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「あの二人が、行方不明?」

『エェ、旅先のホテルで放火に巻きこまれて、残された人を助けようとしたらビルの下敷きになったらしいワ。やっぱり知らなかったのネ』

 それは、古くからの友人……シルヴィから突然かかってきた一本の電話。

 黒電話の受話器を手にしながら、わっちは言われた言葉が信じられなかった。

 外から聞こえるコオロギやスズムシの鳴き声が、どこか遠くに聞こえる。

「バカなことを言うな!」

思わず声を荒げる。

その声に驚いたのか、居間の方から智之が恐る恐る顔を覗かせた。

「ししょー? どうしたの?」

「……少々やることができたでの。ちょいと居間から離れるが、外に出てはいかんぞ。真っ暗じゃからな」

「ししょーと一緒がいい」

「すまんの。すぐ戻ってくるから、大人しくしておくんじゃぞ」

「……わかった」

 わっちの言葉に、智之は渋々引っこんで行った。

 わがままを言わずに聞き入れてくれたことにホッとしていると、受話器の向こうの女は何かに感づいたかのように息を呑んだ。 

『今のっテ、もしかして……』

「しばし待て。工房に行く」

 



 そうしてやってきたのは、家の地下に広がる三十畳ほどの部屋だった。

 周囲が土壁に囲まれているだけの、何もない場所。

 ここがわっちの魔法使いとしての自室。

 わっちの魔力が長年染みこんでいるこの部屋なら、わっちは魔力を意のままに使うことができる。

「『雷の力よ、今ここに外界との陣を敷け』」

 ばちばちと弾けるような音とともに、魔法が発動する。

 これでこの部屋全体が電話と同じ働きを持つようになった。

 やがて、ぷつんと電波が繋がる。

『ハァイ、さっきぶり』

「冗談はよせ。先ほどの話は真実なのか」

『テレビでも大々的に報じてるワ。それに、火事現場で彼らの魔力の残滓が確認されてル。少なくとも彼らがあの場所にいたことは事実みたいネ』

「ワープの魔法は・』

『そっちは今、う?で魔法調査団を立ち上げたワ。遅くても明日には調べるつもリ』

 シルヴィはわっちの友人であり、魔法使いや魔物を管理する魔法省の重鎮をしておる。

 彼女がやると言ったのなら、その言葉は信じられる。

『ネェ、さっきの子って』

「真田智之。あやつらのひとり息子じゃ。あいつらが外に出向くでの、わっちが預かっておった。じゃが、こんなことになるとは……」

『よかっタ……アナタのところにいるなら安心したワ』

「どういうことじゃ」

『御社家が心配していたのよ。ニュースの中に子どもの情報がなかったから』

「そうか……」

 二人は無事なのか。

 無事だとしたら、いったいどこにいるのか。

 残された智之はこれからどうなるのか。

 疑問や問題が頭をよぎっては、釘を打ちこまれたかのように深く突き刺さる。

『ねぇ、〈━━〉』

 ぽそり、と。

 小さく呟かれた言葉に、身体が震えた。

 全身から魔力が吹き出し、部屋が霧に包まれたかのように濃くなっていく。

 煮えたぎった溶岩のようにぐつぐつと湧き上がるそれを抑えながら、わっちは牙をむきだした。

「おい、シルヴィ! 今わっちの名を呼びおったなっ?」

『頭が冷えたでショ?』

「頭どころか肝が冷えたわ。このたわけが!」

『フフッ、こわい鬼ですコト』

 通話の向こう側にいるシルヴィは、わっちの怒りもどこ吹く風だった。

 完全に魔力を抑えこんだ時には、わっちの着物は汗でぐしょぐしょになっておった。

「冷静にはなれた。助かった、シルヴィ」

『どういたしましテ。それで、どうするノ?』

「そうさのう…………………………………………」

 地下の冷え切った空気を浴びながら、わっちは考える。

 行方不明になった優樹と百合子さん。

 残された智之のこれからのこと。

 やはり、人の子は人の手によって育てられた方がよい。

 元より、この身は世を偲ぶ鬼なのじゃ。

 人の子を育てるには色々と面倒もあろうて。

「あやつらと三日後までに連絡がつかなかったら、一旦御社家に預けるとしよう」

『ソウ、アナタがそう言うならそうしまショウ。アタシの方で仲介してあげるワ』

「恩に着る」

 そうして、一旦連絡は途絶えた。

「ふぅ……大変なことになったのう」

 ひとつ大きなため息をつき、わっちは工房から出る階段に足をかける。

 階段の壁には、いくつか落書きが見て取れる。

 かつて、優樹がこの家で修行していた時に気まぐれで描いたもの。

 普段はわっちに懐かしさを感じさせてくれるその絵も、今は心に突き刺す刃となっていた。

 やがて地下からでたわっちは、居間へと戻る。

 智之は居間の中央にある大きな机の上に、突っ伏すように眠っていた。

 その周りには、持ってきたおもちゃやゲームが散らばっている。

「なんじゃ、やけに静かじゃと思えば、寝ておったのか」

 智之の隣に座りこむ。

 その小さな身体は、現実に立ち向かうにはあまりに小さい。

「ぱぱ、まま……」

 消え入るような小さな呟きは、寝言ながらも寂しさの色が含まれておった。

 優樹、百合子さん。どうか、どうか無事でいておくれ。

 もう一度、この子に元気な姿を見せておくれ。

 そう願いながら、わっちはすやすやと寝息を立てる智之の頭を何度も撫でつけた。






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