5話

 そして時間が来る。皆次の店、二次会に行くそうだ。店を出て加波子は友江に近づき挨拶をする。


「先輩、じゃあ私帰りますね。楽しんでください。」

「あーカナ、やっぱり帰る?今度お礼するね!お疲れ!」

「お疲れ様です。」


 加波子は笑顔で友江達を見送る。帰ろうと後ろを向いた加波子は健とぶつかった。


「え?帰るの?」

「あ、はい。」

「どうして?」

「私、何でも二次会には行かない人なんで。会社の飲み会とかも。今日はありがとうございました。失礼します。」


 一秒でも早くその場を離れたかった加波子は、早口で説明をし急ぐ。


「ちょっと待って。二次会がだめならコーヒー1杯くらいなら大丈夫でしょ?」


 先を行く仲間が健を呼ぶ。


「おーい!健!行くぞー!」

「ああ!先行ってて!」


 皆次の店に向かっていく。2人ぽっちになってしまった、加波子と健。


 仕方なく健についていく加波子。広くて解放感のあるカフェ&バーに入る。内装も照明も暗く、落ち着いた雰囲気のカフェだった。健は慣れたように店員に言う。


「テラス席、空いてる?」


 2人はテラス席に座る。店員が来た。


「いらっしゃいませ。」

「アイスコーヒーを。」

「私はホットで。」

「かしこまりました。」


 渋谷。夜。沢山の人。こんなに人は沢山いるのに、一番会いたい人はいない。いるはずがない。そう加波子は思いながら、道行く人を見ていた。


「お待たせいたしました。」


 置かれたコーヒーは、ソーサーに乗った丸びをおびたカップだった。それはあのクリスマス・イヴに見たマグカップではない。物思いに耽っていると健は言う。


「今日、具合悪かったの?お酒も飲まないし、ほとんど何も食べてなかったでしょ。あんまり楽しそうにも見えなかったし。」


 そこまで自分のことを見られていたのかと思うと、恥ずかしくなった加波子。


「私、お酒飲めないんです。それに今日、合コン初めてで。緊張したというか…。」

「珍しい子がいるなーって思ったよ。オレもそんなに合コン行くほうじゃないけど、すぐわかった。それにしても加波子ちゃんみたいな子がロックが好きなんてね。意外だなー。そう見えないからなんか新鮮。今度一緒にライヴ行こうよ。」

「ライヴは、いつも一緒に行くメンバーが決まってるので。」

「じゃあ映画観に行こう。映画の趣味も合いそうだし。感想言い合おうよ、ご飯でも食べながら。」

「映画は、ひとりで観たいんです。」


 健をかわす加波子。作り笑いをしながら。


「じゃあ、またコーヒー飲もう。」


 加波子の表情が止まる。この誘いはかわせられない。断る理由がどこにもない。うつむき、焦る加波子に健は容赦しない。


「そんなにつまらない?オレといて。」

「そんなことないですよ?」


 加波子はまた作り笑いをする。それでいいのだと思っていた。ただその場をしのげればと。すると健の態度が変わる。


「いい加減にしてくれないか、その作った笑顔。」


 健の鋭い眼差し、トーンの低い声。ばれていた。健にはお見通しだった。


「そんなにつまらないなら帰っていいよ。」


 加波子は困惑する。何を言ったらいいのか、何か言ったほうがいいのか。何もわからなかった。少し震えたため息をし、バッグを持ち財布に手をかけた。その瞬間。


「嘘だよ。いてよ。」


 加波子は健を見る。健も加波子を見ている。違う、この目じゃない。加波子は感じた。加波子は財布をしまう。


 コーヒーはもう冷めていた。



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