レインフォール殺人鬼

▼とくに本編とは関係がない

▼みっつでひとつ(△鬼/△期/△器)

―――






小さいころから、“開封”するのが好きだった。


最初はスナック菓子についてくるカードを開けるドキドキ感から始まった。


それ以降、誕生日プレゼント、カードゲームパック、開かずの納戸、重石の乗せられた古井戸、青年雑誌の袋とじ、陳列されている商品――……いろんなものを開けた。中身さえ暴ければいいというわけではない。それらが美しく包装されたように、丁寧に開けることが重要だった。


いつしかこの好奇心は、生きているものの中身へと向かった。

我ながら極端な思考のようにも思えたし、たいていのものを開けてしまった者の行きつく先としては、ごく当然の流れのようにも思えた。


とにもかくにも、私は初めて“開封”したときの快感を忘れることができないでいた。






***


大粒の雨が降りしきる中、私は鼻歌交じりにレインコートを着込んで、ここしばらくできていなかった“開封”をしに来ていた。

本日の会場は、以前から目をつけていた工場団地。

ほぼ毎日のように煙をもくもくと空に吐いていることから、近隣の小学生たちに雨雲製造工場なんて呼ばれている。定刻に行き来する作業車を除けば、周辺に人通りはほとんどない。さらに道路橋の下に入り込んでしまえば、絶好のパーティー会場になる。

そんな場所を選んだことと、久しぶりに好みの外装を見つけてしまった高揚感が、私から周りへの警戒心を失わせていたらしい。


「ねえ、何してるの」


私はその声にようやく、誰かが近くにいたことに気づかされた。


ばっと振り向いた先には、降りしきる雨の中、私を見つめる少女がいた。


ここからそう遠くない進学校の指定ジャージに身を包んだ少女は、見るからに高そうな男物の傘を左手で気だるげにささえている。右手は親指だけ無造作にポケットにねじ込まれていて、パッと見だけでは男か女か分からなような中性的な顔立ちが目を引く。

その抑揚のない瞳にとらわれた瞬間、首の後ろから全身にぞわりと何かが走った。

美しいものを見つけたときの心地よい悪寒。

もっと近くで見てみたい、触れたい、帰してはいけない――。


そんな気持ちが先走ったのか、考えよりも先に言葉が飛び出す。


「やあ、君こそ、ここでなにしてるんだい?」


質問に質問で返してしまった。

まあ、言ってしまったものは仕方がない。

表情筋が許すかぎりの、さわやかな青年が浮かべていそうな笑みをやってみる。自慢ではないが、こうやって職場の女性に話しかけるとたいていは良い反応が返ってくるのだ。

しかし、彼女の表情は変わらなかった。

傘を打つ雨音で聞こえなかっただろうか、それとも荒れる用水路の音でかき消されたのだろうか……。そう思って、もう一度口を開く。


「――もしかして、迷子かい? ここら辺はいりくんでいるからね、良かったら分かる場所まで一緒に行こうか?」


もしかしたら警戒しているのかもしれないと、適当な言葉を並べてみる。すると少女は、唇をかすかに動かす。

閉じた唇が離れる瞬間が、ひどく扇動的に感じた。


「え、なんだい」


なんと言ったのか聞き取れなかった。笑みのまま聞き返すと、雨に濡れるのもかまわず少女の指先がすっと私のほうへと向けられた。


「その続き、しないの」


その指す先――寂れた工業団地のドブ川に掛かる、コンクリート製の道路橋の下に横たわっている“それ”――、つまるところ私の足元には、十数分前までは女子高生だったものが横たわっていた。


「――ああ、これかあ」


少女に気を取られて、すっかり忘れていた。

少し前までは素晴らしい外装だと思っていたのに、もうまったく興味が持てない。ワクワクしながらお歳暮の包装紙一枚はがした後に、ああもうこれは缶詰セットだなと分かってしまったときくらいの興味のなさだ。

