0ー2
駅から車で揺られることいくらか。
気がつけば、林のようなビルを抜けてやって住宅街までやってきていた、
そうして降りたのは黒い屋根の一軒家。
「ここが其方の家か……いいところに住んでおるではないか」
「これでも結構稼いでますから」
笑顔で腕を曲げて力こぶを作る優樹。
その足にひっついている智之は、まだこちらに懐いてくれている様子はない。
やれやれ、先は長そうじゃ。
ふたりに先導されて中に入る。
「いらっしゃい、お義母さん」
中に入ると、柑橘の香りが漂う玄関でおっとりした出で立ちの女性が立っておった。
名を真田百合子さん、優樹の伴侶となった人物だ。
古い魔法使いの家系出身らしいが、気取ったところもなく芯のある彼女が優樹をもらってくれて本当によかったと思う。
「その呼び方はやめい」
が、それとこれとは別。
わっちにこんな手のかかる息子を持った覚えはない。
「では、何て呼びましょうか?」
「そうさな……………………好きに呼べ。名前でなければ何でもよい」
「いい呼び方が思いつかなかったんですね、師匠」
「たわけ。わっちはただ百合子さんの自由を尊重しただけじゃ」
そんなことを言っていると、
とたとたとたっ。
玄関の正面にある階段を上っていってしまった。
「あらあら」
「嫌われてしまったかのう」
「あの子も人見知りだから……少ししたら慣れると思いますよ」
「そうかのう。そうだといいんじゃが」
不安になりながらも、百合子さんの言葉にうなずく、
って、こんな弱気なことでどうする。
わっちは鬼じゃ。子どもなんぞに負けてたまるかい。
「心配しすぎですよ、師匠」
「優樹は見ぬ間に生意気になりおってからに……」
「え、なんか俺理不尽に怒られてません?」
「まぁまぁ、許してあげてください、お義母さん」
「ふん、ここは百合子さんに免じて許してやろう」
「さっきから妙に厳しい気がするんですけど。師匠、俺何かしました?」
「安心せい、ただの照れ隠しじゃ」
そうして、わっちは小綺麗に片付けられたリビングへと案内される。
食事のことだったり厠の場所だったりを聞いていたら、いつのまにか優樹らの出発時間が迫っていた。
「じゃあ、俺たちは出発しますね。あとは手はず通りに」
「わかっておる」
先程は迎えられた玄関でわっちは二人を見送る。
その横には二階から降りてきた智之がいた。
一歩分の空間が遠く感じるのは、心のせいだろうか。
「トモくん、ママとパパはちょっと買い物に行ってくるからね。いい子にしてるのよ。何かあったら、おばあちゃんに言ってね」
「うん」
しゃがんで目線を合わせた百合子さんの言葉に、智之はどこか浮かない表情で頷く。
そうして、彼らは家を出ていった。
「さて、どうしようかの……」
台所の机に座り、湯のみに入ったお茶を飲みながら考える。
内容はもちろん優樹の子、智之のこと。
こう、仲良くはなれんでもいっしょに生活して苦痛を感じないようになればいいのじゃが。
ただ、無理にあの子の部屋に踏み入っても嫌われるだけじゃろう。
かといって、このまま何もしないのも居心地が悪い。
「ままならんのう」
そんなことを考えながら、色彩鮮やかな箱━━テレビというんじゃったか━━を眺める。
テレビというのは久しぶりに見るが……寂しいものじゃな。
何処其処で誰かが死んだだの、誰かが事件を起こしただの、魔法のまの字も出てきていない。
時の流れとはなんとも残酷なものだ。
かつて知り合った魔物たちは、どうしているのかのう。
懐かしさとともに湯のみを傾ける。
口の中に広がるふくよかな苦味を楽しんでいると、どこからか視線を感じた。
「ん?」
そちらに目を向けてみる。
なんじゃ、智之か。
「っ!」
目が合うと、扉の影に隠れてしまった。
足音はしていないので、まだそこにいるのだろう。
「ふむ」
じゃがのう、智之。鬼にそんな姿を見せてはならぬぞ。
……驚かしたくなってしまうからのう。
口の端が上がっていくのが自分でもわかる。
これはもう、畏れの象徴として人に願われたわっちの本性だ。
━━何、少し驚かせるだけ。驚かせるだけ……。
すっと音を消して立ち上がる。
魔法で自分の気配を消し、息を潜めて、ドアに近づいていく。
「あれ? いなくなっちゃった……」
「ほれ、何か用かの」
「うわぁ!!!」
再び顔を覗きこんできた智之に声をかける。
彼は尻もちをつくほどに驚いた。
「カカッ、良い反応をしよるわ……ぁ」
やってしまった……。
本能に勝てなかった後悔が胸を苛む。
だが、返ってきた反応は予想外のものだった。
「ししょー!」
なんと先程とは一転、キラキラした目でそう言ってくるではないか。
「やめい、わっちはおぬしの師匠ではないぞ」
「でも、ぱぱがししょーって言ってた」
伴侶だけならず子の前でもそう呼んでおるのか、あやつは。
普通におばあちゃんとかばあやとかでいいだろうに。
「ししょーって変な名前だね」
「ん? あぁ、わっちは師匠って名前ではないぞ」
「えっ、そうなの!? なんて名前?」
「ふむ……教えることはできんな」
「えー」
しかし、なんじゃこやつは。
急に調子を上げおってからに。
無理に気を使っている様子は……なさそうじゃな。
もともとはこういう性格だったのじゃろうか。
「それで、何か用か?」
「あ、えっとね、えっとね! さっきの、まほう!? ぱぱみたいだった!」
「ん? あぁ、たしかに其方の父親に魔法を教えたのはわっちじゃが」
だから今でも師匠、なんて仰々しい名前で呼ばれておるわけだしの。
そんな感慨もよそに、智之は告げる。
「ぼくにもまほう、教えて!」
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