295 地上へ戻るも騒ぎは続く




 人間界に戻ったはいいけれど、着いたのは迷宮最下層だ。

 コノハたちは様変わりした迷宮に驚いた。最初は全く違う場所だと思ったようだ。

 クリスのスキルで「リフォーム」したと知るや、呆れた様子でコノハがぼやく。


「俺の剣聖スキルより上じゃねぇか」

「それはどうかなあ。仮にそうだとしても、わたしにだって変なスキルが付くかもしれないよ」


 それでもいいかとクリスは思う。さすがに「減退」のようなスキルが付いたなら【解放】の紋様紙を使うだろう。でも、多少ハズレに感じても上手く付き合ってみたい。なんとなくだが、できる気がした。

 クリスは無言になったコノハに続けた。


「まずは使いこなせるよう頑張るよ。どうにもならなくなって自分でもどうしようもないと思ったら、誰かに助けてもらう」

「そうかよ」


 だから、あなたもね。そんな気持ちを込めて伝えた。



 最下層からはククリに頼んで転移し、地上に戻った。

 途中で寄り道されたが、無事に地上へ行けたのでホッとする。


「ククリ、なんで塞いだ横穴に入ったの? 怒らないから教えて?」

「……くく、ちらない」

「ていうか、顔がもう怒ってるじゃん。怖いよ、クリス」

「クリス、地上に戻れたんだ、もういいじゃないか。先にギルドへ行くぞ」

「それだが、僕とクラフトさんで連れて行くよ。エイフは迷宮の最下層アタックで休みなしだったのだろう? 宿で休んだ方がいい」

「いや、俺も話をしておく。こいつらも連行しないとな」

「待てよ、俺たちも行くのか? ユーヤとリリィだけでいいだろう?」

「帝国の侵攻を止められるのはお前らしかいない」


 そんなこんなで騒ぎながら冒険者ギルドに入ると、別の騒ぎが待っていた。



 受付があるカウンターやその近くのテーブルで大勢が揉めている。冒険者のパーティーと思しきグループが中心だ。三つか四つか不明だけれど、少なくとも十五人以上がギルド職員に詰め寄っている。


「だから、迷宮に入らせろと言ってるんだ。俺たちは金級だぞ」

「先に入った中には半金級もいたと聞く。なら、わたしたちのパーティーが入ってもいいはずだ」

「そうだそうだ。お前らは地元の冒険者を優先するのか?」


 と言うからには、彼等はアサルの人間ではないのだろう。事実、クリスは男たちを見たことがない。というのも、地下シェルターを作る関係で、クリスは何度も冒険者ギルドに出入りして知り合いが増えた。冒険者は急な依頼にも対応するため、他のギルドで作業中にも顔を合わせたし、城砦を作った際には資材搬入でよく見かけている。

 だからこそ、地元民特有の訛りや態度、服装の流行もなんとなく分かっていた。


「エリミア人でもなさそう」


 呟き声はエイフに拾われた。


「フォティア人か。おい、コノハ、あいつらに見覚えは?」

「顔は知らないが、あのブーツは帝国軍に一括で卸している商家の汎用モデルだ。俺には上級モデルを献上してきた。変わった造りだから、たぶん間違いない」

「あたし、あの店嫌いなのよね。奴隷の質も悪いし」

「ナッキー、君は帝国で奴隷を買ったのかい? もしルールを破ったのなら、ニホン族としてもギルド本部の人間としても見逃せないが」

「あっ、やだ、違うわよ~。イケメンのエルフがいるって言うから、ちょっとね、見せてもらっただけなの!」


 エルウィークが半眼になってナッキーを見つめる。これは信じていない目だ。クリスもナッキーについては信用していない。カッシーに対する呪いの件も含めて、エルウィークにはしっかりと取り調べをお願いしたいところだ。

 ちなみにニホン族――いわゆる日本人会――に加入すると、それなりの恩恵が受けられる。その代わり規則は守らねばならない。といっても、非人道的な行為を禁止するとか、その程度の内容だ。あえて規則に記されているのは誰かがやらかしてきたからだ。