手に持っていた解体用ナイフを、きれいに畳んでおいた制服の裾で拭って少女のほうに向かい直す。

そういえばこの制服は、少女の学校のものではなかっただろうか。“これ”を見てなお私に話しかけるということは、友人か何かだろうか……。いや、それにしては冷静すぎる。もしかしたら、私と同類なのかもしれない。

そんなことを頭の片隅で考えながら、先ほどと変わらぬ口調で話しかけた。


「これはもう、いいんだ。それより君に興味があるなぁ……。どうしてこんなところにいるんだい? 君も何か探しにきたのかな」

「別に」


……、一体何に返事をされたのか。

少女はコンビニにでも入るかのように表情一つ変えずこちらに近づいてきて、バサバサと乱暴に傘を閉じる。濡れた前髪を指ではじく横顔が、逸れた瞳が再び私に戻ってくるまでの様が、あまりに美しくて喉を鳴らした。


私の横を通り過ぎた少女は、男物の傘でカバーされていたのか――……、思ったよりもしっかりとした体つきをしていた。


(えっ)


横たわっている“それ”に近づくと、さらに体格の良さがはっきりする。


(えっ。いや筋肉付きすぎじゃない……?)


いまどきの若者は育ちがいいと聞くがこんな……筋肉も付きやすいのか?

一目見た印象から少女だと思ったのだが違ったか……? えっ実はめちゃくちゃきれいな顔の男か??

まあ中身は見てのお楽しみのほうがそそられるが、んっ、えっ、これは喜んでいい状況なのか????

いやいやでも、まくられた裾から見える足首は……どちらかといえば……女性的だ。

少女……、いや、少女と呼んでいいのだろうか……、少女とは……。


――もう、便宜上少女とでも呼んでおこう。


便宜上少女は私が開封した“それ”を値踏みするように撫でまわしている。その目つきを見て、男か女かで混乱していた私の頭がびりびりと警告する。

おそらくコイツは同類だと。

それも――、私なんて目じゃないほどの。


それでも私は男だし、手には小さいがナイフがあるし、少しだが武道には覚えがある。一つ深呼吸して、便宜上少女にゆっくりと歩み寄る。


「君もこういうのに興味あるタイプ? もう経験はある? これは僕なりの美学なんだけれど、やっぱり“開封”は美しくあるべきだと思うんだ。中身はもちろん大事だけれど、それを美しく抱いている箱や包装紙に、リボン。そこに敬いの心ってものがあるべきだと思う。君は……どんなことに胸の高鳴りを覚えるのかな」


クリスマスの朝にプレゼントを見つけたときのような胸の高鳴りが、雨音とリンクしてまるでダンスホールのようだ。少し雰囲気に酔っているのか、いつもよりも饒舌になってしまう。


「……ちなみに僕は、君みたいな美しいものを開けるのが好きなんだけど」


ねえ、とぬぐえなかった血が固まりつつあるナイフを便宜上少女に向ける。が、


「おじさん血液型何?」


言っておくがマイクを向けたわけではない。ナイフだ。

そして私はおじさんと呼ばれるほどの年齢ではない。


「だから血液型」

「あー……、ABだけど。血液型にこだわるタイプなのかな」


もう一度聞かれてしまったので仕方なく答えると、「まあ仕方ないか」とため息をつかれた。


「仕方ないってひどいなぁ。ABは趣味じゃなかった? ちなみに君は何型?」

「“繋ぎにはなるか”って意味だよ」

「は、ぇっ?」


すくっと立った便宜上少女の手が、私の内臓をずるりと撫でた。

何を言っているのか分からない?

私だって分からない。

ただ本当に内臓をまさぐられているのだ。


「あっ、うえ゛っ、、、、」


感じたことのない感覚に吐きそうになりながら片手のナイフを握り直そうとするも、首から下が言うことを聞かない。親指一つ動かせないのに、持っているナイフが手から滑り落ちることはない。体の中心が熱いのに体はがたがたと震えている。もう意味が分からない。


「な、なん……はあ……???」

「おじさんの解体?だっけ? まあまあ上手だけど、今回は人選ミスだったね」


お、相性いいじゃん。

そんな言葉を最後に、私の意識は途切れた。






/△鬼end

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