0ー3

「魔法を教えろとな」

「うん! パパみたいなまほうつかいになりたいんだ!」



 テレビの音が響く二人きりのリビングで、智之は目を輝かせて夢を語る。



「わっちに頼まずとも、其方の両親に頼めばよかろう」



 あの二人は国でも数少ない『国家大魔導士』の称号を持っておる。

『国家大魔導士』は世を忍ぶようになった魔法使いの中で、ただひとつ正式に国から認められた秘密組織じゃ。

 わっちなんかに頼まずとも、手ずから教えてくれるだろうに。



「だってぱぱもままも、聞いたって教えてくれないんだもん」

「……ほう」



 不思議なこともあるものだ。

 智之の年齢ではまだ早いと見ているのか。はたまた何も知らない、普通の人の子として育てようとしているのか。

 いや、それでは智之が魔法のことを知っておるのがおかしいのう。

 うーむ。

 育て方も色々あるでの……わっちのような鬼が勝手に教えていいものか……。



「ししょー」



 そんなわっちの胸の内も知らず、智之は変わらず期待に満ちた目を向けてくる。

 愛らしい子の姿に、心がへにょりと曲がる音がした。



「わかった、其方の魔法使いとしての資質を占ってやろう」



 とりあえず、適正だけは見てやるとしよう。

 ただし、わっちの手からはまだ魔法は教えない。

 それぐらいならあやつらも文句は言わんじゃろ。



「やったぁ!」



 全く、はしたなく喜びおって。愛いやつめ。

 わっちまで嬉しくなってしまうではないか。



「といっても、ここは少々危ないの。ほれ」



 一度手拍子を鳴らし、魔法をかける。

 これでこの部屋にあるものはちっとやそっとじゃ壊れなくなった。

 優樹ほどの大魔導士ならともかく、子どもの魔法練習ぐらいなら可能じゃろう。



「? なんか変な感じになった……これもまほう?」

「そうじゃ。結界、とも呼ばれるやつじゃな」



 ふむ、魔法に対する感受性は良し。

 魔への感覚は敵から身を守るために必要なことじゃからのう。



「では、まず魔力の玉でも作ってみせよ」

「まりょくのたま……まだん?」

「おぉ、よく知っておるな」

「本で勉強したからね。それ!」



 彼はかけ声とともに、意気揚々と手を差し出す。

 すると、ぽんとひと抱えほどある魔力の玉が姿を現した。

 たくさんの色が混じり合って蠢くその玉に存在する色は……四つか。

 人間が持てる魔力の属性を全て備えておる。

 魔法使いの使える魔法は自らの持つ魔力の属性に大きく影響され、その魔力属性

 先天性だと言われている。

 だいたい一種類や二種類が多いのじゃが……これは大物になるかもしれんのう。



「すまんがもうちょっと見せてもらってもいいかの」

「全然大丈夫!」

「ほう」



 これだけの魔力を放出しておきながら、維持も可能か。

 魔力コントロールの素質があるのじゃな。

 感心しながら魔力の玉を眺める。

 が、そこでわっちは気づく。



「其方……」



 わかった。

 わかってしまった。

 智之の凄まじい才能が。

 そして、智之の魔法使いとしての才能のなさが。



「どうしたの?」



 不思議そうに尋ねるその声に応えることができない。

 魔弾とは簡単に言えば、魔力の玉を作り出す『魔法』、つまりどうあっても中に芯となる術式は存在する。

 しかし、智之が作り出したのはただの魔力の塊でしかなかった。

 あぁ、そうじゃったのか。

 ━━優樹、百合子さん。其方らは魔法を教えなかったのではなく、教えられなかったのじゃな。



「……いや、なんでもないわい」



 心に逡巡が混じる。

 じっとりと背中に汗が伝うのがわかる。

 夢を見る子に、将来有望とも言える子に、こんな事実を突きつけていいものか。



「それで、ぼくのまほう、どうだった!? まほう、教えてくれる!?」



 その上、智之

 自分に才能があることを信じて疑っておらぬのだろう。

 事実、智之の力はその幼さには見合わぬ突出した部分がある。

 本当のことを言うべきか。

 ……いや、これはわっちだけの手では追えんな。



「まだまだじゃな」

「むぅ……」

「カカッ、そうむくれるな。十年経ったらまた出直してまいれ」



 わっちにできたのは、そうやって問題をはぐらかすことだけじゃった。

 言えるはずがあるまい。

 魔法使いを目指しながら、魔法を使う才能が決定的に欠けているなど。



『━━それでは次のニュースです』



 テレビから聞こえる世迷いごとが、どこか遠くに聞こえた。


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