 恩恵については、最先端の技術を取り入れた魔道具を優先して配られたり、あるいは学校への推薦であったりと多岐にわたる。ペルア王都の一等地に家を構えることも可能だ。ニホン族には金銭的にも権力的にも上層部に所属する人が多い。彼等が口を利いてくれるというわけだ。



 そこまで考え、クリスはハッとした。こんな騒ぎをただ待っている必要はない。

 相手は帝国の軍人だ。彼等が迷宮に潜る理由は「世界樹への道の確保」だろう。ユカが連絡していたと思われる。まずは、ここにコノハたちがいると気付かれる前に移動することが大事だ。コノハが寝返るとは考えていないが、ここでニホン組を取り返されては困る。

 クリスは目配せして、エイフ以外の人に隣接する飲食スペースまで移動してもらった。ユーヤやリリィは喋れないようになっているし、魔力封じの腕輪も着けている。魔力がなければスキルの強引な発動も無理だ。元々ある身体能力だけで逃げられるほど、二人は体を鍛えているタイプでもなかった。

 クリスはエイフだけを連れ、騒ぎの中心に入り込んだ。最初に気付いてくれたのはニコラだった。彼女は城砦からギルド本部に戻っていたらしい。


「クリスさん!」


 彼女はたぶん「危ない」と教えてくれようとしたのだろう。その前にクリスは口を開いた。腹の底から声を上げる。


「優先権を使います!」

「あっ」

さっきからずっと・・・・・・・・待たされているんだよね。わたしの仕事の方を優先してもらえますか」

「は、はい!」


 ニコラは満面の笑みで答えた。彼女はすうと息を吸うと、大きな声で続けた。


「優先権を行使します! ギルドが依頼していた緊急事態案件です。これより本部ギルド並びにアサルの全ギルドは、クリスニーナ様の案件を第一優先で進めます」


 城砦作りはギルドを通して依頼を受けた格好になっている。指名依頼だ。元々、領主の屋敷に地下シェルターを作ってほしいという話があった。その流れもあって、かつクリスのポイントにもなるからと冒険者ギルドを通した。

 厳密には、すでに作り終わっているから「依頼を受けている最中」ではない。ただ、完成したという正式な書類は提出していなかった。なにしろ説明の途中でクリスは迷宮に向かったのだ。提出する暇などなかった。

 カウェア迷宮の最下層到達および制覇に関しては緊急事態案件だ。クリスはこのメンバーに入っていないがパーティー仲間は受けている。つまり、クリスも関係者と言えよう。


 そもそも城砦作り自体がアサルにとっての緊急事態案件だ。帝国から敵が攻め入ってくるかもしれないギリギリのところで作った。事実、偵察部隊が敵の影を見付けていた。

 よって、誰も嘘は言ってない。


「な、何だ、一体?」

「おい、そこの職員、どこへ行く。迷宮に降りる許可を出せと――」

「出せません! 第一、先ほどの宣言を聞いたでしょう? それとも『冒険者ギルドから優先権を与えられる栄誉』の話を知らないとでも? 金級冒険者なら知っているはずですよね」

「は? いや、そんな話は」

「半金級以下なら知らない可能性もありますけど、あなた方の多くは金級ですよね? 先ほどそう仰っていましたね?」


 男たちは言葉に詰まった。彼等は冒険者ギルドについてちゃんと調べていなかったようだ。兵士も基本的にはギルドの会員になれない。だから細かいルールを知らないのは有り得る。たとえば、迷宮には門が設置されており「冒険者ギルドの会員でないと入れない」といった情報などだ。特例もある。依頼を受けた他ギルドの会員や、役人が入るなら役所側が発行する許可証を持っていればいい。

 スパイなら冒険者ギルドの会員にもなれるだろうに、それすらしていなかった。なんという怠慢で傲慢な人たちだろうか。でも、逆に堂々と追い出せる。それができる男がクリスの横にはいた。エイフだ。更に、都市を守る多くの冒険者たちが今か今かと号令を待っていた。


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