第3章 ここから
夜は怪盗マリアの利亜奈は、昼はその姿を隠していた。
「ふぁー。」
利亜奈の大きな欠伸に、周囲は驚く。
「最近、利亜奈さん。お疲れになっているんじゃなくて?」
「だ、大丈夫よ。」
「あらやだ。利亜奈さん、目の下にクマができているわよ。」
そしていつの間にか、利亜奈の周りに人だかりができていた。
「心配だわ。」
「利亜奈さん、ご用心なさって。」
利亜奈の人気のせいか、皆、利亜奈を心配している。
「本当に大丈夫なのよ。皆さん、気になさらないで。」
利亜奈がにっこり笑うと、みんなも安心したように微笑んだ。
だが、利亜奈の心の内は、違っていた。
まずい。
このままでは、内側から崩れる可能性がある。
何とかしなければ。
利亜奈は、焦っていた。
ある日、利亜奈が家に帰る途中、迎えの車に乗っていると、見覚えのある少年に出会った。
「ん?あの子……」
窓を少し開け、少年を見てみると、あの夜自分が感じた視線の先にいた子供だ。
「そうだわ。あの子よ。」
利亜奈は、運転手のあの少年を追うように、指示をした。
少年、そう拓の行先は、部品屋だった。
あの時探せなかった部品を、また探しに来たのだ。
利亜奈の車は、部品屋の手前で停まる。
「拓ちゃん、また来たのかい?」
「うん。どうしても、自家発電の部品を探したいんだ。」
「自家発電ねぇ。」
どうやらお店の人とは、顔見知りのようだ。
しばらく経って、その少年はお店を出て来た。
十字路の角を曲がると、運転手が車を出て、お店の店主に何か聞いて、利亜奈の元へ戻って来た。
「少年の名前は、尾崎拓。街では評判の発明少年だそうです。」
「発明少年?」
利亜奈は、目を細めた。
「あの少年を、見張ってちょうだい。」
「はい。」
そして利亜奈の車は、家に向かって走って行った。
自分が怪盗マリアだと言う事を、知っているかもしれない少年。
利亜奈は、しばらく怪盗マリアを止めてみた。
街はそれでも、噂になる。
「最近、怪盗マリアが出ないって言う噂だよ。」
「宝石店は、ほっと一安心ね。」
「それにしても、出たら出たで噂になって、出ないなら出ないで噂になるのね。」
そうして、2週間程過ぎた。
街の人はもう、怪盗マリアは出ないだろうと思っていた。
宝石店は、それこそ気が抜ける程、安心した。
だが拓だけは、違っていた。
「あいつは絶対、また出る。絶対俺が捕まえてやる!だけどな~。捕まえる手段がないんだよな。」
自家発電の事は、どこの空か。
拓はいつの間にか、怪盗マリアの事しか、頭になかった。
「宝石店か。ドアに自動鍵装置を付けるとか……宝石を取ろうとした時に、宝石が……」
机に向かって、ブツブツ呟く事が、最近の拓の日課になっていた。
そして利亜奈は、そんな拓の様子を伺っていた。
「どう?あの少年。」
「はい。最近は大人しくしている様子。部品屋にも行っていませんし、日中怪しい行動はしていませんし、夜も出歩いている形跡はありません。」
「そう。」
利亜奈は、紅茶を飲みながら、ほうっとため息をついた。
自分の思い過ごしだったのか。
そもそも、あの場面を見たと言うだけで、何もできないのではないか。
大体、あの少年が口を滑らせ、怪盗マリアの正体を知っていると言っても、街の人は信じないだろう。
利亜奈は、クスッと笑った。
「それもそうよね。相手はただの少年。何を恐れていたのかしら。」
高らかに笑う利亜奈の目に、一枚の紙が入った。
「これ、なあに?」
「はい。今度美術館にて、欧米の秘宝を展示するのです。滅多にお目にかかれない宝石ばかりですよ。利亜奈様。」
「欧米の秘宝……」
利亜奈は、ごくッと息を飲んだ。
「一度、見に行かれますか?」
「そうね。直ぐに手配してちょうだい。」
「かしこまりました。」
利亜奈は、その紙を見た。
「さぞかし、いい宝石が並んでいるんでしょうねぇ。」
胸がドキドキしてきた利亜奈は、大切そうにその紙を、盗んだ宝石が入っている引き出しの中に入れた。
