「レギナルト!」


静まりかえった塔に、父親――ニコラウスの罵声が響き渡る。


「出てこい!」


本を叩きつけ、机を殴りつけ、塔に響き渡るように轟音を立てるニコラウスに観念したのか、レギがするするとどこからともなく這い出てきた。


「なんだニコラウス……。私は今眠い――」

「お前、アニに何をした! あれほどアニだけには手を出すなと言ってあっただろう!」


ニコラウスは鬼の形相でレギの胸ぐらを掴み、充血させた目をレギの包帯下へと向ける。その必死さにレギはくすくすと、とても愉快そうな口元で笑いだした。


「アニ? あぁ、アニか。……知っていたかい? お前があまりにもぞんざいに扱うものだから、この屋敷に来たころから、私のところへとやって来ていたんだよ。ニコ、お前がいないときにね。…………あぁ、あの頃は楽しかったなぁ……まるで種を植えて水を与えているような感覚だったよ。……あぁ、アニ。かわいいアニ。私のためにどんどん熟れていく姿に、何度……何度、途中で手を出そうとしたか……」

「お前……!」

「でも褒めてくれよ? 本当なら最後の一滴まで……、骨の髄まで舐めつくしてしまいたいところだが…………殺してしまっては、あの子の母親を食べつくしてしまった時のように、またお前の気がふれてしまうと思ったのでね。不味い飯を運ばれ続けるのはもうまっぴらなのだよ。それに、あんなにおいしそうな子を、一度に食べてしまうのももったいない。…………大丈夫。安心したまえ。アニはちゃんと生きているよ。ほんのちょっと、味見をしただけだ」


かさり、と、レギから何かが落ちた。

それを引き金にざらざらとレギの形が崩れ始め、ニコラウスの両手と床には大量の紙魚がうごめき始める。


「……っ!」


反射的に手を放して数歩下がったニコラウスの足元で、ざらりざらりと紙魚が這いだす。

レギは、紙魚という名の虫が寄り集まった――、化け物だった。

世界中のすべての書物を食べつくしたいと強く願った紙魚と、世界中のすべての本を読んでみたいと強く願った――ニコラウスの唯一の親友だった少年。

その二つの魂が創り上げてしまった貪欲な食本家――、それこそが、レギナルトであった。


「アニに手を出してしまったのは……味見だけとはいえ、すまないと思っているよ。お前との約束を破ってしまったのだからね」


その中でひときわ大きな一匹が、ひくひくと触角を動かしながらニコラウスに近づく。


「でもね、ニコ、ああ、可哀そうなニコラウス、忘れてはいけないよ。お前のすべて……、知識、地位、名誉、信頼、財力、この古屋敷も、アニとの関係さえもが……、私のおかげなのだということを。……逃げてはいけないよ? 逃げられたとしても、世界中のどこまでも追いかけよう。…………今の生活を続けたいというのなら、その命が尽きるまで、私のために探してきた助手を捧げ続けるといい」


本棚や床のすき間にすべての紙魚が消えて行ってしまうまで、レギの笑い声が止むことはなかった。




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本の蟲 村雨廣一 @radi0_0x

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