12話

 加波子のアパートの近くのファミレス。前と同じファミレス。前と同じ席にふたりは座る。


 注文をし、料理が運ばれてきた。仲良く食べるふたり。少しずつしか手をつけない、加波子の箸のスピードの遅さを不思議に思う亮。


「お前、食欲ないのか?今までちゃんと食ってたのかよ。」

「あ…、悪阻があるから、今までみたいにがっつりとは、しばらくできない、かな。」

「悪阻…。」

「うん。でも無理はしないでって看護師さんに言われたし、大丈夫。」


 加波子は笑う。亮は加波子が妊婦であることを実感する。


「ねえ、亮?」

「どうした?大丈夫か?」

「うん、大丈夫…。」

「じゃあ何だ?どうかしたか?」


 加波子も自分が妊婦であることを実感する。


「…妊娠…実感すればするほど、ちょっと怖くなったり…。だから、一緒に勉強してくれる…?」

「当たり前だ。お前の体を最優先に考える。」


 ぶっきらぼうだがやさしい言葉。加波子は嬉しかった。


「ありがとう、亮。」


 コーヒーを飲む亮に見惚れながら加波子は言う。


「そういえば…。」

「なんだ?また何かあったのか?」

「そういえば、亮は?」

「何のことだよ?」

「亮はどうして私だったの?」


 亮の動きが止まる。加波子をじっと見た後、窓の外を見る。そして頭を抱えた。


「お前は…。いきなり人んちに土足でドカドカ入ってきて。嵐のように来て、嵐のように去っていって…。」

「…それで?」


 亮は自分の髪をくしゃっとし、切ない目で話し始める。


「どんどん入ってくるんだよ、頭ん中に。呼んでもねーのに、どんどん…。いつの間にか忘れられなくなってたんだよ。すげー女だと思ったらすげー子供になったり…。お前しぶといしエロいし。たまんねーよ。」

「亮?!」


 加波子は口をとがらす。


「たまんねーいい女だって言ってんだよ。お前じゃなかったら、こんな想いしねぇよ…。」


 その亮に照れなんかはどこにもなく、ただただ真っ直ぐだった。亮の目線はずっと窓の外。


「お前みたいな女、どこ探したっていねぇよ…。」


 かけがえのない存在だと思ってくれていたこと、そしてそれを正直に話してくれたこと。どちらも嬉しくて、加波子には込み上げてくるものがあった。


「…おい、なんか言えよ。」


 照れ始める亮。加波子は亮を見つめ微笑む。


「ありがとう、亮。」

「…いいから早く食べようぜ。」

「うん…。ありがとう…。」


 ふたりはファミレスを出る。コンビニに寄り、買い物をする。加波子のブーケを見たレジの店長から声を掛けられる。


「綺麗な花だね。」

「あ…、えっ…と…。」


 加波子が返事に迷っていると、亮は言った。


「今日、結婚したんです。」

「そうか!おめでとう!」

「ありがとうございます。」


 亮の思わぬ発言に、加波子は驚いた。驚き、開いた口が塞がらないまま店を出る。


「何だよ。俺間違ったこと言ったか?」


 加波子はそのままコンビニの前で立ち止まる。動かない。


 そんな加波子に亮は顔を近づけ、やさしくデコピンをした。


「いったーい!」

「やっと動いた。」

「亮ひどい!」


 からかう亮、いじける加波子。いつものふたりだ。ふたりは手をつないで帰る。加波子の手には、小さなブーケ。


 アパートに着く。久しぶりのアパート。階段を上り、加波子の部屋のドアの前に立つ。リュックから鍵を取り出す。加波子はすぐに鍵を鍵穴に差さない。こっそり呟く。


「あの日、この部屋を出る時。もうここには戻れないかもしれない、そう思ってここを出た。…でも、戻って来た。」


 そう呟く加波子の体を、亮はそっと支えた。


「入ろう。」


 鍵を開けた。部屋に入る。何も変わっていなかった。温度ではなく、雰囲気が暖かく感じた。ふたりを暖かく出迎えてくれているような、そんな感じがした。


「なんかすげー久しぶりな気がする。」

「私も。」

「落ち着くな。」

「私も。」


 夜。テーブルの上。加波子はブーケの花を花瓶に移し置く。いつかの誰かの引き出物のキャンドルを出し、古都のマッチで灯をつける。


 ふたりはぴったりとくっつき、膝を立て、手をつないで座っている。ふたり同じ毛布に包まる。灯はキャンドルだけ。ふたりはずっとキャンドルの小さな灯を見ていた。


 暖かい時間、暖かい空間。


「寒くないか?」

「うん、大丈夫。亮がいるからあったかい。」


 ふたりきりの世界。


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