くそっ!逃がしたか!」


拓は、舌打ちをした。



そして頭上を飛び回っている怪盗マリア。


「ああ!もう!何なの、あの機械。」


あの機械とは、拓のネズミ捕りだ。


「あれさえなければ、ルビーは私の物だったのに!」


利亜奈は、悔しがった。


「もしかして、あの発明少年?」


そう思って、一軒家の屋根に潜んでいたところ、美術館の脇からあの発明少年が出て来た。


「やっぱり。くぅー!何とかしとけばよかった。」


利亜奈は更に悔しがり、家に向かった。



さて、家に帰った拓は、母親にすごく怒られた。


「一体、何時だと思ってるの!」


「でも、まだ10時じゃないよ。」


そう言って拓は、美術館の方を見た。

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