293 スキルとは




 スキルは、純粋な思いで使えば最大限で応えてくれる恩寵なのかもしれない。

 良いようにも悪いようにも転がるのではないか。クリスはそんな気がした。


「もう、やだぁ! さっきから肌がおかしいの」


 文句を言うナッキーの四番目のスキルは「過敏」らしい。樹液に触れてアレルギー症状を引き起こしている。けれど、うっかり触ったカッシーは平気だ。


 そもそも四番目だとかハズレだとかは関係ない。一番目の、最も良いはずのスキル、その聖女スキルを無理に使って昏倒してしまう場合もある。勇者スキルを持っていても、気弱で泣いてばかりの少年だっているのだ。


 スキルがあるからではなく、自分がどう生きるかが大事なのだと改めて思う。クリスは、ぜいぜいと不吉な息を吐くコノハを見下ろした。やったことは自己中心的で最悪だけれど、死にたくなくて足掻いたのだと思ったら憐れだ。

 元の世界に戻りたい気持ちも理解はできる。


 ちゃんと、生きてほしい。


「ゾーイさん、でしたよね?」

「え、あ、はい」

「さっき『元の世界に戻る方法を教えて』と聞いてましたよね。結果はどうでしたか」

「そ、それは……」

「戻れないのでしょう? あるいは、答えてくれなかった」


 ゾーイは無言で、すとんと流れ落ちるドレスのスカート部分を握った。髪を隠していたレースのスカーフは脱げたのか、今はない。彼女の綺麗な黒髪が流れ落ちた。息がしづらいコノハの顔にかかって、ゾーイは慌てて自分の髪を払う。

 彼女はコノハが好きなのだろう。だから、本当の答えを口にできない。

 でも、無言こそが答えだ。


「コノハさんのためにも真実を伝えてあげましょう。このままだと彼は無茶を続ける。死ぬかもしれないんですよ?」


 ゾーイはポロポロと涙を零し、コノハの顔に覆い被さって告げた。


ことわりは、誰であろうと戻れない、そう教えてくれました……!」


 ナッキーは呆然とし、ユーヤは「はっ」と口にして黙り込んだ。リリィは「そんな気がしたわ」と呟き、ユカは「もうどうでもいいわよ」と座り込む。

 セイジは「うえぇぇん!」と声を上げて泣いた。イフェが抱き上げて、あやす。



 クリスは、アンプルを取りだした。


「とりあえず、体を治しましょうか。それから話し合いです」


 まずは、死にそうな様子のコノハをなんとかする。そうでないと気になってしようがない。クリスはにっこり笑った。





 ユーヤは過去の犯罪がほぼ確定しているので捕らえたままだ。エルウィークだけだと難しいのでクラフトが見張っている。

 リリィも魅了スキルを使って犯罪に手を染めていた。セイジの証言もあるし、彼女もグルグル巻きにしている。

 これらは精霊たちが喜んでやった。攻撃はできなくても拘束はできるらしい。

 念のため、クリスの家つくりスキルで「お仕置き部屋」を作って放り込んだ。


「子供の頃によくお仕置き部屋に入れられたんだよね。真っ暗で怖くて、なんにもできないの。覚えていて良かった~」

「クリス、さらっと怖い話するよね。ていうか、前世の両親ひどくない?」


 カッシーが目を丸くするから、クリスは笑った。


「今生の父親もなかなかのもんだよ。それはそうと、コノハもアカリちゃんも元気になったね」

「あ、あの、ありがとうございます」

「俺は礼は言わないぞ」


 アカリが頭を下げるのに、コノハはぷいっと膨れて横を向いた。彼の代わりに頭を下げたのはゾーイだった。まるで小さな子を持つ母のようだが、彼女の見た目は十代なのでコノハより年下だ。二人は精神年齢が逆転している。

 ともあれ、大事な話を始めよう。クリスは咳払いした。


「さて、ここで提案です。元の世界に戻れないと分かった以上、あなた方はこの世界でやらかした罪を償うべき、だよね?」


 なんで、と言いかけたコノハを、エイフが睨んで止める。


「どうせ、元の世界に戻るからって『旅の恥はかき捨て』的な考えでいたんでしょうけどね。そういうの、現地の人間からすれば大迷惑なの」

「俺は、最初はここが夢の世界だと思っていたし」

「だから何? 悪い大人に騙されたのは可哀想だと思うよ。だけど、あなたももう大人でしょう。二十三歳だっけ? さっき精霊が鑑定していたから間違いないよね」


 コノハがまた無言になる。都合が悪くなると黙るのだ。クリスは呆れつつも腰に手を当て、座り込むコノハを見た。


「転生者がすごいスキルをもらえるのと同時にハズレスキルをもらっちゃう話は聞いた。特にコノハみたいな、命に関わるスキルは嫌だと思う。まあ、使い方次第だろうけど」

「お前はこの苦しみを知らないから――」

「ちゃんと聞いて? わたしはそれの解消方法を知っているの」


 思い付いたのだ。いや、思い出した。




 魔女様がクリスに叩き込んだ、超上級用の魔術紋がある。

 たとえば【完全修復複製】がそうだ。当時のクリスにとって最も上質なインクを使い、何日にも渡って描いたものだった。他にも超上級の魔術紋がある。当時は何故それが超上級なのか分からなかった。分からないが覚えさせられた。


 今なら分かる。調整盤を修復した際に見た、魔女様の描いたであろう魔術紋の数々。あれを家つくりスキルは覚えている。家を作るのに必要だと判断したからだろう。ちゃんと記憶していた。


 そして今、世界樹を家に見立てて修復したクリスははっきりと理解した。世界樹は精霊たちが生を終える時によすがとする場所だ。

 疲れた心を解放し、その命を身に受け入れる。同化した命は、いずれまたどこかで生まれ落ちるのだろう。それまでは世界樹が守る。

 人の願いを叶えるとされる世界樹は、その願いに込められた「強い思い」を解放する力のことかもしれない。


「【解放】って魔術紋があるの。精神に作用するみたいで、教わった時はよく分かっていなかった。さっき気付いたの。これはスキルを解放してくれるものなんだって」


 魔女様は滅茶苦茶な人だった。辺境の地に突然森を作るような人だ。やりすぎて闘技場を壊したらしいし、せっかく魔力素の流れを抑えて調整盤で塞いだのに魔法使いとしての後進は育てなかった。

 でも、種をばら撒く人でもあった。その種が弟子モドキにまで生長した。すると今度は各地の弟子たちに面倒事を押しつけた。

 片付けができなくて、本も資料もバラバラだったけれど、彼女はずっと研究を続けていた。


 魔女様は、優しい人だ。


 父親に疎まれた小さな女の子を、手伝いに寄越せという言い方で助けてくれた。仮の名が付けられなかった子を「あんた」と呼び続けたけれど、最後に別れたときには名前が何だったのかと聞いてくれた。収納袋になったポーチをぽんと投げ渡し、生きていく上でのヒントを幾つもくれた。

 そんな魔女様が、無意味な魔術紋を覚えさせるはずがない。


 どうにもならないことが世の中にはある。一生懸命生きていたって、あざ笑うかのように世界は理不尽だ。魔女様はそのどうにもならないことをどうにかしようとしていた。だから、ハズレスキル持ちが多いと言われた辺境のアクリ村に来たのではないだろうか。


 大雑把で口の悪い魔女様だけど、合理的な人でもあった。無意味な行動を嫌う人だった。


「あなたのスキルを解放してあげられるかもしれない。どうする?」


 コノハの顔がぐしゃぐしゃになった。


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