10話
婦人科のナースステーション。ある看護師が婦長に言う。加波子にいつもよくしてくれている看護師だ。
「婦長。あのふたりに…新保さんたちに、私たちがしてあげられること、何かないでしょうか。だって、相手の男性の人って…。」
「偏見も患者さんへの深入りもよくありませんよ。」
「そうですよね…、失礼しました。」
「でもね、考えてることがあるの。」
ちょうど加波子が亮の病室にいる時、工場を代表して航が見舞いに来た。
「おお、亮!大丈夫か、心配したぞ!」
「ご心配、ご迷惑、お掛けしました。」
亮は頭を下げる。航は加波子に気づく。加波子は会釈する。加波子を見て航は言う。
「あんたも元気そうで…。ほんとによかったよ…。ああ、そうだ。」
航はショルダーバッグから1枚の白いタオル出す。加波子はすぐ気づいた。
「あ…。」
「…あの時、あそこに落ちてたやつだ。…あんたのだろ?これのそばに落ちてたものも…。」
「それ…。」
「オレが拾って帰ったんだ。誰にも見つからなくてよかったよ。もし見つかってたら…今頃あんたがどうなってたか…。」
加波子はうなだれ、目をぎゅっと閉じた。懺悔のため息をつく。航に謝罪する。深々と頭を下げて。
「すみませんでした…。」
航は亮と同じくらい、加波子のことも心配していた。加波子の懺悔を聞き遂げた後。
「…それで亮、仕事にはいつ復帰できるんだ?オレから社長に連絡しとくから。」
黙る亮。少しだけ目を伏せる。
「なんだよ、亮。どうしたんだよ。」
「先輩、俺はもう工場には戻りません。」
「なんでだよ。」
「もうこれ以上、迷惑はかけられません。」
「何言ってんだよ!いいんだよ、今まで通りいりゃあいいんだよ!」
亮の目は変わらなかった。その変わらない目で亮は加波子を見る。
「こいつと、どこかふたりでやっていきます。」
加波子にとっても、航は大切な存在だった。亮と航の会話は加波子の心を痛ませた。
「…何なんだよ…いつもお前らは…。心配ばっかりかけやがって…。」
航も黙り込む。
「…ああ、そうだ!オレの叔父さんが山形で牧場を経営してんだ。よかったら、そこ行かないか?すぐ連絡する!」
やはり亮の目は変わらない。
「気持ちだけで、充分です。」
「お前なぁ!」
「先輩。今まで、本当にありがとうございました。」
亮は頭を下げる。加波子も頭を下げる。
亮と航は一番仲が良かった。一番近い存在だった。それをお互いわかっていた。航は、何もしてやれない悔しさと、離れてしまう寂しさが涙になって出る。
「お前らは勝手だな…いつもよ…。何なんだよ…ふざけんなよ…。」
航は唇を噛み、目を涙で潤ませていた。
「…でも…お前らがそう決めたんなら…。」
それでも悔しい航。
「でも忘れんなよ!オレはお前らの味方だからな!何があっても絶対に!絶対に…忘れんな…。」
「…はい、ありがとうございます…。」
亮がそう言うと航は、それはとても寂しそうに病室を去っていく。名残惜しい、鼻をすする音が小さく聞こえた。
「亮…?改めて、工場に挨拶に行こうね。ふたりで…。」
「ああ…。」
亮は何も言わず加波子の手を握った。加波子はその亮の手から寂しさを感じた。その寂しそうな亮の手を、加波子も何も言わずやさしく包んだ。
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