レインフォール殺人期

▼とくに本編とは関係がない

▼みっつでひとつ(△鬼/△期/△器)

―――






「まだらんセンパイ! 一生のお願いがあります!!」


夏休みも半分を終えようとしているとある放課後――、出席日数をカバーするための補講授業を終えて帰ろうとしていた斑は、学校の昇降口で校則違反カラーのゆるふわツインテール後輩女子に掴まっていた。


「……、ああ、新聞部2号」

「2号じゃないです!! 1年3組新聞部副部長、黒八木(くろやぎ)サンです!! そしてこちらは私の新しい相棒・ハニャソニックミラーレス一眼レフくん!」


ばばーんという効果音が似合うくらいの大げさなポーズで、新聞部2号ことサンは一台の真新しいカメラを差し出した。しかし斑の興味は引けなかったらしく、ふーんと言いながら真新しいスニーカーを下駄箱から取り出し始める。


「まだ話の途中です! うわ~~んまだらんセンパ~~イ! 帰っちゃいやです~~!!」


何事もなかったかのように帰ろうとする斑の腕をがっしりと抱き留めたサンが、いやだいやだと頭を左右に揺らす。

昇降口には斑と同じく帰ろうとする生徒や部活に向かう途中の生徒が多数いたが、今やすべての視線は二人にくぎ付けだ。振り回されるふわふわのツインテールを手で防ぎながら、斑が呆れたように呟いた。


「この前“もう付きまとわない”って約束したでしょ」


以前――、新聞部部長・白谷銀太(しろやぎんた)に、「勉強もスポーツも万能なんてどこの少年漫画だ! 森野斑には絶対になにか裏があるに決まってる!」……という言いがかりをつけられ、数日にわたってスクープを狙った尾行をされたことがあった。

とうとう部員が二人だけになり同好会に落ちる危機がそうさせたのか、あれこれ上手くいかないことへの個人的逆恨みなのか……。理由はともあれ、尾行を続けたことで危ない目に合ってしまった二人をしぶしぶ助けた斑は、「真っ当に生きたいなら付きまとうな」と忠告していたのであった。


「ちがいますよー。これは新聞部のアレじゃなくて、わたし個人のアレです!」

「アレって何」

「アレですアレ!!」


サンにぐいぐいと――動かないこともできたが――引っ張られて連れてこられた掲示板には、「私の町写真コンテスト ※詳細は写真部まで!」と書かれたポスターが貼られていた。


「写真コンテスト?」

「そうです! 新聞部は結局わたし以外の部員が入らなくて……あの後、写真部と合併されたんです。だから毎月の生徒会新聞だけじゃなくて、写真部としての活動実績も残さないとダメらしくて」

「ふうん」

「ふうん、じゃないですよー! もうめっっっちゃ大変なんですから!」


サンはぷんぷんと口で言いながら、斑の背中をぽこぽこ叩く。言うまでもなく、斑にはなんのダメージも加わっていない。


「で、何がしてほしいわけ? 一般人には入れないところに行きたいとか?」

「“天雲製造工場”まで、一緒に写真を撮りに行ってほしいんです!」

「どこそれ」

「えっ、センパイ知らないんですか? ココですココ」


小学校のときに社会科見学で行きませんでしたー?なんて言いながら、サンはスマホの画面を斑に見せる。どうやらここから駅三つほど隣にある、工場地帯のことを言っているようだった。しかし斑は幼少期をこの近辺で過ごしていない。どうして天雲工場なんだと訊ねる前に、見せられている記事のタイトルに目が行った。


――“ヤバい噂話がある場所・工場地帯編”。


(なるほど)


斑は察した。

つまるところ提出しなければならないコンテストの写真ついでに、新聞のネタをも撮りに行こうとしていることに。

しかしそうならそうで、いくつか疑問が生じる。


「なんで1号と行かないの?」

「白谷部長ですか? 部長はほら、受験生だから夏期講習とかで忙しいじゃないですか。名前だけ部員だから写真部の提出もしなくていいし」

「写真部の同期とかは?」

「ああー……、一応わたし、新聞部なんで……写真部の子たちとはちょっと距離感があるっていうか、そもそもクラスでも浮いてるっていうか……。正直こういうところに行ってくれそうな人が、センパイ以外思いつかなくて……」

「なるほど」


斑は隣に立っているサンをまじまじと見る。

毎朝手入れしているであろうゆるふわツインテールは淡い栗色に染められていて、スカートは内側に折り曲げること三回、今時珍しいルーズソックスにぶかぶかのカーディガン、派手ではないがマニキュアも化粧もしている。もちろんすべて校則違反だ。運動部でもないのに気分でジャージで登校しそのまま授業を受ける斑と同じく、生徒指導室のブラックリストに載っていた。

学校という狭い世界で悪目立ちするというのは、一歩間違えれば孤立に繋がる。編入当時の斑が周りから距離を置かれていたように――とはいえ3年になった今でもそのとっつきにくさから距離を置かれているのだが――、サンも周りから距離を置かれているのだろう。


「ダメ、ですかね」


サンが上目遣いで、斑を見る。

特に効果はなかったが、就職組でこれと言って用事がない斑には断る理由もない。それにこのサンという人物が、一人なら行かないという選択肢を持っているようにも思えなかった。悪い噂が立つ場所には、それ相応の悪い人間も集まってくるものだ。

そしてサンは、運命の女神に荒塩対応されている。


「……、危ないことは無しなら」

「やったーーー! まだらんセンパイ大好き!!」

「ちなみにいつ行くの?」

「今週の土曜日です!」


がばっと飛びつかれた衝撃に微動だにしないまま、斑はやれやれとため息をついた。






***


「で、今どこ」

『えへへ~、早く起きれたのでもう現場にいます! 駅からまっすぐ歩いて行って左に曲がって、なんかこう…いい感じの橋のとこです!』

「どこだよ……」


約束の当日、斑は最寄り駅の改札前でめんどくさそうにため息をついた。

通話の終了した通話アプリの画面には、今いる場所から撮ったであろう工場の写真とともに、絶妙に可愛くないヤギがペロリと舌を出している。工場地帯へは、ここからでも見える大きな煙突を目印にしておけば迷うことはないだろう。徒歩十数分といったところか。しかし“なんかいい感じの橋”の場所については情報が少なすぎる。駅舎の外は大粒の雨が降りしきっていて、行きかう人もほぼゼロに近い。


「はぁ……」


何度目かのため息をつきながら、斑は持ってきていた男物の傘を開いた。


約束をした日の夜、斑はサンに見せられた記事について調べていた。

いくつかのサイトを眺めて分かったことは、噂から広まった程度の心霊スポットではなく、実際に何かが起こったことのある曰くつきスポット特集だったらしい。何もわざわざこんなところを選ばなくても、とメッセを送ったのだが、こういうほうが目を引く記事になると力説されてしまった。どうやら新聞部には期待の新人が入ったようだ。


水たまりだらけのアスファルトを真新しいスニーカーで踏みしめながら、遠くに見える工場地帯を目指す。


(まあ心配しすぎか)


工場方面に進むにつれ民家が少なくなり、プレハブの倉庫と資材置き場が増えてきた。道路に向けて監視カメラはいくつかあるものの、その半数はダミーだろう。経験上、こういうところは使い勝手がいいと斑は知っていた。そして今日のような雨の日も、モノ好きにはご機嫌なBGMにしかならないことも。

もう一度場所を教えてもらおうと鳴らした電話は、繋がらないままだ。


「おいそこの、あんた」


ふいに、声をかけられた。

声のしたほうに顔を向けると、作業着姿の男がたばこ休憩をとっているらしかった。男は斑のジャージを上から下まで見て、「違ってたらアレなんだけどさあ」と、タバコの煙をくゆらす。


「あんた、そのジャージ、西高生だろ? ちょっと前に通ってった女の子と知り合いか?」

「……明るい栗毛のツインテール?」

「あーそうそう、なんだやっぱ知り合いか。こんなとこに何の用か知らないけどさぁ、カノジョを一人にしないほうがいいよ。このご時世、なにかと物騒なんだから」

「……、写真部の活動なんです。どっちに行ったか分かります?」

「物好きだねえ。あー、あっちだよ。ほら、あの赤い看板あるだろ。あれを左に曲がってったよ」


男は再びタバコに口をつける。礼を言い歩き出そうとした斑に、男が思い出したように独り言ちた。


「ああ、じゃああれは顧問の先生か」

「は?」


ドスの利いた声で振り返った斑に、男は一瞬息を詰まらせる。


「え、いや、その子の少し後に、身なりの良い男が歩いてったからよ。何度かここらで見かけたことあったから……顧問の先生が下見に来てたんじゃないのか?」


それを聞くや否や、斑は走り出した。遠くで男が読んだ気がしたが、斑はそれを無視した。


(ほんと運が悪いやつだな……!)


赤い看板を曲がると、開けた視界にパイプラインと煙突の巣窟が飛び込んでくる。曇天の空に煙をもうもうと噴き出すさまは、確かに子供の目から見れば“天雲製造工場”に見えるのだろう。

斑は最後に送られた画像からだいたいの方角を割り出そうとするも、こうも似たような構造ばかりでは分からない。舌打ちをしながら用水路に沿った道路を海のほうへと走り抜ける。

そして――、自分の吐息と降り続ける雨音の中に混ざったかすかな鼻歌を、斑は聞き逃さなかった。

呼吸を正しながら、目の前の橋の付近を見渡す。

木々も少なく写真を撮るには絶好ポイントだが、サンの姿は見当たらない。

ガードレールから乗り出して用水路の先……、トンネルのようになっている道路橋の下に目をやる。すると微かだが、人影が動いたような気がした。考えるよりも先に、斑の体は音もなく橋の下に降り立った。

依然として鼻歌を歌っているレインコートの男の足元には、見慣れた栗毛が横たわっている。


ああ、と斑は小さく息を吐いた。


そして静かな声で、男に問いかける。

一秒でも早くサンを盗り返すために。






/△期end

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