290 過去のやらかしと禁則と捜し人の情報
過去、血統スキルを人為的に生み出そうとしたマッドサイエンティストがいたらしい。
ニホン族は同族の恥だとしてその歴史を隠した。この情報を、ニホン組は何かの折に知った。
エルウィークは「たぶん、帝国からの情報だろう」と予想した。
「二十年ほど前からだろうか。ドワーフやエルフ、獣人族の誘拐が相次いだ。十年前に取り締まりが厳しくなったのと、各種族が自衛するようになったために事件は立ち消えとなったがね。各国の首脳は奴隷商が集めているのだと思っていたようだ。もしくは帝国の過激な人族至上主義者がどうにかしたのだろうと」
「……エルウィークさん、それってまさか」
エルフであるカッシーが震え声で聞く。クリスは目を瞑った。そろそろ佳境に入る。もっとも大事な場所、迷宮核のある最下層の改変が始まりそうだ。
「そうだ。ユーヤを含む、過激派たちが誘拐していた。大昔にあった馬鹿者共の考えに感化されたのだろう」
「ふむ。ドワーフとエルフの組み合わせか、なるほど」
「プルピさん、何か知ってるの?」
「つい先日、クリスとその話をしたところだ。わたしが知っているのは『星降ろし』という血統スキルでな。空に浮かぶ『星』という名の岩を落とすそうだ」
「ああ、たぶん、それでしょう。長老はスキル名は知らなかったが現象は知っていた」
しかし、そう簡単にスキル持ちが生まれるわけもない。
「当時のメンバーのほとんどが死んでいる。罪に問えるのはユーヤぐらいだ。残りはどこにいるのかさえ分からない。でもだからこそ、ユーヤを捕まえたかった。ただ、その前にわたしはどうしても妻のことが知りたかったんだ」
「それで無理してでもアサルまで来たのか」
「……あのー。そのいなくなった奴等って、本当に元の世界に戻ったんじゃ?」
「それはない」
カッシーが望んでいると思ったからか、エルウィークは少し怒った様子で言い切った。しかし、カッシーは戻りたいとは思っていない。慌てて手を振った。
「違う、そうじゃなくて。もしそうなら、戻りたい人には大事な情報だろうと思ったんだ」
「本当に戻れないんだよ。僕には第六感スキルがある。だから分かる。――過去にもいたんだ。神子という特別なスキルを持った転生者が。その人は、この世界の
「どうして、ですか」
「理から罰を受けるからだ」
「えっ」
エルウィークは笑った。
「この世界は残酷だよ。特別なスキルを授かっても、必ずといっていいほどデメリットがある。特に転生者には四つ目のマイナススキルが備わっているんだ」
「でも、その神子スキルを持っていないあなたには関係ないのでは?」
「あるんだ。寿命を削られる」
全員が黙った。
「戻れないことまでは話してもいい。今の話もまあ、同じ転生者になら構わないだろう。僕はもう少し踏み込んだところまでを知っているが、長老に釘を刺されているので止めておこう。ちなみに肝心な部分はエイフにも、そこの竜人族二人にも聞こえないはずだ」
クリスが振り返ると三人は首を傾げていた。カッシーの驚き顔がクリスに向く。
「もう少しだけ話しておこうか。我々のような転生者はイレギュラーだそうだ。世界が重なったせいで、こうなった。おっと、これ以上は無理だな」
「エルウィークさん!」
胸を押さえたエルウィークをカッシーが支える。エイフも駆け寄って腰を掴んだ。
「とにかく、誘拐された希少種族の人々は後に半数が助け出された。依頼を引き受けた大魔法使いが頑張ったそうだよ。しかし、半数は無理だった」
「……その中に、わたしの妻もいたのです」
話に加わったイフェを見て、エイフが驚く。
「捜し人ってのは、イフェの奥さんだったのか」
「ええ。妻はドワーフ族長の娘でね。跡継ぎということもあり、わたしたちは別居婚でした。仲は良かったんですよ。一年に一度、互いの家で数ヶ月を過ごしていました。その逢瀬の帰りに彼女は攫われてしまった」
