0ー4


その日の夜。

智之が寝静まった夜のリビングの空気は重く沈んでいた。

「師匠も気づきましたか……」

優樹が真剣な顔で口を開く。

「というと、其方らも知っておったのか、智之が魔法を使えないということを」

話題は留守番中に気づいた智之の才能について。

確認を取ると、二人は深く頷いた。

「あの子を園に入れる前に一度教えたんです。普通の子に知らず知らずのうちに使って問題を起こすかもしれなかったので」

百合子さんの言うところは理解できる。

普通の保育園や保育所に入れるのなら、魔法を使えることは不利になる。

不用意に発動して誰かを傷つけようものなら大問題になってしまうからのう。

「だから、俺たちはあの子を魔法とは関係のない世界に進ませようって決めました。あの子にもそれを伝えたつもりだったんですけれど……」

「智之はまだ自分が魔法使いになれると信じておったぞ」

机を挟んで正面に座る二人の目がハッと見開かれる。

血が繋がっていないにもかかわらず、その仕草はそっくりだった。

「あの子にとっては、俺たちが急に魔法を教えてくれなくなった、ぐらいの認識だったのかもなぁ」

「なるほどのう、子どもはそういうもんじゃものなぁ。昔は優樹もわっちの言うことんぞ聞かずに勝手に予定にない修行をやっておったし」

「そ、その話は今は関係ないじゃないですか」

「まぁ、それはそれとして今回は勝手に動いて悪かったの」

「いえ、師匠。こっちこそ何も説明せずにすみません」

さて、どうすることが智之にとって一番良いのか。

悩ましいところじゃ。

わっちと優樹は黙りこんで思考する。

いったいどうすればいいのか。

智之にとって、何が一番しあわせなのか。

パン、と軽い手拍子が耳に届いた。

「今日は飲みましょ、優くん、お義母さん。お話はまた帰ってきたときにでも」

犯人は百合子さんじゃった。

どうやら気を使わせてしまったらしい。

むぅ……悪いことをしたのう。

「そうじゃな。久しぶりに会ったんじゃ。しみったれた話はまた今度にでもするとしよう! それ、優樹も飲め飲め!」

「そうですね、一杯やりますか!」

そうして、なし崩し的に宴会が始まった。




数十分後。

「ぐごご……ぐご……ふごっ」

見事に酔いつぶれた優樹の姿がそこにあった。

机につっぷして間抜けそうな姿を晒しておるわ。

「調子に乗りおってからに……いびきうるさくてたまらんわ。放り出してやろうか」

お猪口を片手に軽く睨みつける。

「まぁまぁ。優樹さんもお義母さんと会えてはしゃいでたんですよ」

横合いから苦笑いを浮かべた百合子さんがそう言ってきた。

わっちと同じぐらいの量を呑んでもケロッとしておることからして、相当酒が強いのじゃろう。

「こやつがぁ? けったいなこともあるものじゃ」

「だってお義母さん、なかなか表に出てこないんですもの」

「そういえばそうじゃのう。こやつも可愛いところがあるものじゃ」

「私のです。お義母さんにもあげませんよ?」

「こんな世俗を捨てた鬼に嫉妬されても困るわい。それに、どっちかというと、わっちはあの童の方がほしいかのう」

「あげません。私たちの可愛い宝物ですから」

「カッカッカ、鬼を前に啖呵を切るか! さすがわっちの教え子を見初めただけのことはある」



「トモくんも最後までべったりでしたものね。寝る前なんか、『ししょーとねる!』って言ってましたもの」

「そうかそうか……」

最初はどうなることやも思っておったが、気に入ってくれたようで何よりじゃな。

これでいつわっちの家にやってきても大丈夫じゃろう。

それにしても可愛いかったのう、本当に。

「お義母さん?」

「いや、なんでもないわい」

「酔いが回ってきたのなら和らげ水出しましょうか?」

「構わん」

せっかく良い気分で酔っておるのだ。

もうちょっとこの心地よさに浸っていてもよいであろうて。

そんなことを考えながら日本酒を嗜んでいると、起きる気配のない優樹に目が向いてしまう。

本当に大きくなったのう。

そう思うと、しみじみとした感情を抱いてしまうのは仕方ない。

そう、これは仕方ないことじゃ。

「のう、百合子さんや」

「何です、お義母さん」

「これからもこやつをよろしく頼む。昔っからやんちゃで、はねっかえりが強くて、愚かにもほどがあるやつじゃが、根気と優しさだけはあるでの」

散々な言いようかもしれんが、これでも足りぬ。

そうでもなければ、こんな世の中にわざわざ山奥で隠居している鬼のところに来るはずもあるまいて。

それも、魔法使いとして大成したいという望みだけで。

「また飲みましょ。今度は旅行から帰ってきたときにでも。トモくんのことも相談したいですし」

「そうさな……もっとうまい酒を持ってきたら考えてやるわい」

盃に残った分を煽る。

胸の奥に入っていった酒は、じんわりとあたたかかった。

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