第3話 信長と魔力

 赤ん坊の生活は退屈だった。

 最低といってもいい。


 毎日、寝たきり。

 乳を飲んで排泄するだけの日々。


 正直に言おう。

 わしは発狂しそうだった。


 生まれ変わった喜びなど、とうにどこかへ霧散していた。同じ天井を眺めるだけの無為な日々。自由の利かないふにゃふにゃの体。


 転機が訪れたのは、ある雨上がりの日だった。

 乳母が挿絵さしえ入りの本を持ってわしに読み聞かせを始めたのだ。


 声が出せれば「でかした‼」と褒めてつかわしたことだろう。


 その日からこの世界の言葉を学び始めた。

 わしは貪欲に吸収した。


 他にすることがなかったからな。

 

 まず分かったのは、ここがわしの知る限り南蛮のどこの国でもないということだ。ポルトガルでもなければスペインでもない。全く未知の言語だった。

 服装からして大陸とも考えがたい。


 わしはカークランド王国のミト地方を治める、カルディア男爵家の嫡男として生を受けたらしい。名前はカルディア・グレイス。下から数えたほうが早いが、れっきとした貴族である。姓名があるのが何よりの証拠だ。


 盗み聞きした範囲内でしかないが、政情も安定しているようだ。一昔前に大きな戦争があったきりで、今は国境沿いのごたごたがたまに起こるくらい。下剋上を試みる輩もいないようだ。


 わしが生きた戦国の世とはまるで違う。

 生ぬるい。

 しかしこれはチャンスでもある。

 周りは油断しているということだ。


 また大きな発見もあった。

 魔法の存在だ。


 隣のベビーベッドにいるウェルダという赤子が熱を出したとき、乳母のサーシャが手の平から氷の塊を出して見せた。


 はじめは妖術の類かと目を見張った。

 しかし前世でもそんなことができるものは一人としておらなんだ。そもわしは迷信の類は信じていない。世俗の武士の戦に介入してきたから、比叡山延暦寺だって焼き払って見せた。


 肝心なのは、この世界は前世とは全く異なる法則が働いているらしい、ということだ。


 これには衝撃を受けた。

 と、同時に興奮した。

 これは戦で役立つと。


 しがない乳母にも使えるくらいだ。

 同じ人間であるわしに魔法なる妖術が使えぬ道理はない。


 それからわしは魔法の習得に熱を出した。


 はじめは全く手掛かりがつかめなかった。

 いかなる過程を経てそれがなるのかも、仕組みさえもわからなかった。


 途中、魔法を行使するには魔力が必要だという知識を耳にした。


 拳を握りしめてみたり、唸ってみたり、踏ん張ってみたりした。

 便は出たが結果は出なかった。


 まさに惨敗。

 からきしだった。

 

 それでも諦めずに魔法を探し求めた。時間はいくらでもあった。

 毎日、来る日も来る日も魔力を探した。


 それは偶然と根性の賜物だった。


 わしは心臓に血脈とは異なる何かが、かすかに脈打っているのに気がついた。

意識を集中させると、それはねっとりとした液状のものであることが察せられた。


 わしはそれを操ろうと試みた。

 引いたりしたりして力を加えようとした。はじめはほとんど変化がなかった。弱々しく震えるばかりで動く気配さえ感じられなかった。


 しかし日を重ねるごとに、わずかながらも手ごたえを感じるようになっていった。最初は心臓付近にしかなかった魔力を肺にまで巡らせられるようになった。


 次いで腹、腰、腕、頭と続き、最後には足の小指の先にまで魔力を循環できるようになった。


 ひと月も経つと体内で循環させるスピードも自在に調節できるようになった。針の穴を通すような繊細な操作も可能になった。


 それでも魔法は使えなかった。

 わしにはさっぱり原因がわからなかった。

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信長転生 ~異世界行ったら魔王になる‼ トムキャット @sutorabo

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