以来、捜し続けているのだと言う。
クラフトはイフェの従兄弟で、彼女によく遊んでもらっていたそうだ。年が離れており、イフェの妻を姉のようにも母のようにも思って慕っていた。憧れもあったのだろう。クラフトはイフェに頼み込んで、旅を共にするようになった。
「ずっと、どこかの貴族が攫ったのだと思っていました。当時から鍛冶の能力を狙われていましたから。特にリールは鍛冶士と錬金術士という上級スキルを持っていました。次期族長として期待もされていた。だからこそわたしたちは離れて暮らすしかなかった。なのに、まさか、そんな理由だったなんて」
「あなたの奥様がどこにいるのか調べましょう。僕の命尽きるまで、必ず」
「エルウィークさん、ですが」
「僕も妻の面影を追いかけています。あなたの気持ちがよく分かる。任せてください」
「はい、はい……」
「良かったな、イフェ。これまでは雲を掴むような話ばかりだった。これで一歩近付いた」
「ああ。たとえ、どんな結果であろうとも――」
最後のイフェの言葉は小さすぎて、いや、たぶん誰も聞こえないフリをしたのだろう。エルウィークも「どこにいるのか」という言い方をした。あえて過去形にしなかった。まだ生きていると信じていたいイフェの気持ちに添ったのだ。
クリスは目を開けた。
「終わるよ。気を付けてね」
ただの土でできた地面が徐々に硬くなり、大理石を敷き詰めたような床へと変わった。土壁はコンクリートの打ちっぱなし風だ。天井はドーム状になり、まるでプラネタリウムだった。夜の空が広がっている。確かに天井なのに、遠くに星があるかのようだ。
明かりは壁に等間隔で浮かんでいる。丸い球状のランプだ。
この空間内で一番明るいのは、迷宮核を守る円形のガゼボである。蔓草が柱に巻き付いて、屋根の上にある小さなランプが一際輝く。
素材は迷宮内にあった鉱物や植物だ。レアメタルの紅花鋼まであって、屋根の上のランプに使われている。中の火は紅花鋼が制御し、かつ燃やし続ける動力となっているのだろう。
「うっわ、なんだこれ。オシャレガーデンじゃん。クリスが迷宮をリフォームしたら、こんな風になるのか」
「少女らしい景色ではないか。我は気に入ったぞ」
「ふむ。なかなか面白い『家』だ」
「ピピッ」
「あの端にあるのは、安全地帯か?」
「エイフさん、見に行きたいのかもしれないけど今はダメだかんね」
「……分かっている」
声だけで、エイフが残念がっているのが分かる。
「本当に美しい。ここが迷宮とは思えないな。イフェ、空を見上げてみるといい」
「ああ、なんて綺麗な夜空だろう。懐かしいな、リールと過ごした夜を思い出すよ」
「僕も空を見上げたのは久しぶりだ」
言いながら、エルウィークがクリスの肩を叩いた。振り返ると、優しい顔になっていた。これは作られた笑顔ではない。
「クリス、ありがとう。空を見せてくれて」
クリスは笑った。笑って、皆にこう言った。
「これから、もっとすごい景色を見に行くんだよ?」
それもそうだと笑う皆に、クリスは心の中で思った。
その後だって何度も、もっと綺麗な景色を見られる。きっと。
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今作の最終巻となります5巻が発売中です
・家つくりスキルで異世界を生き延びろ 5
・ISBN-13 : 978-4047370845
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書籍版もぜひよろしくお願いします!
(文倉先生のイラスト本当に素敵なのです、表紙もさることながら口絵でメンバー全員揃ってるし、しかもペルちゃんがイケメン!!プロケッラと並ぶと乙女イケメン!!←興奮しすぎ)
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