291 精霊界への道と世界樹
精霊界への道はプルピが開けた。
クリスの家つくりスキルと同じで「夜だと思えばなんとかなる」と皆で応援する。プルピは呆れた顔をしていたけれど、他の精霊たちの応援もあって頑張った。
「よし、入るぞ。全く、精霊使いの荒い娘だ」
「プルピ様~、いつもありがとう!」
「ふん!」
「プルピ、後で竜の鱗を全部やるから機嫌を直せ」
「あっ、さっきくれたんだもんね。迷宮核も喜んでたよ」
「おぬしはアレの気持ちが分かるのか?」
「触ってたら、なんとなく。リフォームもすんなり受け入れてくれたし、不思議な感覚だった」
「ちょっと、みんな緊張感持とうよ。イフェさんとクラフトさんを見てみなって。これが普通の態度だからね」
イフェとクラフトは顔を見合わせてだんまりを決め込んだ。口を開けば仲間入りするとでも思っているのだろうか。ともあれ、精霊界への道が開けた。
「さあ、行くぞ」
「はーい」
クリスはあえて、気の抜けた返事でプルピの後を追った。
その方がいい。もう、悲しい話は要らない。大団円で片付けてやるのだ。そんな気持ちで、一歩足を踏み出した。
精霊界は魔力素が溢れている。だから魔力の少ない人間にとって時に毒となる。
クリスは世界樹関連の素材に触れていたせいか、あるいは魔力排出で魔力総量を増幅させていたからか、体にそれほど急激な変化はない。他のメンバーもほとんどは無事だ。
エルウィークが少し、慣れるまでに時間を要した。それでもさすがは魔力が多いとされる転生者だ。彼の持つ第六感スキルはニホン族が作ったスキル一覧の区分けに入っていないが、おそらく上級スキル以上になるだろう。となれば、魔力もあるはずだ。
クリスは念のため【魔力排出】の紋様紙を用意した。更に浄水の入ったアンプルと【整正】も取り出しておく。万が一、誰かが魔力器官膨張症になってもいいようにだ。このメンバーだと問題ないだろうが、安心材料は幾つあってもいい。ついでに世界樹の慈悲の
そうして、意気揚々と世界樹を目指したのだが――。
「なんで木の枝の精霊さんがいるの? 風の精霊がいるのは分かるんだけど」
プルピが呼んだ風の精霊と共にやってきたのは、以前出会った木の枝の姿をした精霊だった。
「世界樹の樹液採取を手伝ってもらった縁でな。まだこの辺りにいたのだろう」
「――――」
「ふむ、クリスよ。――が、まだ金色の葡萄を食べていないのかと気にしているぞ」
「え、なんで」
「おぬしがこの中で一番弱いからであろう?」
木の枝が斜めに動く。うんうんと頷いているらしい。クリスはイサやククリよりも弱いらしい。
「ピピピピ、ピピピ」
「何が最弱なのよ」
「ピルルル!」
「分かったよ、人間の中だと一番子供だもんね!」
プルピが「金色の葡萄は精神力を高める」と話していたのを思い出した。それに心身を癒やすとも。ちょうど、悲しい話ばかり聞いて気持ちが落ち込んでいたところだ。クリスはポーチの中から葡萄を取り出した。皆にも渡す。遠慮するイフェとクラフトには強引に、興味津々のエルウィークにもだ。
木の枝は嬉しそうだった。ぶんぶん揺れている。これで上位の精霊だというのだから、クリスはやっぱり精霊はおかしいと思うのだった。
なんだかんだと騒ぎつつも風の精霊は優秀だ。人間を抱えた状態で世界樹まで運んでくれた。思ったほど離れておらず、葡萄一房の半分ほどを食べ終える時間で到着した。ちなみに半分も食べたのはクリスだけで、残りは一粒二粒で止めていた。美味しいけれど甘くて濃いそうだ。クリスは十粒を食べきった。
「うわぁ……。想像はしていたけど、天空都市の大樹よりずっと大きいね」
「そりゃそうだよ、クリス。こっちは本家本元なんだからさ~」
「比較するなよ。世界を支える木だぞ」
「そうなんだけど、ここまですごいと、なんかもうただの景色だよ。さっき見たプラネタリウムの夜空と同じ」
「あっ、分かる~。僕も同じ」
クリスがカッシーと「ねーっ」と頷き合っている後ろで、イフェとクラフトがぽかんとしている。エルウィークですら言葉を失っていた。
「とにかく、行くぞ。プルピ、風の精霊たちに礼を言っておいてくれ。助かった」
「だそうだ。また何かあれば頼むとしよう」
姿は分からないけれど、風がクリスたちの間をすり抜けていく。クリスも「ありがとう!」とお礼を言って見送った。
木の枝の精霊はまだいる。どうやら、今から始まる何かにワクワクしているらしい。
「いや、それどころじゃないよね? 世界の根源が揺らぐというか、大変な状況だよ?」
「木の枝さん、ヤバい精霊じゃん?」
「気の抜けた会話をしている二人には言われたくないだろ」
「やれやれ、おぬしら三人ひとまとめであろうが」
「爺もな。さて、あれから時間は経っていないと思うが、先を急ぐぞ。精霊らがざわついておる」
異分子の存在に気付いた精霊たちが驚いているらしい。クリスは気を引き締めた。
世界樹は遠くから見れば、おかしな縮尺の木だ。幅は、富士山の裾野よりあるのではないだろうか。高さはもっとある。なにしろ天辺が霞んで見えない。一体どこまであるのか。クリスは首が痛くなった。
しかも、近くに行けば行くほど壁だ。木の枝があちこちに伸びているため、かろうじて「あ、木だな」と思える。シエーロにあった大樹も大概おかしかったが、こちらもスケールが違う。まるで急峻な山を登っているようだ。
途中からエイフがクリスを抱き上げて運んでくれた。それも、あっという間だ。風の精霊たちはクリスが考えていた以上に近くまで連れてきてくれたらしい。
やがて、世界樹の幹が少しへこんだ場所に辿り着いた。へこみの中にあるのは、
水というだけあって、さらりとした水状の樹液が溜まっていた。濃度によっては、とろりとした樹液の池もあるようだ。池という言い方もおかしいが、便宜上そう呼んでいる。
目の前にある池は深くて広そうだから、湖とも言えるだろうか。その畔にニホン組が集まっていた。遠巻きに精霊たちが見ている。彼等にとって世界樹は親であり、弱ったときに戻る大事な場所でもある。いわば実家のようなものだ。
「いくら興味津々だからって近付きすぎじゃないかな。精霊たちには警戒心ってものがないんじゃない?」
「そう言ってやるな。精霊は純粋なのだ。興味を持つと、とことん気になる」
「小さな子と同じじゃん。僕も心配だよ」
「我ぐらいになると警戒もするのだがな」
「ハパさん、さすが!」
「うむ」
「おぬしらは黙っていられないのか? ククリを見よ。静かにして……」
「ピルゥ」
ククリは警戒して静かにしていたのではない。寝ているのだ。
「この子が一番、大物のようだね」
エルウィークがふうと息を吐いて、笑った。
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今日から昼も更新あります
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