294 解放とハパの家
コノハが自分で頭を下げたので、クリスは【解放】の紋様紙を使うことにした。
ただし超上級の、しかも魔女様印の魔術紋で描くものだ。紙はおろか、使うインクも竜の鱗入りである。使う万年筆だって精霊プルピの最高傑作だ。
つまり、何が言いたいのかというと――。
「見合うものをくださいね?」
「金でも素材でも、なんだってやるさ」
「わたしが欲しいのは『帝国の撤退』。あなたが始めたんじゃないにしろ、あなたも関わってる。その後始末をして」
「……分かった」
彼も利用されたのかもしれない。事情があったのだろう。けれど、自分がやったことの落とし前は付けてもらわねばならない。
「ナッキーさんにも償ってもらうからね?」
「えぇー、なんでよ!」
「あなたの『過敏』を取っ払ってあげてもいいんだよ?」
「でもぉ。償うって牢屋に入るんだよね?」
「それは、あなたが迷惑を掛けた人たちに聞けばいいんじゃない?」
「僕は二度と人を呪わないなら、それでいいけど」
ハパにでれでれしながらカッシーが言う。呪われていたからこそハパと出会えた、そう思えるようになったらしい。でも今だから言えるのだ。
「あっちの犯罪人ほどじゃないにしろ、あなた結構やらかしてるよね?」
「んー、じゃぁ、呪術師スキルを取ってよ。大体、呪術師って名前が嫌なのよね」
思わぬことを言いだし、クリスとカッシーは顔を見合わせた。なんだか反省していないような気もするが、ナッキーはもういい。それよりも、
「帝国の撤退ですって? 有り得ないわ。もう連絡しちゃったのよ。どうするの、絶対無理よ」
と、ぶつぶつ呟いているユカが怖い。
砦近くに帝国軍が現れたのは彼女のせいではないだろうか。
最下層に着くタイミングで知らせ、迷宮はおろか、アサル全体を帝国のものにする予定だったのかもしれない。そうすれば、帝国が世界樹への道を確保できる。諸外国への脅しにも使えると考えたのではないだろうか。
ユカは転生者であるが、その前に帝国の皇族だ。要注意である。
ゾーイも同じ皇族だけれど、彼女は神降ろしという希少なスキルを持っているにしては特権意識があるように見えない。もしかしたら他の皇族らにスキルを利用されていたのだろうか。立場がユカとは違うのかもしれない。そうだとしても彼女が自分で解決していく問題だ。ただ、彼女の様子が最初と違って見えた。目の前が開けたような、スッキリした顔をしているのだ。
コノハも、迷宮核の前で会った時と比べると毒気が抜けていた。ギラギラした闘争心のようなものがなくなれば、ただの青年だ。態度は悪いけれど。
「まだ、できないのかよ」
「うるさいな。集中力が必要なの。邪魔しないで」
クリスも彼に合わせて口調が悪い。が、大きな板を敷いただけの場所で緻密な魔術紋を描いているのだ。邪魔したことに怒らないだけマシだと思ってほしい。
それでも、以前と違って家つくりスキルを発動したままなので描くのが速い。プルピの作った万年筆も腕が疲れず、スラスラと進む。
イサがククリを乗せて飛び回った。プルピも浮かんで見ている。エイフもイフェもクリスの作業を眺めていた。離れた場所で、クラフトとエルウィークが気になって首を伸ばしているようだ。カッシーは集まる精霊たちを順番に並ばせ「絶対にクリスの邪魔をしないこと!」と教え込んでいる。
コノハは段々と形になっていく紋様紙に文句たらたらだった口を閉じた。ゾーイは元より静かにしている。セイジとアカリは目をまん丸にしてクリスの手元を見ていた。
紋様が煌めく。キラキラ光る蔓草模様が踊っているようだ。
「なんて、綺麗なんだ」
誰が言ったのか。誰でもいい。
クリスは家つくりスキルを切った。
「できたよ」
新聞紙二枚分はあろうかという大作が、そこにはあった。
契約をした上で、コノハに【解放】を掛ける。
鑑定のできる精霊が視て「※○◆△×◎」と、またも電子音で結果を教えてくれる。プルピの翻訳で「減退スキルが消えた」とのことだから上手くいったのだろう。
念のため、神官スキル持ちに視てもらうよう告げると、コノハは首を振った。自分でも分かるらしい。そんなにも減退スキルに悩まされていたのだ。
「それより、どうやって人間界に戻るんだ? ユーヤの力は使えないだろう? 俺の空間スキルでは異界渡りなんて無理だぞ」
「こっちは精霊スキル持ちがいますので!」
と、クリスがカッシーを指差せば、嬉しかったのか胸を張っている。
しかし、ハパが待ったを掛けた。
「帰る前に、我の家を作るのだ!」
「おおう。今ですか」
「今だ。何故なら、ここにいる精霊たちも家が欲しいと願っているからだ!」
ワーキャーと騒ぐ精霊たちは、どうやらクリスの作った小箱タイプの家に興味津々らしい。しかもプルピやククリ、妖精のイサにも家があると知って「自分たちも欲しい」となったとか。
さすがは精霊だ。空気を読まない。でも純粋で可愛くもある。
クリスは皆を見回した。もう体調不良の人はいない。だったら、少しぐらい戻るのが遅れてもいいのではないか。それに応えたのはエイフだ。苦笑しながら頷いてくれた。
「じゃあ、作っちゃおうかな。ハパの家もここに置く?」
「うむ、そうだな。いや、ここは別荘としよう。我はカッシーについておると決めた。ならば『自宅』はカッシーの近くに置くのが良いであろう?」
「ハパさんっ!」
二人がひしっと抱き合うのを、プルピが嫌そうな顔で見ている。イサはククリを乗せたまま戻ってきて肩に乗った。ククリがもそもそと定位置であるクリスの頭上に移動する。彼等も、クリスが家を作るのを見学するらしい。
プルピも飛んできて腕を組む。まるで現場監督のようだ。
クリスは笑いながら宣言した。
「じゃあ、始めます!」
豊富な魔力素があるから意気込む必要はない。集中はしているけれど適度に力が抜けている。世界樹を修復した時のような気負いはない。皆の意見を聞きつつ、世界樹に家を作る。クリスは世界樹の幹に小さな精霊たちの家を取り付けていった。
最大の家はハパの「迷宮型アトラクションハウス」だ。彼は別荘と言ったが、これはもう精霊たちの遊び場である。
これまでに出したアイディアを踏襲しながら、より複雑にしたトラップ部屋やフリーフォールを作った。もちろん魔物はいない。その代わりとして、クリスが「驚かせる役がいれば楽しいんじゃない?」と提案した。すると、やりたがる精霊たちでいっぱいになった。クリスは「交代制ね」と精霊たちを黙らせた。
世界樹もノリノリだった。意識があるのかないのか不明だが、クリスが「ここにトンネルが欲しいな」と呟けば幹に穴が空くのだ。
痛くないのかと心配しても、世界樹から答えはない。でも精霊たちは楽しそうだ。彼等がそうであるなら、きっと世界樹も大丈夫なのだろう。
世界樹は幹を伸ばして壁を作り、屋根となって、床にもなった。時にはへこみ、横にずれ、穴の空いた枝まで作る。やがて、とうとう十階層の迷宮型アトラクションハウスが出来上がった。まるでクリスと世界樹の共同作業のようだった。
この「家」に、クリスはところどころに窓を作って中を覗けるようにした。まだ小さな、生まれたばかりの精霊だと入っても楽しめないだろう。サイズが合わないからだ。でもきっと遊びたいはずだと思い、特等席を作った。
大きすぎて入れない精霊にも、この観察窓はちょうどいい。木の枝の精霊はサイズ的には入れるのに、何故か外から見るこの窓を気に入った。へばりついて、縦に横に揺れている。
精霊たちは出来上がった家々に大層喜んだ。ハンモック型の家に、吊り下げられたランプ型の家、ククリが好んだ透明のトンネル型の家だってある。風見鶏の付いた小箱は枝のあちこちに付けられ、迷宮型アトラクションハウスは大人気だ。
精霊界を出ていく時は、精霊たちから名残惜しそうにお礼のキスをもらった。クリスにだけではない。カッシーやイサ、エイフもだ。クリスの仲間だと認定した人にまとわりついて、精霊たちは見送ってくれた。
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