1ー3
「んぐぅ」
差しこんでくる晩秋の光の眩しさに思わず顔をしかめる。
寝ている間は気にならなかった鳥の鳴き声に、ちゅんちゅんと耳朶を揺らされる。
窓とは反対側へ寝返りを打つと、隣の布団ですやすやと寝息を立てる智之の姿が目についた。
「よく寝ておるのう。愛い愛い」
あどけない寝顔に思わず頰が緩んでしまう。
ただ、それ以上につらい現実がわっちの心を突き刺してくる。
「……いかんな。わっちが気を病んでは」
まだあやつらが死んだと決まったわけでもない。
ひょっこり何事もなく帰ってくるかもしれんでの。
そのためにわっちができるのは、しっかり面倒を見ること。
智之がいるのなら、朝餉もしっかりしたものを作ってやらんといかん、
寝返りのせいで少々はだけた夜着を直しながら起き上がる。
布団を出ると、朝の森の涼やかな空気がわっちを包みこんだ。
その足で台所に向かう。
流し台のほかにガスコンロと冷蔵庫ぐらいしかない質素な台所にたどり着くと、冷蔵庫に掛けてある前掛けをつける。
作るのは味噌汁と、卵焼きと、握り飯……それぐらいかの。
と、そこでひとつの疑問が頭をかすめた。
「いくら炊いたらよいのじゃろうか」
わっち一人だと一合あれば一日もつのじゃが。
まぁ、三合ぐらい炊いておけばよいか。
それにしても台所に立つのはいつぶりか。
一緒に食べる相手がいないと、干し肉だけで済ますこともあるでのう。
「さて、始めるとするか」
そうして、久々の料理が始まった。
しばらくやっておらずとも身体は覚えているもので、存外に手際よく進められる。
「ししょー……おはよー」
可愛らしい訪問者があったのは、味噌汁の香りが漂い始めた頃じゃった。
「おはようさん。もうすぐ朝餉ができるでの、居間の方で待っておれ」
「……ふわぁ」
大きなあくびじゃのう。
微笑ましく思っていると、彼はトテトテとこちらに歩いてくる。
そしてわっちの腰にぎゅむっと抱きついた。
「むにゃむにゃ……」
「こら、服を食うでない。おぬしは服食い虫か」
「……すぅ、すぅ」
「って、そのまま寝るでない! 動きづらいわ!」
立ったまま寝るなどと器用なことをしおって……。
「これでは服食い虫じゃのうてくっつき虫じゃな。ほれ、危ないぞ」
「んー」
「まったく……今度はいやいや虫か。仕方のないやつめ」
一度火を止める。
しがみついた小さな身体を引き剥がして抱きかかえると、布団を敷いている居間へと向かう。
寝かせて布団をかけると、もぞりと智之は身をよじった。
「ん……ししょー」
うっすらと開いた目がわっちを捉える。
まだ頭がはっきりとしておらんのじゃろう。
「眠いならもうちょっと寝ておれ」
「ぅん……」
布団を目深にかぶっって、小さく頷く。
やがて再びすやすやと寝息を立て始めた頃。
━━バチリ。
突然、耳障りな弾けるような音がした。
誰か、人払いの結界を強引に排除しようとしたヤカラが阻まれたのう。
あの結界は誰にも見えないように細工をしてある上に、無理に入ろうとすれば弾かれる二組になっておる。
入ろうとしていた魔法使いは、今頃自分に跳ね返ってきたカウンター魔法で悶え苦しんでいることじゃろう。
「こんな朝っぱらからいったい誰なんじゃろうの」
しかし、客人とあらばこのまま放置するわけにはいかぬ。
面倒くさいが、着替えて出向くとするかのう。
鬼と魔法使いの子 夏野レイジ @Ragen
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。鬼と魔法使いの子の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます