4話

 ある日、加波子は加波子を起動させた。


 床には大量の便箋と封筒。そして80ヶ所近くある全国の刑務所を1枚の紙に書き出す。加波子は気合いを入れ手紙を書く。宛名は全て『蓮美 亮』。


  面会に行きたい。

  連絡待ってる。


 それだけをひたすら書く。それを一斉に全ヶ所の刑務所に出すのである。その手紙全てが自分の元へ返ってくれば、亮はどの刑務所にもいない、他のどこかにいることになる。もし返ってこない手紙があれば亮はそこにいる。加波子はそう考えた。


 タイミングの問題もある。賭けだった。そして返ってくる手紙を待ち続けた。加波子は生きる屍のまま、亮のいない日々の階段を上り続けていた。そっと、確実に。


 暑い日の喫茶室・ジョリン。いつものように友江とランチ。加波子はいつからか、コーヒーだけを飲むようになっていた。砂糖も何も入れないブラックのコーヒーを。


「あー疲れたー!さすがに毎日は疲れるわー!」

「先輩、ジムでも通い始めたんですか?」

「何言ってるの。合コンよ、合コン!」

「え??毎日合コン行ってるんですか?信じられない…パワフル…。」

「全っ然いないのよ、いい男。どこかにいないかしら、私のハートをぎゅって掴んで私をさらってくれるような人…。」

「じゃあ、先輩にとっていい男ってどんな人なんですか?」

「そーねー。顔はまあままふつーでいいわ。贅沢は言わない。それからセンスは後でどうにでもできるとして。やっぱり包容力があって経済力のある人かしら。最近頼りない男ばっかりでさー。」

「そういう条件みたいなのって要ります?気づいたら好きになってた、とか、そういうんじゃないんですか?」


 呆れる友江。


「あんた何寝ぼけたこと言ってるの?そうだ!今夜合コン来なさい!ちょうど1人足りなかったのよ!」


 加波子は合コンに行くことになった。初めての合コン。知識も意欲もない。加波子は友江からの誘いに断れなかった。断る理由を考えるのも少し面倒だった。


 場所は渋谷。蒸し暑い夜。待ち合わせ場所には友江の友人女性2人と、3人の男性がいた。もう1人の男性は少し遅れるとのことで、7人で店に向かう。外壁が真っ白で、ドラマに出てきそうなお洒落なレストランだった。


 個室に案内され席に着く。部屋の壁も真っ白だった。男性陣、女性陣、別れて並んで座る。加波子はドアに近い、下座に座った。いつでも部屋から出られるように、いつでもすぐ帰れるように。


 男性が1人不在のため、加波子の向かいの席は空席だった。なにやら自己紹介が始まったようだ。皆活気に溢れている。加波子の番が来た。


「新保加波子です。友江先輩に誘われて来ました。よろしくお願いします。」


 そう言った次の瞬間、ドアが開く。遅れてきたもう1人の男性が来た。男性陣は皆スーツの中、その男性だけは私服だった。Tシャツ、ジーンズ、ブーツ。シンプルでスマートな服装。最後に来たので、加波子の向かいの席に座った。


 ドリンクを頼む。もちろん皆アルコールだ。加波子は店員に聞く。


「モヒートをノンアルコールで、ってできますか?」


 それを不思議に思ったのは、最後に来た男・たけしだ。そんな加波子に印象が残る。


 改めて自己紹介をし、ドリンクが運ばれてくる。乾杯をする。加波子は何に乾杯をするのかわからないままグラスを上げた。話し始める7人。皆元気でテンションが高い。


「ところで、健さんてどうして私服なんですか?」

「こいつ変わってるんだよ!」

「女子だけ私服ってずるくない?男だってかっこいいことろ見せたいじゃん。」

「何それー!」

「変わってるー!」


 そんな人もいるのかとぼんやり周りの会話を聞いていたら、加波子の隣の女性が健に食いつき、質問責め。興味深々のようだ。


 加波子は自分が健の目の前の席であることに申し訳なく感じ、椅子を少しずらす。その時、加波子は健の着ていたTシャツの胸のプリントが目に入った。


 女性が質問責めをしているにも関わらず、加波子の口から小さくポロっと出た言葉を健は聞き逃さなかった。


「そのTシャツ、ロードですか?ロード・ライブラリー…。」

「そうだけど…知ってるの?ロード。」

「ええ、まぁ…。確か渋谷にお店、ありますよね…。」

「なんですかロードって。教えてくださいよー。」


 健は隣の女性を無視する。


「あー、今日オレ全身ロードだ。」


 女性に対し、さらに申し訳なく思った加波子は、全員を見渡しながら言う。


「あの、みんなでお話しましょうよ。」


 加波子は笑う。健は耳を傾けない。


「君…えっと…名前…。」

「…加波子です。」

「加波子ちゃんもロード好きなの?」

「いえ、知っているだけで持ってはいません。」

「好きなバンドは?」

「…ジ・アニバーサリィです。」

「やっぱり!」


 2人の会話に誰も入ってこれず、6対2に完全に分かれてしまった。加波子は孤立してしまったのだ。


 趣味の合う健との会話が途切れることはなかったが、決して弾んでいたとは言えなかった。加波子は楽しいと感じていなかったからだ。


 料理やドリンクがどんどん運ばれてくる。下座にいる加波子は、受け取るだけで後は人任せ。健との会話の間に、ノンアルコールのモヒートを飲む。料理にはほとんど手をつけない。


 加波子は少し息苦しかった。



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