一方の拓は、思いつかない発明に、頭を悩ませていた。
夕食を摂る時も、発明の事ばかり考えていた。
「拓。ご飯を食べる時くらい、発明の事は忘れなさい。」
「そんな暇ないんだ。こうしている間にも、怪盗マリアは盗みの準備をしているはず。」
両親はため息をついた。
「また怪盗マリアか。」
「利亜奈様が犯人だって言うのなら、それは間違いよ。」
拓は、テーブルを叩いた。
「だって、俺見たんだよ。」
「だから、見間違いよ。」
「あの金髪は、奴しかいない!」
「こら!利亜奈様を奴とか言うんじゃない!」
逆に父親に怒られ、拓は舌打ちを鳴らしながら、椅子に座った。
この街の人達は、利亜奈が素晴らしい人だと、騙されているんだ。
奴はそれを利用して、宝石を盗んでいる。
それを暴くには、奴を捕まえて、街の人に見せつけるんだ。
拓は改めて、自分の部屋の中に転がっている、発明品を一つ一つ見てみた。
この中に、使えそうなものはないか。
拓は、探し回った。
「あー、何もないか。」
その時だった。
小さなネズミ捕りが、転がっているのを見た。
「これは……ネズミ捕り……」
一年前、母親がネズミに困っていると言い、一晩で作った物だが、母親がいらないと言ったので、使わなかったものだ。
そうだ。
これを使おう。
ネズミが来ると、バチンと手を挟む。
怪盗マリアが来たら、これで足元をバチンと挟んでやる。
拓は、ネズミが捕まえられるかどうか、試してみた。
その夜。
ネズミ捕りにチーズを乗せ、キッチンの奥に置いてみた。
翌朝。
もしネズミが取れていたら、母親がびっくりするので、拓は母親が起きて来る前に、キッチンへ向かった。
結果は惨敗。
チーズだけ取られて、装置すら発動していなかった。
「なんだ。自信作だったのになぁ。」
舌打ちをして、振り返るとそこには母親がいた。
「おはよう。早いわね。」
「うん。おはよう……」
失敗したネズミ捕りを、背中に隠した。
「あら、何を隠したの?」
「ううん。何でもない。」
何でもないと言ったのに、母親は拓の背中から、ネズミ捕りを奪い取った。
「あら。これネズミ捕り?」
「うん。」
「それで?ネズミさんは捕れたの?」
「ううん。捕れなかった。」
すると母親は、クスッと笑って、ネズミ捕りを拓に返してくれた。
「失敗しても、諦めちゃだめよ。」
「お母さん……」
「失敗は成功の母って言うしね。」
母親は、拓にウィンクをした。
拓は、使い物にならなかったネズミ捕りを持って、部屋に戻った。
一体、何が悪かったのだろう。
自分で試しにやってみた。
装置の上に、自分の手を差し出してみる。
そして、装置は発動し鉄のレバーは降りて来たが、その速さが異常に遅いのだ。
しかも降りたと思っても、押さえる力が弱くて、少しの力でレバーは戻ってしまう。
これでは、ネズミを捕る事ができないどころか、笑われてお終いだった。
「おっかしいな。実験の時には、レバーはもっと早く動いたし、押さえる力も、もっとあったのにな。」
拓は、レバーの根元を見てみると、スプリングがかじられた跡があった。
「やられた!」
拓は、自分の額をペチっと叩いた。
装置が起動する前に、ネズミに装置をかじられるだなんて。
今度は、床に手をついた拓。
「完全に、ネズミに舐められてるよ。」
そんな時、怪盗マリアの高笑いが、聞こえてきた気がした。
「いや、俺は負けない!必ず、怪盗マリアを捕まえてやる!」
拓は一晩中かけて、ネズミ捕りを修復した。
「拓はまた、発明をしているのかい?」
「そうね。」
母親には、拓があのネズミ捕りの装置を、直しているのだと気づいていた。
「ネズミを捕まえる装置よ。」
「ネズミ?」
母親は、まだまだ子供だと、拓を可愛く思った。
「絶対これを成功させて、怪盗マリアを捕まえないと。」
だが拓が発明していたのは、もっと大きいモノだったりして。
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