9話

 夜。消灯時間が過ぎ、薄暗い病室。


 加波子はベッドの上で手帳を持つ。そして写真を出す。先日もらったお腹を超音波で撮った写真。それを見ながら加波子は考えていた。もし明日亮に会えたら、自分の体のことを話そうと。写真を手帳にはさみ、枕元に置いて眠りにつく。


 夜が明ける。加波子は頑張って食事を摂る。午後になり、婦長が微笑みながら病室に入ってきた。その時が来たと、加波子は思った。


 加波子に不安などなかった。一択だった。加波子は手帳を持ち、ブランケットで腕を巻き、外科病棟まで婦長と歩く。永井に礼をし亮の病室に入る。


「亮?」

「来たか。」

「うん。」


 ふたりとも嬉しくてたまらない。笑みが溢れて止まない。加波子は昨日と同じ、椅子に座り、亮の手を両手で包む。そして同じく聞く。


「痛い?」

「いや、大丈夫だ。」

「食事、食べてる?」

「食べてるよ。お前はどうなんだ?」

「うん、食べてる。」


 ふたりは微笑み、見つめ合う。


 加波子はゆっくり深呼吸をする。そして改めて亮を見る。その時が来た。


「ねえ、亮?聞いて?」

「なんだよ、改まって。」


 加波子は亮のを見て、ゆっくり告げる。


「私ね、妊娠してるんだって。今、3ヶ月だって。」


 亮は目を見張る。加波子はゆっくり続ける。


「だから…、どこかふたりで…。」


 加波子の声が徐々に震えてくる。


「ひっそり…、暮らさない…?」


 それこそひっそりした声だった。加波子は目に涙を浮かべていた。その加波子を見る亮の目にも涙が浮かぶ。亮は目をそらす。加波子は亮の手をきつく握る。その握った手を加波子は見て言う。


「もう亮と離れるのは嫌…!亮のいない人生なんて考えられない!」


 加波子からも、目をそらした亮からも、大粒の涙がいくつもこぼれ落ちる。すると亮は言う。


「お前…強くなったな…。」


 加波子は下を向いたまま首を横に振る。


「…強く…なったよ…。」


 加波子はまた首を振る。


「もし…強くなれたのなら…それは亮のおかげ…。」


 加波子は亮を見る。


「亮が私を強くさせたの…。」


 亮は加波子から目をそらしたまま、大粒の涙を流している。加波子は亮を見つめる。やさしい眼差しで。


「…亮…?」

「ふたりじゃないだろ…。」

「え…?」

「三人だろ…。」

「…あ…。」


 加波子は自分のお腹を見て少し笑う。


「そうだね…、三人だね…。」


 それを聞いた亮が言う。


「苦労、掛けるが…。」


 亮は、そらしていた目を加波子の瞳に向ける。


「ついてきてくれるか…?」


 加波子は涙を浮かべた満面の笑みで答える。


「はい…。」


 亮の目からはまた新しい一粒の涙がこぼれた。加波子は立ち上がり、亮を抱きしめる。亮も加波子を抱きしめる。ふたりの気持ちが重なり合い、ひとつになる。


「…ありがとう…加波子…あり…。」


 亮は今まで流したことのない歓喜の涙を、声を出して流した。加波子は亮を包む。精一杯の愛情で。


「ありがとう…亮…。」


 お互い感謝の想いが込み上げいっぱいになる。その想いが三人をやさしく包んだ。ふたりは見つめ合い、おでことおでこをコツンとつけ、笑い合う。目を涙で輝かせながら。涙が止まらない。喜びも止まらない。


 ふたりともひとしきり泣いた後、加波子は椅子に戻る。そして気づく。立ち上がった時に、膝に置いていた手帳が床に落ちていた。加波子は慌てて拾う。


「あ!」

「どうした。」

「亮に、見せたいものがあるの。」

「?なんだよ?」


 加波子は手帳をベッドに置き、写真を出し、亮に差し出す。


「お腹を超音波で撮った写真。この白い部分が、赤ちゃんだって。」


 亮は写真を手に取り、再び目を見張る。


「今、15ミリだって。…私の…、私たちの…知らない間に、成長してくれてたんだね…。」


 ふたりともまた涙が滲む。写真を見ながら亮は言う。


「これ…もらっていいか?」

「え?いいけど…。」

「お守りにする。」

「お守り?」

「これでもう、寂しくない。」


 その言葉を聞いた加波子はしみじみ思った。亮はやっぱり、きっとずっと寂しい思いをしてきたのだろうと。


 三人は初めて重なった。



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